だから50年超のロングセラーになった…味の素「冷凍ギョーザ」がこっそり実施した「レシピ変更」驚きの回数
2025年5月3日(土)9時15分 プレジデント社
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nipon Nuengpanom
※本稿は、西口一希『ブランディングの誤解』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■ロングセラーブランドに起こる2つの問題
ロングセラーブランドには、徐々に売り上げが低下するケースがあります。この課題は、大きく2つの問題点が理由であることが多いです。
一つは強い競合が現れて「既存顧客の離反率が高まるケース」。競合ブランドに対抗するため、独自性を強めるための商品改良や機能追加の必要があります。アサヒビールは24年6月に実物のレモンの輪切りが入ったレモンサワー「未来のレモンサワー」を発売しました。このような競合にはない自社ブランドだけの強い独自性を加えることで、新規獲得した顧客の離反を防いでロングセラー化する可能性があります。
もう一つは「新規顧客が取れなくなるケース」です。これは商品・サービスの持つ便益の魅力が失われたのか、あるいは独自性が弱いのか、訴求方法が不適切なのかに問題があります。新規を獲得できる便益と独自性の組み合わせが見つかると、離反率も下がることがありますが、両方の課題を解決しようとするとどっちつかずになりがちです。まずは既存顧客の離反率を下げたいのか、新規顧客を獲得したいのか、目的を必ず決めるべきです。
リブランディングを掲げながら、顧客に成立しているブランドの構造や関係を理解せず、想起率を下げたり、記憶化を毀損したりするような、「ブランディング」に陥ってしまってはなりません。顧客を理解し、「WHO(誰に)」と「WHAT(何を)」を徹底的に突き詰め、何を残し、何を変えるべきかを見極めなければ効果的なリブランディング投資は成立しません。
写真=iStock.com/Nipon Nuengpanom
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■「メラノCC」の成功
ロート製薬の「メラノCC」という美容ブランドがあります。この商品はもともと「『メラノバスター』しみ対策液」という治療薬のような商品でした。商品としての売り上げは小さく販売中止の検討段階にありました。
とはいえ、少なからず購入し続けている顧客がいたので、まずはロイヤル顧客に話を聞くことにしました。購入し続けている理由を聞けば、とにかくビタミンCに効果を実感しており、肌のしみだけでなく肌全般に効果を感じている。だから、数千円の美容液を買うよりも価値を感じるとおっしゃっていました。
そこで、パッケージや商品名を変更すれば潜在的な顧客にもっとアプローチできるのではないかと考え、リスクを承知で名称をメラノCCに変更しました。パッケージは黄色を基調にして、ビタミンの塊のような印象を与えるデザインに変えました。すると、商品の中身は変えていないのに、非常に売れるようになりました。
これはリスクを取って成功したリブランディングの一つの事例ですが、もともと商品として強い便益と独自性を持っていたものの、それが伝わりにくいネーミングとパッケージだったことに要因がありました。このマーケティング課題に対して、本書・第4章で解説したブランディングの目的の一つである、商品・サービスが持っている便益と独自性を見極め、きちんと記憶しやすくするようにリブランディングしたことで、大きな成功につながりました。
■たどり着いた「大胆すぎない変更」
24年3月にコーセーが、ロングセラー化粧水の「薬用 雪肌精」を1985年の発売以来、初めてリニューアルしました。
ロングセラー商品をリブランディングする際に最も大きな懸念は、長年愛用してくれていた既存顧客が離反してしまうことです。刷新後のパッケージが全く違う物に見えてしまえば、商品を認知できなくなり、離反する可能性が高まります。
そこで、もともと持っていた価値を残したことを感じてもらうために、パッケージにあえて大きな変更を加えませんでした。しかし、若年層にも、自分向けとして直感してもらえるデザインに変える必要がありました。
