現役時代は「持ち家より賃貸」が合理的…お金のプロが指摘する「マイホーム購入の6つのリスク」
2025年4月27日(日)18時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ArLawKa AungTun
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■崩れ去った「マイホーム神話」
家を購入するとそれが資産になり、老後の安心を得られるというマイホーム神話の成立要件は、ことごとく崩壊しています。リタイア後の暮らしの安定、お金に困らない生活を重視するなら、「現役時代は賃貸」が最も合理的な選択だと考えます。
一般的には、家賃がかからない分、持ち家のほうがリタイア後の購買力が高まり、ゆとりある老後が送れると考えられています。このような考え方が定着したのは、マイホーム神話が誕生した高度経済成長期です。
ライフプランニングにおいて時代認識を間違うことは致命的なので、まずはこの点を確認しておきたいと思います。
高度経済成長期とは1955年から1973年ころまでを指します。農林水産業や自営業世帯が多数派だった時代から、企業に雇用される世帯が多数派になった時代です。地方の若者が大都市での就職を求めて大量に流入し、そのまま定住して結婚し、核家族(※1)化が進みます。
これらの人たちがこぞってマイホームを買い求めたため、住宅の供給不足が常態となり、地価は上昇していきました。
(※1)「夫婦のみの世帯」「夫婦と未婚の子のみの世帯」「ひとり親と未婚の子のみの世帯」
■定年前にローン完済が普通だったが…
新たに勃興した住宅産業と、景気浮揚のための持ち家政策が相まって、人々の住宅取得を後押ししました。それを支えたのが日本型雇用慣行である終身雇用と年功序列賃金です。この時代の人々は、定年前に住宅ローンを払い終え、地価の上昇で含み益が発生したマイホームと退職金を手にしてリタイアを迎えたのです。
高度経済成長が終焉を迎えてもマイホーム神話が揺らぐことはありませんでした。1980年代後半のバブル景気による地価高騰にもかかわらず、人々はマイホームを求めて、通勤に2時間前後もかかる郊外に向かって移動していきました。
ところが、平成に入ってバブルは崩壊し、上がり続けると言われた地価も下落しました。そして、高額の住宅ローンだけが残ってしまったのです。
幸いにも、最も高い時で8%超だった住宅ローン金利(※2)が下落を続けた(この点でも現在とは大きく異なります)ため、多くの人は低い金利のローンに借り換えたり、繰上返済をするなどで完済にこぎつけます。しかし、地価が購入時の水準に戻ることはありませんでした。バブル景気前にマイホームを購入した人と、バブル景気の最中(とその余波の時期)に購入した人で明暗を分けた格好です。
(※2)住宅金融普及協会「金利について」
■マイホームが資産どころか「負動産」に
しかし、高度経済成長期にマイホームを手に入れた人たちが、ゆとりある老後が送れているかと言えば、必ずしもそうとは言えません。1970年当時は男性69歳、女性75歳だった平均寿命(※3)はどんどん長くなっていきました。このこと自体は幸せなことですが、それに伴い、想定外のことが起こっています。
高齢になると心身が衰えるのは避けられませんが、高齢者施設に入居したいと思っても、今の高齢者は夫が厚生年金、妻が国民年金のみというケースが多く、夫婦のどちらかかが入居すると、残された人の生活費が賄えないという現実に直面します。結果として、自宅で「老老介護」を続けざるを得ない高齢者夫婦も珍しくありません。
また、せっかく手に入れたマイホームですが、現在、空き家の数は増加の一途をたどり、安全性の低下や公衆衛生の悪化、景観の阻害など、さまざまな問題が深刻化しています(図表1)。つまり、資産になるどころか、買い手すらつかない物件が今後も増えていく可能性が高いのです。
総務省統計局「住宅・土地統計調査」より筆者作成
(※3)厚生労働省「令和5年簡易生命表の概況」参考資料2「主な年齢の平均余命年次推移」
■マンション住民の高齢化が止まらない
