「コメ農家の時給10円説」はウソである…日本人に高いコメを買わせ続ける農水省・JA農協の"裏の顔"
2025年4月26日(土)8時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tdub303
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■「時給10円」のカラクリ
コメの騰貴が国民生活を圧迫するなかにあっても、いまの価格を「農家を守るためには仕方がない」と容認する声がある。彼らがそう考えるもととなっているのが、「コメ農家の時給が10円」という統計データの存在だ。
農水省「営農類型別経営統計」によると、2020年181円、21年10円、22年10円、23年97円のようである。これによって、もっと米価を上げろとか農家への補助金を増やせとか主張されている。農業経済学の某東大教授も一緒になって「時給10円は少なすぎるので、もっと農業予算を増やせ」と主張している。
しかし、不思議に思わないだろうか? これだけの低い時給で、どうしてコメ農業を続けるのだろうか? パートに勤めたほうがもっと高い所得を上げられるのに、なぜそうしないのか? 農家は私利私欲を度外視してまで、食料安定供給という崇高な理念に燃えて、国民のためにコメ農業を続けているのだろうか?
この農水省の「営農類型別経営統計」という統計を信じてよいのだろうか?
これには技術的な問題がある。上記の数値の計算に当たっては、分子の所得からは雇った人に対する賃金は引かれているのに、分母の労働時間には雇った人の労働時間も含まれている。これだと、分子を小さく分母を大きくし、時給を低く推計することになる。これは統計がおかしいのではなく、時給を計算した人が統計を理解しないことによる間違いである。これを補正すると時給は大きくなる。
小さい規模では違いは少ないが、かなりの人を雇っている大規模層では、大きな違いとなる。補正した結果、中規模の階層の5〜10ヘクタールでは406→470円だが、大規模な30〜50ヘクタールでは910→1710円、50ヘクタール以上層では727→2216円と上昇する。
■コメ農家の本当の時給
ただし、これを考慮しても、この時給の平均値が大きく増えるものではない(23年で97円→115円)。それは、次に述べる通り、平均値に規模の大きな階層の状況がほとんど反映されていないからである。
以上の技術的な問題を補正して、コメ農家の規模別の時給を計算すると次のようになる。
図表=筆者作成
最も小さい階層の5ヘクタール未満層では▲470円の赤字だが、それ以外の階層では全てプラスであり、10〜15ヘクタールでは1千円を超え、大規模な20〜30、30〜50ヘクタールでは1710円、50ヘクタール以上層では2216円である。
それなのに、平均が115円にしかならないのは、5ヘクタール未満の零細層に多数の農家がいるため、農家戸数を考慮して加重平均した値を出すと、零細層の値に引きずられて小さな額となるからである。
■零細農家が耕す面積はわずか8%
次が現在のコメ作の構造である。
1ヘクタール未満の経営体は数では52%のシェアを持っているのに、面積では8%を耕すだけである。これに対し、30ヘクタール以上の経営体は、数では2.4%しかないのに、面積では44%も占めている。つまり、コメ作の担い手は規模の大きな階層だということである。この実体が「営農類型別経営統計」の時給平均値には反映されていない。
図表=筆者作成
しかも、零細な農家の戸数は減少し、規模の大きな農家に農地は集積してきている。小さな農家が退出しても、コメの供給力に問題はない。
図表=筆者作成
統計データを見るときに“平均”だけでは問題が見えてこない。所得“格差”を検討するときに、平均的に日本人は豊かだといっても、何の問題解決にもならない。農業の場合も、大規模農家は戸数では少ないものの、販売額では農業の全生産額の大宗を占める。戸数に基づく平均値では、こうした実態を見逃してしまう。
■規模拡大とともに時給は増加
コメの生産費を調査している統計(食管制度時代生産者米価算定の基礎となった米生産費調査)をベースとして、コメの10アール当たり収量とJA農協が農家に支払う概算金をもとに収入を推計し、ここから時給を推計したものが次のグラフ(図表4)である。