古く見えないために、どうすべきか。たどり着いたのが、「大胆すぎない変更」でした。青のブランドカラーと薬瓶、そして漢字という雪肌精の昔ながらのデザインは踏襲しつつ、ブランドロゴの文字を小さくするなどして、全体的にスタイリッシュな見た目へと生まれ変わらせました。
コーセーは2024年3月に、ロングセラー化粧水の「薬用 雪肌精」を1985年の発売以来、初めてリニューアルした。左がリニューアル前、右がリニューアル後 出典=『ブランディングの誤解』(日経BP)
■新規顧客は獲得できたが…
その背景には、2020年に初めて実施した雪肌精ブランドの全面リブランディングで得た教訓が生かされていたそうです。リブランディングの目的は、グローバルブランドとしての成長と若年層の取り込みでした。
メインロゴを雪肌精らしいイメージを持つ漢字表記「雪肌精」から、英字の「SEKKISEI」に大胆に変更し、さらにシンプルさを押し出したパッケージの新シリーズ「雪肌精 クリアウェルネス」を投入しました。若年層への調査で「古臭い」といった声があり、これを払拭するために真新しいパッケージで勝負することを決めたのです。
発売した結果、クリアウェルネスの化粧水の購入層は若年層が占めました。この点では狙い通りです。ですが、従来の雪肌精ブランドとして認識されにくかったことが影響し、発売時、販売状況が計画通りにはいきませんでした。長年築いてきた雪肌精ブランドの資産を有効に活用できなかったといいます。
このように、既に顧客に刷り込まれているブランドを象徴する記号を変えると、既存顧客に認識されず、離反を招く恐れがあります。新規獲得と既存顧客の維持の両方を目的とした場合は、成果としては不十分だったかもしれません。ですが、新規顧客を獲得するという目的であれば成功だったとも言えます。目的を明確化することは、リブランディングの成否の判断も明快になります。
■永久改良する味の素「冷凍ギョーザ」
名称やデザインでのリブランディングなどせずとも、業績を回復させるヒントは顧客の中に眠っている可能性は大きいのです。同じ名称で、一貫性のあるデザインで、継続的に顧客の満足度を高めていく商品改良を繰り返す。これこそが本当のリブランディングだと思います。
西口一希『ブランディングの誤解』(日経BP)
味の素冷凍食品は「永久改良」を掲げ、味の素冷凍食品の「冷凍ギョーザ」は22年に50周年を迎えましたが、これまでレシピを変更した回数は実に50回超です。水なし、油なしの調理を可能にするなど、ほぼ毎年改良を実施してきました。
商品を“永遠のベータ版”と捉え、物づくりの本質からずれることなく、便益と独自性を強化し続けることで、ブランド力を維持しています。そう考えれば、そもそもリブランディングというコンセプトそのものが必要ないのかもしれません。
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西口 一希(にしぐち・かずき)
Strategy Partners代表取締役
1990年大阪大学経済学部卒業後、P&Gに入社。ブランドマネージャー、マーケティングディレクターとして「パンパース」「パンテーン」「プリングルズ」「ヴィダルサスーン」などのブランド担当。2006年ロート製薬に入社。執行役員マーケティング本部長として「肌ラボ」「Obagi」「デ・オウ」「ロート目薬」などの60以上のブランドを担当。2015年ロクシタンジャポン代表取締役。2016年にロクシタングループ過去最高利益達成に貢献し、アジア人初のグローバルエグゼクティブコミッティメンバーに選出、その後ロクシタン社外取締役戦略顧問。2017年にスマートニュースへ日本および米国のマーケティング担当執行役員として参画。2019年株式会社Strategy Partnersの代表取締役として事業戦略・マーケティング戦略のコンサルタント業務および投資活動に従事。戦略調査を軸とするM-Force株式会社を共同創業。著書に『たった一人の分析から事業は成長する 実践顧客起点マーケティング』(翔泳社)、『マンガでわかる 新しいマーケティング』(池田書店)、『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』(日経BP)などがある。
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(Strategy Partners代表取締役 西口 一希)