「空き家なんて地方の話だろう」と思うかもしれません。確かに空き家率は地方が高いのですが、空き家の数自体は首都圏に集中しており、東京都の約21万件をはじめ、埼玉、千葉、神奈川を合わせると約66万件にも上ります(※4)。
2023年末の築40年以上のマンションは約136.9万戸ですが、10年後には約2倍、20年後には約3.4倍に増加する見込みです。これらのマンションでは、世帯主が70歳以上の住戸の割合が5割を超えており、今後、マンション管理組合の総会運営や集会決議の困難化、管理組合役員の担い手不足、修繕積立金の不足等の課題が顕在化していくおそれがあると言われています(※5)。
ここから得られる教訓は2点。マイホーム神話は普遍的なものではないということ、時代認識を見誤るとライフプランを大きく揺るがすおそれがあるということです。
「住宅ローン返済」か「家賃支払い」かといった、狭い範囲での損得ではなく、リスクマネジメントの観点からマイホームを考えるというアプローチが不可欠です。
(※4)総務省「令和5年住宅・土地統計調査」
(※5)国土交通省住宅局「今後のマンション政策とマンション管理の制度」令和6年10月6日マンション管理適正化シンポジウム資料より
■「日本の家族」はどんどん縮んでいく
まず、時代認識を間違えないために、現在の日本の状況を確認してみましょう。
日本型雇用慣行は1990年代初頭のバブル経済の崩壊を機に、変容を余儀なくされました。高度経済成長期の女性は専業主婦が当り前でしたが、現在、共働きは1300万世帯となり、専業主婦の508万世帯をはるかに上回っています(※6)。
正社員男性が一家を支える構図から、夫婦共働きで家計を支える構図へと変化しているのです。そして、今や核家族ではなく単独世帯が最も多い世帯構造となっています(※7)。
日本の人口は2008年の1億2808万人をピークに減少に転じ、今後も右肩下がりで推移していきます。世帯数に関しては増加を続けていますが、2030年をピークに減少に転じると推計されています(図表2)。
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口—令和3(2021)〜52(2070)年—」令和5(2023)年推計、「日本の世帯数の将来推計(全国推計)—令和2(2020)〜32(2050)年—」令和6(2024)年推計より筆者作成
加えて、災害の頻発という新たな課題にも直面しています。高度経済成長期は、1959年の伊勢湾台風を最後に、大災害を経験せずにすんだ稀有な時期でもあるのです。
(※6)総務省「労働力調査(詳細集計)」2004年(V-1表より)
(※7)厚生労働省「2023(令和5)年 国民生活基礎調査」
■終身雇用から「転職で所得アップ」へ
現在進行形で行われている国の政策を見ても、「男は仕事、女は家庭の時代」ではなく、キャリアを多様化しようというメッセージが読み取れます。
長時間労働や転勤・配転など、家庭を犠牲にする働き方を是正するため、2019年4月から「働き方改革関連法」が順次施行されています。企業に対しては、「長時間労働の是正や生産性向上に取り組まないと、優秀な人材が集まらない時代になりますよ」という警鐘であり、個人に対しては、「1人1人がビジネススキルを身につけて生産性の向上を図ってください」ということです。
実際、終身雇用という日本型雇用慣行も変わってきています。総務省の「労働力調査」によると、2024年の転職者数は約331万人、転職等希望者数は約1000万人に上ります。
マイナビの「転職動向調査2025年版」でも、2024年の正社員の転職率は7.2%と高水準で、40〜50代で増加傾向にあります。とくに給与面を重視する人が多く、転職後の年収は平均22万円増加しています。
今後は、一定年齢まで転職を繰り返しながらキャリアを蓄積し、ステップアップを図っていく働き方が増えると予想されています(※8)。
こうした人口動態や働き方の変化を踏まえると、「現役時代にマイホームを持つことが、ライフプラン上のリスクとなる可能性が高い」という時代認識に行きつきます。
(※8)上野有子(2021)「わが国の60代労働者の就業変化と労働市場への影響」日本労働研究雑誌No.734/September 2021
■キャリアと年金記録は一生ものの資産