規模が大きくなるにつれて、時給も増加することがわかる。0.5ヘクタール未満層の時給は▲163円である。赤字だと主張しているのは、この零細な農家である。しかし、これらの零細層は、国民への食料供給のために赤字でもコメを作り続けているのではない。マチで高いコメを買うより、赤字でも自分で作った方が安上がりとなるからである。詳しくは、〈JA農協&農水省がいる限り「お米の値段」はどんどん上がる…スーパーにお米が戻っても手放しで喜べないワケ〉を参照されたい。
図表=筆者作成
■農家戸数が減少しても生産額は減らない
時給10円という劣悪な経営状況にある農家がいなくなると、日本人は食べられなくなるぞという主張が目立つ。国民は「農業保護を増やさないと餓死しますよ」と脅されているようである。
私は農水省に30年も勤務した。JA農協などがこのような主張をするたびに、心の中で「ウソをつくな! これまで農業界は国民に食料の供給責任を果たしてきたのか?」と叫んでいた。
そもそも、1995年から農家戸数は半減し農業者数は7割も減少しているのに、農業生産額はほとんど減っていない。規模の小さい農家などが減少して農地等が規模の大きな農家に集積していったからである。
図表=筆者作成
■戦後の「農地改革」の大失敗
食料供給に不可欠なものは農地資源である。
農地を農地として利用するからこそ、戦後革命的な農地改革は実施された。その農地を小作人に転用させて莫大な利益を得させるためではなかった。しかも、日本には山形県庄内地方の本間家のような所有地が2千ヘクタールに及ぶような大地主は極めて少なく、現在の農家規模よりも小さい3ヘクタール未満の零細地主が7割以上を占めていた。
農地改革は、その中小地主からただ同然で農地を取り上げたのである。これらの人は子弟に高校進学をあきらめさせるなど困窮を極めた。かつての小作人が農地を転用して莫大な利益を得ていることを目の当たりにした旧地主から農地改革違憲訴訟が相次いだ。
1961年には609万ヘクタールの農地があった。その後公共事業などで159万ヘクタールの農地を造成したので、768万ヘクタールの農地があるはずだった。それなのに、435万ヘクタールの農地しか残っていない。国民は333万ヘクタールの農地を転用と耕作放棄で喪失した。
写真=iStock.com/7maru
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■農業界は食料供給責任を果たしていない
耕作放棄が話題になるが、これは傾斜農地など中山間地域にあるものが多い。転用されているのは、食料生産にとってより重要な平場の優良農地である。農業界は株式会社が農地を取得するといずれ転用して大きな利益を上げると主張するが、農地を転用したのは農家自身である。
これまで高い米価やさまざまな補助金を受けながら、農地を潰し食料安全保障を損なったのは、誰なのだろうか? それを忘れて国民を脅すようなことができるのだろうか? ルース・ベネディクトが『菊と刀』で強調したわが国の「恥の文化」は、少なくとも農業界からは消滅したようである。
■農地を売った金で大儲けした“農業協同組合”
JA農協は転用利益をウォールストリートで運用して莫大な利益を上げた。
建前として、JA農協は「農地の確保が重要だ」と言う。しかし、農地の転用規制をJA農協が真剣に要請したことはない。要請したのは、地方の商工会議所の人たちだ。市街地の郊外にある農地が転用され、そこに大型店舗が出店し、客を奪われた地元商店街が「シャッター通り化」するからだ。農家・農協が栄えて地方が衰退した。
転用して減少した農地の一部を回復するため、納税者の負担で諫早湾干拓などの農地造成が行われた。農水省は、農地改革という革命的な政策を実施しながら、農地を真剣に守ろうとしなかった。現在でも、毎年0.9万ヘクタール造成しているのに、3.7万ヘクタールを失っている。公金を支出して農地を造成する傍らで、農家は農地を潰して大きな利益を得ているのである。
■失った農地は戻ってこない
農水省はヨーロッパのような確固たるゾーニングを導入して、食料安全保障のために農地資源を確保しなければならなかった。情けないことだが、もう失った農地は帰ってこない。現在の農地では、国民に必要なカロリーの半分も供給できない。
図版=筆者作成
1961年に比べると、世界の農地面積は、6%程度とわずかながら増加している。ブラジルと中国の増加は1.5倍を超えている。アメリカもフランスも農地面積は減少しているが、それぞれ9%、17%の減少である。ところが、日本は38%も減少している。フランスは農地面積の減少を単収の増加で補っているのに、日本は減反で単収も増やさなかった。
