「メイドインジャパンの敗北」を繰り返している…「売れる車がないのにプライドは高い」日産に残された最終手段【2025年3月BEST5】
2025年4月18日(金)17時15分 プレジデント社
2025年2月13日、日産自動車本社で記者会見に臨む内田誠社長兼CEO。 - 写真=FRANCK ROBICHON/EPA/時事通信フォト
2025年3月に、プレジデントオンラインで反響の大きかった人気記事ベスト5をお送りします。ビジネス部門の第2位は——。
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▼第2位 「メイドインジャパンの敗北」を繰り返している…「売れる車がないのにプライドは高い」日産に残された最終手段
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2025年2月、ホンダと日産自動車は経営統合に向けた協議を打ち切った。早稲田大学ビジネススクールの長内厚教授は「日本の自動車業界の現状は、20年前にエレクトロニクス産業が後退した姿と酷似している」という——。
写真=FRANCK ROBICHON/EPA/時事通信フォト
2025年2月13日、日産自動車本社で記者会見に臨む内田誠社長兼CEO。 - 写真=FRANCK ROBICHON/EPA/時事通信フォト
■ホンダ・日産の統合“破談”は「もったいない」
ホンダと日産の経営統合の計画は、ホンダによる日産の子会社化提案に日産が反発して“破談”になりました。一言でいえば「もったいない」という感想です。
そもそも日産は12月の経営統合発表の時から、対等な関係を強調していましたが、ホンダの時価総額は日産の5倍もあるので、そもそも対等な関係をホンダが受け入れるのに無理があったとも考えられます。無理があるにもかかわらず両社が数を求めて統合を目論んだ背景にはデジタル化の脅威があったと思われます。
筆者は、自動車業界が直面するデジタル化の状況は、20年前に日本のエレクトロニクス産業が後退した状況と酷似していると考えます。デジタル化の脅威とその対応法については後半に述べるとして、まずは、今回の破談の問題点について触れたいと思います。
ホンダも日産もこれまで中国と北米の市場を強みとしてきましたが、中国は中国製EVの台頭で両社とも苦戦を強いられています。北米について言えば明暗が分かれていて、ホンダはトヨタとともにHEVの売り上げが好調である一方、日産は強いHEVなどの商品を持たないことから苦戦している状況です。
■日産には「今、売れる車がない」
日本が得意なハイブリッドシステムの代表であるトヨタの「THS」やホンダの「e:HEV」は、エンジン主体、モーター主体の違いはあるものの、高速時にモーターだけでなく、エンジンの動力を使って燃費の良い走行を実現しています。一方、日産の「e-Power」は、高速時も100%モーターで走るシリーズ方式のハイブリッドを採用しています。e-Powerは高速走行時の燃費が良くないため、長距離移動の多い北米などでは不向きであり、実際日産はe-Powerを北米市場に投入していません。強みとしてきた北米で今売る車がないというのが日産の直面する課題と言えます。
自動車各社は、将来のEVシフトやSDV(ソフトウエア・ディファインド・ビークル)などへの備えとして巨額な投資を行う必要があります。そのために規模を追求しようとしているわけですが、そもそも日産は将来の備えの以前に、現在の市場で「今売れる車がない」という問題があるわけです。これはカルロス・ゴーンのマネジメント以降、効率性を過度に重視し、EV以外への投資を極度に怠ったためでもあります。
日産はすぐにでも足元の既存ビジネスを立て直さないと将来への投資どころではない状況であると言えます。その点、ホンダとの経営統合が進めばホンダの好調なHEV技術を活用して、今売れる車を北米や東南アジアなどの市場に投入することもできたと思いますが、その可能性を日産はみずから断ち切ってしまったといえます。その意味で今回の結果は非常にもったいないといえるのではないでしょうか。
■統合は日本の自動車産業全体にメリット
破談は「ホンダの傘下に入りたくない」と、日産が対等な関係にこだわった結果です。とはいえ、日産の再建は急務です。新たなパートナーを探すとしても、日産と対等な関係であり、かつ、日産を支えることができるような都合の良い相手が本当にいるのでしょうか。今後過度なリストラを繰り返して最終的には外資の傘下に入るというようなことになれば、「あの時ホンダと組んでいれば」ということになりかねません。日産経営陣のプライドが判断を誤らせてはいないでしょうか。
ホンダ日産の統合がなされれば、日本ではトヨタとホンダ日産という二つの大きなグループが誕生し、両社が切磋琢磨することで、日本の自動車産業そのものの活性化に繋がっていたかもしれません。それぞれの自動車メーカーに系列の部品メーカーがあるとはいえ、複数の自動車メーカーに部品を納品するメーカーも多く存在しています。そのため、日系自動車のボリュームが増えることは、日系部品メーカー全体にとってもプラスになります。
特に欧州系の自動車メーカーは、日系の部品を使うこと自体が日本の自動車産業を利することになるので、どちらかというと日本製品を使いたがらない傾向があります。日本に大きな自動車メーカーが存在し続けることが、日本の自動車産業全体にとってのメリットになると言えるのです。