現役時代に優先すべきは、キャリアを積み重ねて稼得能力を高めることです。目指すキャリアを自ら設計し、必要な知識やスキルを習得する努力が求められる時代において、マイホームを購入することは、キャリアアップの可能性が阻まれたり、転職に二の足を踏んでチャンスを逃がしてしまう可能性があります。
マイホームがリタイア後も資産となり得るかどうかは、地域性や社会環境の変化などに左右されます。リフォームやメンテナンスなどで住まいの価値を高めるといった、個人レベルの努力だけでは解決できないこともあります。一方、身につけたキャリアとそれにともなう年金履歴は一生ものの資産です。
65歳男性の平均余命は19.52年、女性は24.38年(※9)です。もし、65歳でリタイアを迎えたなら、平均すると男性はそこから約20年、女性は約24年生きるということです。
年金を中心に生活をする時期は誰にでもやってきます。しかも、水道光熱費や食費など、生活コストの上昇は避けられないでしょう。それが20年以上にもわたるとなれば、現役時代の資産形成が大事になってきます。その大部分を持ち家に費やすのは、リスクが高いと言わざるを得ません。
(※9)厚生労働省「令和5年簡易生命表」
写真=iStock.com/years
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/years
■マイホーム購入者が抱えるリスク
現役時代の持ち家購入には、主に次のようなリスクがあるといえます。
1.転職や離婚、近隣とのトラブルなどで転居を余儀なくされる
2.病気や子どもの進路変更など、予定外の事態で住宅ローンの返済計画に支障が出る
3.大規模災害に見舞われる、あるいは、ハザードマップで危険性が高い区域と予測されて地価が低下する
4.立地によって、夫婦どちらかのキャリアに支障が出る
5.住環境や家族構成の変化、自身の価値観の変化などにより、リタイア後の住まいとしては適さなくなる
6.売却あるいは賃貸に出したいが、買い手(借り手)がつかない
「1」「2」「3」については、事前の計画を十分に練ったうえで購入にのぞめば、ある程度回避できるかもしれません。たとえば、買い手がつきやすく、災害の危険性の少ない地域を選び、自己資金を多く投入して借入額を抑えるなどです。
■「一旦、仕事を辞める」の損失は大きい
「4」は表面化しにくいため、ライフプラン上の盲点となるところですが、実は最も逸失利益が大きくなる可能性が高いリスクです。たとえば、購入可能な金額から物件を絞り込んだために通勤時間が長くなったり、子どもの塾通いのサポートなどで仕事との両立がきつくなると、妻が離職したりパート勤務に転換するといったケースがとても多いのです。
「男は仕事、女は家庭」の価値観のままだと、「そんなものかも」と深く考えずに、「とりあえず一旦仕事を辞める」という決断をしてしまいがちです。その「とりあえず」が億単位の損失につながることを、人生のリスクとして意識する必要があるのです。
大学卒業後、フルタイム正社員として勤務した場合の平均生涯賃金は、男性が2億6190万円、女性が2億1240万円です(※10)。そして、キャリアと並行して厚生年金の履歴を積み上げることにより、一生ものの年金受給権を手にすることができます。
(※10)独立行政法人 労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2022 労働統計加工指標集」2020年の生涯賃金(退職金を含めず、同一企業継続就業とは限らず)
■賃貸なら「最適な住まい」を更新できる
たとえば、厚生年金の平均受給額である14万6429円(国民年金部分含む)(※11)を、65歳から20年間受け取ると約3500万円になります。また、妻が2人の子どもを出産し、正社員として就労を継続した場合の世帯の生涯可処分所得は、出産後離職した場合と比べて、1億6700万円多くなるとの試算もあります(※12)。
「そんなもの」とか「とりあえず」では済まない、大きすぎる代償です。そう考えると、既婚者や子育て世帯は、夫と妻それぞれの勤務先へのアクセス、子どもの教育環境、子育て支援の充実度など、その時その時にふさわしい住まい方を最適化できる賃貸住まいが合理的です。
