13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?

2024年4月25日(木)4時0分 JBpress

「自由と秩序」の両立によって機能不全から蘇り、飛躍の途へ——。そんな理想を体現した企業が世界には存在する。ルールによる抑圧的な管理を放棄し、人と組織を解き放った革新的なリーダーたちは、何を憂い、何を断行したのか?  本連載では、組織変革に成功したイノベーターたちの試行錯誤と経営哲学に迫った『フリーダム・インク——「自由な組織」成功と失敗の本質』(アイザーク・ゲッツ、ブライアン・M・カーニー著/英治出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。

 第4回は、経営難にあった米レンタカー会社エイビスの再建ストーリーを紹介。「本社」と「現場」の対立解消により、高成長への軌道修正に成功した新CEOの手腕に迫る。

<連載ラインアップ>
■第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?
■第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?
■第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?(本稿)
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?
■第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?(5月7日公開)

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■成長を促す組織をつくる

 ロバート・タウンゼンドは、職場環境を、ニーズを枯渇させる場から与える場に変革した、最初の解放型リーダーだったかもしれない。

 1962年にエイビスのCEOに就任した時には、すでにアメリカン・エキスプレス(アメックス)の役員として社内の解放を経験済みだった。アメックスでは、部下のやる気を窒息させるあらゆる要素を取り払うという過激なアプローチを実践した。しかし、これは投資・銀行部門という比較的小規模の組織での経験にすぎなかった。なにしろ、メンバーのほぼ全員がニューヨークの同じビルで働いていたのである。

 エイビスにはアメックスとはまったく違う現実が待っていた。アメリカ大陸中に1000箇所ものレンタカー営業所が散らばっていたからだ。しかも、そこは13年間黒字化の努力を必死に続けてもうまくいかず活気を失っている会社だった。

 まずはエイビスの黒字化がタウンゼンドの最初の優先事項となり、全事業部を独立採算制にした。それ自体は、さほど特異な方法ではない。最終的な収益責任を現場のマネジャーに委ねて会社全体を赤字から脱却させる—

 これは会社の完全な解放に着手する上でタウンゼンドが設定した最初の目標であり条件だった。この責任の移行は、誰がどの仕事を担っているかを明確にする最初のステップだった。しかしこれは、成功した場合に誰の功績になるかという疑問をすぐには解決しなかった。

 タウンゼンドは当時をこう振り返る。

 「エイビスがついに黒字化を達成した時、経営陣は『我々』対『彼ら』という深刻な対立をつくり出していました。『我々』とは本社にいる頭のよい人たちのことで、『彼ら』とは、それぞれの現場でレンタカーの取引を行って我々の給料を稼いでいる、赤いジャケットを羽織って必死に汗を流している人々のことです1

1. Warren Bennis and Robert Townsend, Reinventing Leadership(New York: Quill, 1995), pp. 66-67.

 タウンゼンドの「農業的」アプローチは、そもそも社員を文字通り平等に取り扱う仕組みであるにもかかわらず、現場の労働者たちは、当初はすんなりとは受け入れなかった。そこで、まずは自由な環境をつくることにした。

 タウンゼンドの回想によると、ある月曜日の本社ミーティングで気軽な調子で次の提案を行ったという。

「私は『ところで、私たち全員で、オヘア空港にあるエイビスのレンタカー業者養成コースを受けましょう』と言いました。すると、頭のよい役員たちからは『この忙しい時に』という大変な怒りの声が沸き上がりました。そこでこう切り返したのです。『聞いてください。これは義務ではありません。私は命令しているわけではないのです。ただ、このコースを受けて合格証を取らなければ、皆さんはインセンティブ報酬制度には入れない、という点はおわかりいただきたい』と2

2. Ibid., p. 67.

 そして、この試みがいかに重要かを証明するために、タウンゼンドは付け加えた。

「なお、私は来週受講するつもりです」

 実際に研修を始めてみると、簡単にはいかなかったという。役員たちはモーテルに泊まり、昼間に勉強して、毎日夕刻に試験を受け、夜は宿題に取り組み、毎朝「私はトレイニーです」というバッジをつけて、実際の顧客に車を貸した。タウンゼンドは当時を振り返る。