それだけではない。1960年頃まで、二毛作で裏作の麦があったため、麦類の国内生産は400万トンもあったが、現在は100万トン程度しかない。
1960年耕地利用率は135%程度だった。しかし、コメ農家の兼業化によって田植え時期が6月から5月に変更されたため裏作の麦が消滅し、さらには減反で利用されない水田が増加したため、現在では耕地利用率は91%まで低下している。現在の日本の農地430万ヘクタールは耕地利用率を考慮すると、実質290万ヘクタールしかない。
■本当にやるべき農業振興策
国民は食料危機を回避するために国内の農業を振興しなければならないと思っている。半分そうだろうが、半分間違っている。
半分そうだというのは、減反補助金と無駄な備蓄政策で年間4000億円の無駄な金を使ってコメ生産を減少させ、食料安全保障を損なっているからだ。江藤農水相は「主食であるコメを外国に委ねてよいのか」と主張したが、主食であるコメを減反して1970年頃の半分以下に生産を減らしたのは誰なのか? 減反を廃止すれば、国内生産(食料自給率)は大幅に増加し、輸入食料途絶という危機をある程度しのぐことができる。つまり、農水省が食料安全保障のリスクになっているのであり、これを廃止すれば国内農業は振興できる。
半分間違っているというのは、無駄な意味のない国産振興をしていることである。コメの減反をしながら他作物に転作して食料自給率を向上させるという名目で、水田での麦や大豆等の生産に毎年約2500億円の税金を投入している。しかし、これで作られる麦は約60万トン、大豆は約20万トンに過ぎない。同じ税金で毎年700万〜800万トンの麦を輸入できる。エサ米については、900億円程度の財政負担で生産しているのは約76万トンである。これで250万〜400万トンのトウモロコシを輸入できる。加えて、減反を廃止するので、国内のコメ生産は大幅に拡大する。
しかも、財政で作られた生産なので、財政支援がなくなれば、麦、大豆、エサ米の生産はなくなる。生産を維持するためには、毎年同額の財政支出が必要である。危機が発生するまで継続すると、累計の財政負担は膨大なものになる。10年間だと10倍である。
600万トンの小麦がないと国民が餓死するという状況の下で、100万トンの国産小麦と700万トンの輸入小麦のどちらを国民は選択するだろうか? 国産の方が信頼できるというのは幻想に過ぎない。
そもそも農業界は国民から農業予算や関税による高い農産物価格という保護を受けながら、食料の供給責任を果たしてこなかった。日本にも「農業振興地域の整備に関する法律」によるゾーニングがある。この法律に基づくゾーニング地域では、補助金が受けられる反面農地の転用はできない仕組みになっていた。しかし、農家は補助金をもらう時はこの地域に入り、農地を転用したいときはゾーニング地域からの除外を要請した。
■輸入に反対しながら輸入で稼ぐJA農協
アメリカ産農産物の輸入を促進したのは、JA農協だ。JA農協は、農家が生産した畜産物を販売するだけではなく、アメリカから穀物を日本へ輸出し、これに付加価値を付けた配合飼料を、畜産農家に販売することで、利益を得た。生産物と資材の販売の双方向で二重の手数料を稼いだのである。
アメリカは牛肉については自由化や関税削減を強く迫ったが、競争力のないバターなどの乳製品については、ホエイを除いて、関税引き下げを求めなかった。日本の酪農を維持して穀物を輸出したほうが有利だからだ。
日本の酪農については、JA農協とアメリカ穀物業界はウィンウィンの利益共同体である。被害者は、高い牛乳乳製品を買わされる日本の消費者である。
これが「国産国消」や「農産物輸入反対」を主張するJA農協の裏の顔である。
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山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)など多数。近刊に『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)がある。
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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)