写真=iStock.com/LewisTsePuiLung
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LewisTsePuiLung
■独力の経営再建では「大規模リストラ」の可能性も
また、日産の経営再建でなによりも大切なことは日産と、その先の日本の自動車産業全体の雇用を守ることです。
ホンダとの経営統合を果たしたとしても一定のリストラは必要かもしれません。現在、日産の生産設備は年間約500万台の生産キャパがあるといわれていますが、販売台数は年間でおよそ330万台強です。過剰な生産能力をセーブする必要はあるかもしれません。
しかし、BEVへのシフトが大きく遅れHEVが伸長している昨今の業界の状況を見ると、足元で売る車を作ることができていない日産は、独力の経営再建では、さらに縮小均衡を求められるかもしれません。そうなれば、サプライヤーも含めてより大規模なリストラが行われる可能性もあります。
その意味でホンダとの決別という判断の後、日産の経営陣がどのような方向に日産を導くのか、その責任は重大です。少しひねくれた見方をすれば、煮え切らない日産の経営陣との統合に嫌気がさしたホンダが、断られることを承知であえて子会社化提案を行ったなんてこともあったのかもしれません。
■なぜ日本のエレクトロニクス企業は衰退したのか
また、将来に目を向けると、BEVやSDVが自動車の主流になるということは、これまでメカニカルな技術がものを言う産業であった、自動車産業がデジタル化し、ソフトウエアと半導体の産業になるということを意味します。
産業がデジタル化すると、製品の機能や性能はソフトウエアによってきまることになります。ソフトウエアの開発コストは固定費です。同じものを大量に作れば作るほど利益率が上がるので、企業間の競争は数の競争になります。いわゆる「規模の経済性」が効く産業となるのです。さらにソフトウエアは半導体に実装されますが、半導体も巨大な装置産業で生産され、規模の経済性がよく効く産業です。ソフトウエアと半導体を大量に使うということは、規模の経済性によるメリットを得ようと各社が規模を追うようになり、結果、上位企業のみが収益を独占する市場になりやすくなります。
これはこの20年でエレクトロニクス産業が経験したことでもあります。日本のエレクトロニクス企業は、この数の競争に敗れたので衰退しました。20世紀のアナログ技術とハードが差異化の源泉であった時代は、それなりの規模の企業でも製品差異化を行うことができ、中堅メーカーでも利益を出すことができていました。しかし、さまざまな家電製品がスマホやタブレットに収束し、その中のアプリというソフトウエアで、カメラ、テレビ、電話などの機能が実現されると、日本の得意芸であったハードウエアの事業は縮小していきました。
■日産が採るべき選択肢とは
そして今、自動車の世界にもデジタル化が訪れています。エレクトロニクス企業と同じ轍を踏まないためには、しっかり数の競争で勝てる算段をしておく必要があります。その意味でホンダと日産の経営統合は非常によい話だったのですが、今回残念な結果になりました。
ホンダも将来のBEVやSDVに備えて新たなパートナーを探す必要がありますが、それ以上に大変なのが日産でしょう。繰り返しになりますが、日産は今、足元で売れる車がないという状況にあります。ですから将来のEVなどの備え以前に、今売れる車をすぐにでも作らないといけないのですが、それができていない状況にあります。ホンダとの統合がなされていればホンダのHVという既存事業のリソースを使えたところですが、それがだめになったのです。
AutoShow 2017でのホンダブース(写真=Kalvin Chan/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)
日産がこれからやらないといけないのは、経営の効率化を進めることと、同時に売れる車を作ること。これは、ムダをなくすことと、ムダを認めてさまざまな探索をすることという相反する能力を必要としますので、なかなか難しいところです。さらに、将来のBEVとSDVに備えた数を追うパートナーを探すという極めて難しい課題に直面していると言えます。
課題の困難さを考えれば、日産が採るべき選択肢は、もう一度ホンダと経営統合協議を再開することなのかもしれません。
(初公開日:2025年3月10日)
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長内 厚(おさない・あつし)
早稲田大学大学院 教授
1972年東京都生まれ。京都大学経済学部経済学科卒業後、ソニー入社。映像関連の商品企画、技術企画、新規事業部門の商品戦略担当などを務めた。2007年京都大学で博士(経済学)取得後、研究者に転身。同年、神戸大学経済経営研究所准教授着任。早稲田大学商学学術院准教授などを経て、2016年より現職。2016年から17年までハーバード大学客員研究員。ベトナム外国貿易大学ハノイ校客員教授、総務省情報通信審議会専門委員などを務める。主な著書に『読まずにわかる! 「経営学」イラスト講義』(宝島社)、『イノベーション・マネジメント』(中央経済社・共著)など。YouTubeチャンネル「長内の部屋」でニュースやビジネスに関する動画を配信している。
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(早稲田大学大学院 教授 長内 厚)