 ある朝、オヘアで賃貸業務に携わっていると、一人のお客様がカウンターにやってきました。私は、正しいキーを見つけて差し込み、自動車の管理カードの記入処理を行い、クレジットカードをチェックしたのですが、まごついてしまいずいぶん時間がかかってしまいました。列に並んでいる他のお客様が競合他社に逃げないように微笑みを絶やさず作業をしていると、とうとうその人がこう言ったのです。「早くしてもらえませんか? 急いでいるんだ」

「少々お待ちください。私はトレイニーでして」

「君ぐらい不器用で何も知らない人がいったいどうして教育プログラムに合格できるのか、教えてほしいもんだ」とお客様は言いました。

 私は答えました。「申し訳ございません。幻滅されることを承知で申し上げますが、実は私はこの会社の社長なのです」

 するとすぐに彼は私をすっかり許してくれて、こう言いました。「なるほど、あなたは少なくとも現場で何が起きているかを見てやろうとここにいるわけだ。ウチの社長なんかオフィスを離れることはないですよ3

3. Ibid.

 完全に自発的に行われたとは言えないが、経営陣による研修プログラムの受講が会社の環境を転換させた。タウンゼンドはその様子をこう語る。

 このコースをやり遂げた後、私たちは本社でも赤いジャケットを着るようになりました。『我々(本社)』と『彼ら(現場)』は過去の遺物になったのです4

4. Ibid., p. 68.

 目に見える報酬がなくなるとあえて脅してでも、研修コースを受けるよう役員たちにほんの少し強制することは、タウンゼンドには必要なことだった。自由な環境をつくるために、役員たちの横暴な姿勢をすっかり改めさせて、エイビスの現場で働く人々のように変えなければならなかったのだ。選択の余地はなかった。

「役員たちに現場を体験させるだけで本当に彼らの態度が変わり、それとともに会社の環境も変わるのか?」と疑問を抱く人もいるだろう。そう考えるのも無理はない。平等な環境をつくろうとするなら、まずは役員専用駐車場といった「我々」対「彼ら」を示す職場の象シンボル徴や慣行をことごとく廃止する必要がある。しかし、社員を文字通り平等に扱うだけでは、彼らが自らやる気を出し、自由と責任を進んで受け入れるようにはならないのも事実だ。環境の他の面である、業務上の慣行も全面的に変更し、社員たちが成長し、自律したいというニーズを満たさなければならないのだ。

 エイビスでは、まさに経営陣による研修がこの変化を加速させた。研修プログラムを通じて、タウンゼンドと役員たちは、自分たちが代理店スタッフに「かなり無理な仕事」を押しつけていたことに気がついた。手書きの契約処理は非常に面倒でストレスの多い業務であり、特に顧客の列が長い時には大変だった(1960年代のことである)。そんなことも彼らは経験して初めて知ったのである。だが契約はレンタカー・ビジネスの根幹なので、その手続きを廃止するわけにはいかなかった。

 しかし、手漕ぎ舟が帆船へ、そしてモーターボートへと移行したように、手書きの作業はコンピュータに取って代わられるようになった。エイビスは、代理店の負担を減らすために、レンタカー業界でいち早くコンピュータを導入した。その結果、各営業所は顧客ニーズに細やかな対応を行い、最も重要な仕事であるリピート顧客の確保に全力投球できるようになった。

<連載ラインアップ>
■第1回 松下幸之助が40年前に喝破していた「科学的管理法」の弊害とは?
■第2回 金属部品メーカーFAVIの新しいCEOが目指した「WHY企業」とは?
■第3回 夜間清掃員が社用車を無断使用した“真っ当な理由”とは?
■第4回 13年連続赤字の米エイビス、新社長はなぜ経営陣を現場業務に就かせたのか?(本稿)
■第5回 利益率9%を誇る清掃会社SOLには、なぜ「清掃員」が存在しないのか?
■第6回 なぜ経営トップは、5年以上職にとどまってはならないのか?(5月7日公開)

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筆者:アイザーク・ゲッツ,ブライアン・M・カーニー,鈴木 立哉

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