イーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグ…テック業界の“領主”が不労所得を得る現代の経済は「テクノ封建制」だ
2025年5月12日(月)8時0分 文春オンライン

親しみやすく書かれてはいるが、実に深遠な著作であり、そしてタイムリーである。著者は賢人ヤニス・バルファキス。さすがとしか言いようがない。彼は大真面目に「リバタリアンのマルクス主義」を自称しているが、現代資本主義の構造的矛盾を解析する上で、マルクス主義は確かに圧倒的な力を発揮する。
かつてマルクス主義者たちは、資本主義はその矛盾ゆえに倒れ、社会主義がそれにとって代わると信じていた。しかし、1991年のソ連の崩壊により過ちを認めざるを得なくなった。人々は資本主義の勝利を確信した。インターネットの登場は、資本主義に対する楽観をさらに強化した。しかし、それから30年後の世界は、自由で平等で豊かどころか、その逆になってしまった。資本主義は失敗したのか。否、資本主義は成功し、その成功がデジタル空間を生み出した。しかし、そのデジタル空間が、資本主義そのものを破壊している。ならば今度こそ、社会主義になるのか。否、かつて資本主義が打倒した封建制がよみがえったのである。それが「テクノ封建制」である。
現代の経済システムを「封建制」と呼ぶのには異論も出ているようだが、それでもバルファキスがそう断言する理由は、その搾取の仕組みにある。かつて封建制においては、封建領主は領民たちを土地にしばりつけ、彼らから地代という「レント」(不労所得)を搾取した。これに対して資本主義は、資本財や労働力から生まれる「利潤」の追求によって動くシステムであった。しかし、現代では、GAFAMなどがデジタル・プラットフォームを提供し、そこで利用されるアプリの開発者の売り上げの一定割合をピンハネする。あるいは、非正規労働者や零細自営業者の出来高払いの稼ぎからピンハネする。こうしてプラットフォーマーが得た法外な利益は「利潤」とは言えない。「レント」である。レントを追求するシステムは「資本主義」ではない。「封建制」である。だから、「テクノ封建制」だというわけである。
テクノ封建制になったのは米国だけではない。中国には、もっと強力なテクノ封建制が成立しつつある。2010年代後半以降の米中対立は、テクノ封建制の間の覇権争いであるとバルファキスは喝破した。
本書の原著が刊行されたのは2023年である。その頃、バイデン政権は、テック業界の独占にメスを入れようとしていた。これに反発したテック業界は、2024年の大統領選においてトランプを支持し、第二次トランプ政権を成立させた。そのトランプの大統領就任式には、イーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグ、ティム・クック、セルゲイ・ブリンといったテクノ封建領主たちが顔をそろえた。マスクに至っては政権入りした。
もはや「テクノ封建制」の成立に異論の余地はあるまい。
Yanis Varoufakis/1961年アテネ生まれ。経済学者。2015年のギリシャ経済危機の際に財務大臣に就任、EUから財政緊縮を迫られるなかで大幅な債務帳消しを主張し、世界的に話題となった。著書に『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』など。
なかのたけし/1971年、神奈川県生まれ。専門は政治経済思想。著書に『日本思想史新論』『TPP亡国論』『政策の哲学』等。
(中野 剛志/週刊文春 2025年5月15日号)