子育て期は、夫婦ともにキャリア形成における重要な時期と重なります。それぞれのキャリアを尊重し、お互いがお互いのサポーターになることが、経済的にも精神的にも長い人生における資産であり、リスクヘッジにもなるのです。
「5」「6」は、購入時から何十年も先のことなので想像もつきません。将来の自分がどのような暮らしを望んでいるのかさえ分からないのに、自分が暮らす地域がどうなっているのかなど、ほとんど予測不能です。そこに自分の老後を賭けるのは無謀ではないでしょうか。
(※11)厚生労働省「令和5年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」
(※12)内閣府「女性の出産後の働き方による世帯の生涯可処分所得の変化(試算)」2024年6月5日
■「賃貸vs持ち家」という二項対立ではない
いろいろとリスクを挙げてきましたが、この記事の目的は、読者を賃貸派にすることではありません。現役時代は、資産形成も年金履歴も退職金も、何もかもが途上の時期です。そのような不確実性の中で、長期にわたる住宅ローン返済を確定させることは、家族(単身も)という最小単位で背負うリスクとして、大きすぎるのではないかという視点を持ってほしいのです。
リスクの大きさを見積もったうえで、「いざとなったときの逃げ道を用意できる」と判断すれば、現役時代の持ち家購入は選択肢の1つだと思います。
しかし、一般的には、過大なリスクとなるケースが多いので、一生賃貸か持ち家かといった二項対立で考えるのではなく、現役時代は柔軟性の高い賃貸住まい、リタイアが視野に入ってきた段階で、手持ちの資金や年金の受給見込額、退職金予想額など、ほぼ確定となった資産をもとに、購入を検討するのが合理的ではないでしょうか。
写真=iStock.com/RRice1981
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RRice1981
■「可処分所得の1割」を積み立てる
そのためには、年間の世帯可処分所得の1割を、将来の住まいのために積み立てることを提案します。2人以上の勤労世帯の平均可処分所得は1カ月あたり約52万円です(※13)。1割を住まいのために積み立てると1年で62万4000円、35年間続けると元本だけで2184万円になります。
残りの9割を生活費(家賃を含む)や子どもの教育資金、万一のための備えなどに充てます。9割をどのように配分するかは家庭ごとに異なりますし、家族の中でも意見の違いが出てきます。住まいに何を求めるか、子どもの教育方針をどうするか、レジャーや趣味などにどのくらい費やすかなど、しっかり話し合って配分を決め、将来の住まいに充てる1割は死守するようにしてください。
家族間で折り合いをつけながら、単身の場合は、自分の消費意欲と向き合いながら、優先順位をつけて支出配分を決定する経験は、確実に家計管理能力を高めてくれます。キャリアと同様、家計管理能力も一生ものの資産です。
つまり、キャリアと家計管理は人生を左右する車の両輪のようなもの。受け身ではなく、自分の人生を自らデザインするという意識で取り組みましょう。
(※13)総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)」2024年
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内藤 眞弓(ないとう・まゆみ)
ファイナンシャルプランナー
1956年香川県生まれ。大手生命保険会社勤務の後、ファイナンシャルプランナー(FP)として独立。1996年から約5年間、公的機関において一般生活者対象のマネー相談を担当。現在は、金融機関に属さない独立系FP会社である生活設計塾クルーの創立メンバーとして、一人一人の暮らしに根差したマネープラン、保障設計等の相談業務に携わる。共働き夫婦からの相談も多く、個々の家庭の考え方や事情に合わせた親身な家計アドバイスが好評。著書に『医療保険は入ってはいけない!』(ダイヤモンド社)など。講演・セミナー等の講師としても活動。
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(ファイナンシャルプランナー 内藤 眞弓)