「身長190cm以上の一般人男性をすぐに探してほしい」それがいかに無茶振りであるかを訴える根拠の示し方

2024年5月13日(月)15時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wirestock

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リサーチを依頼されたとき、いかに難易度が高いかを相手に伝えるにはどうすればいいか。経営コンサルタントの斎藤広達さんは「統計学の基本的な概念のひとつである『正規分布』の考え方として、身長や体重、株価の上下、自然現象の発生度といった世の中の多くの事象が、同じような曲線パターンを描くと分析されている。例えば身長190cm以上の成人男性を探して欲しいといわれたら、相手に対してそれがいかに少ないかを視覚的に示すことができる。さらに納期などを強気に交渉するためには、『標準偏差』を組み合わせるといい」という——。

※本稿は、斎藤広達『頭のいい人が使っているずるい計算力』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。


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■「みんな」の正体を掴む「正規分布」の考え方


仕事の場では、最初のヒアリングで散々「みんなが」と言っているけれど、詳しく聞いてみると、数百ある取引先のうちの2〜3社から言われただけ、ということがよくあります。


正しく表現するなら「一部の顧客から、ダメだと言われている」のはずですが、つい「みんなの意見」とまとめて、結果的に歪んだ情報をアウトプットする人は、少なくありません。


もちろん、たまたま聞いた2〜3件の意見が全体を表していた、という考え方もできます。しかし、「平均値の歪み」を知った今なら(連載第4回)、少ないサンプルを平均化して考えると偏りが出る可能性がある、ということはもうおわかりでしょう。人の意見ですから、良いほうにも悪いほうにも極端な声が数%は出てくるはずなのです。


では、意見の正しさは、何を基準に考えればいいのでしょう。「みんな」とは、一体誰のことを指しているのでしょうか?


この答えを計算で導くのは、案外、難しい問題です。


しかし、「正規分布」の考え方を用いれば、感覚として「みんな」の正体を掴むことができます。


正規分布とは、統計学の基本的な概念のひとつです。


数学的に説明すると、平均値と最頻値、中央値が一致し、それを軸として左右対称となっている確率分布のこと。これは、ドイツの数学者カール・フリードリヒ・ガウスの名前を取って、「ガウス分布」とも呼ばれています。


出所=『頭のいい人が使っているずるい計算力

正規分布は高校数学で習う分野ですが、文系専攻などで教科選択があった場合、そもそも授業で取り扱っていないケースがあるようです。


■平均身長170cmでも実際はさまざまな人がいる


ここでは、「高校時代に習っていない」「忘れてしまった」という方たちのために、そもそも「正規分布」とは何なのか、という部分から解説したいと思います。


例題のようなシチュエーションを想像してみてください。


【例題1】
テレビ制作会社のリサーチャーとして働くDさん。あるとき「身長190cm以上の一般人男性を探してほしい」という依頼がきましたが、日本人の成人男性の平均身長は約170cmです。しかも、依頼側は「すぐ見つかるでしょ」と短い納期設定で仕事を発注してきます。
納期の交渉をするためにも依頼の大変さを伝えたいところですが、どうしたらいいでしょうか?

身長190cmの日本人と言われて思い浮かぶのは、バスケットボールやバレーボールのアスリートなどです。平均身長の高い北欧ならまだしも、日本の街中からそんなに背の高い人を見つけるのは容易ではありません。


しかし、「容易ではない」という状況を数値化できなければ、納期交渉をするのは難しそうです。そこで活躍するのが「正規分布」の考え方になります。


日本人の成人男性の平均身長を総務省のホームページで調べてみると、おおむね170cmほど。ざっくりとした計算を行いたい場合は、この数字を使えばよさそうです。


しかし、実際は、会社の同僚や取引先の担当者を思い浮かべてもわかるとおり、さまざまです。身長は年代によっても異なり、背の高い人から小柄な人まで、あらゆる人がいます。


このような状況を、統計学では下記のような「正規分布図」で考えるのです。


出所=『頭のいい人が使っているずるい計算力

図表2は、日本の成人男性の身長データを曲線として表したものです。


横軸が身長の高低、縦軸が人数を示しています。点線が引かれている中心が、平均身長である170cmです。曲線を見ると、左側から中心にかけてカーブを描くように盛り上がり、中心を過ぎると同じように下降しているのがわかると思います。


つまり、170cmの人より175cmの人のほうが少なく、180cmの人となるとさらに少なくなっていく、ということです。


実際のところ、私たちが日本で暮らしている感覚としても、身長170cm前後の成人男性が多く、180cmや185cmになると「背が高いね」と周りから言われる、といったところではないでしょうか。


■正規分布なら目標達成の難易度も見える


統計の世界においては、身長や体重、株価の上下、自然現象の発生度といった世の中の多くの事象が、同じような曲線パターンを描くと分析されています。


細かい計算式は省略しますが、膨大なサンプルがあるデータを並べると、不思議とこのような分布になっていく、という規則性があるのです。


これが「正規分布」の基本的な考え方になります。


上記のような正規分布表を見せれば、クライアントにも身長190cm以上の成人男性がいかに少ないかを視覚的に示すことができます。ものわかりのいい担当者なら、これだけで納期を伸ばしてくれることもあるでしょう。


しかし、番組の撮影まであまり時間がない場合、クライアントは何としてでも短い納期で190cm以上の人を見つけてほしいと考えるはずです。強気に納期を交渉するには、具体的な数値を計算する必要があります。


そこで使えるのが、次の項目で解説する「標準偏差」です。


正規分布は、標準偏差と組み合わせて考えることで初めてその力を発揮します。


標準偏差を理解すれば、冒頭から問いかけている「みんな」の正体も、ようやく暴くことができるのです。


さらに、正規分布の考え方を応用すれば、仕事のチームや取引先といった比較的小さな規模の問題も、数字に惑わされずに考えることができます。


大げさに言ってしまえば、正規分布は、万物の事象に活用できる最強の法則ともいえるのです。


■物事の希少性が数値で表せる「標準偏差」


前の項目では、日本人の成人男性の身長を例として、正規分布の考え方をお伝えしてきました。


ここでは、標準偏差を使って「日本人の成人男性の中で身長190cm以上の人は何%いるのか」を計算していきます。


標準偏差とは、簡単に説明すると「自分が正規分布表の中でどこに位置するのか」を計算するための数値です。これがわかると、自分が表の中で何パーセントの部分に位置するのか、という数値を導き出せるようになります。


標準偏差を計算するには、少々複雑な計算が必要です。計算方法を載せておきますが(図表3)、無理に覚える必要はないため、興味のない方は読み飛ばしてください。


出所=『頭のいい人が使っているずるい計算力

急に複雑な計算を出してしまいましたが、基本的には「標準偏差を求めるためには、このような数式を使う」という認識で大丈夫です。


先ほどから例に出している日本人の成人男性の身長分布に式を当てはめてみると、標準偏差が6cmぐらいとわかります。


では、正規分布図と組み合わせて考えてみましょう。


出所=『頭のいい人が使っているずるい計算力

■標準偏差の数値=物事、人物の希少性


正規分布には面白い定義があり、標準偏差±1つ分の範囲に全体の68%が含まれる、ということが定められています(より正確には、便宜的にそう定義することになっています)。


どういうことかと言うと、標準偏差が6cmの場合に含まれる身長は、平均値の±6cm。つまり、164cm(170cm−6cm)から176cm(170cm+6cm)になります。この間に、全体の68%が含まれているということです。


さらに考えてみると、標準偏差2つ分(6cm×2)では95%が含まれます。158cm(170cm−6cm×2)から182cm(170cm+6cm×2)の間に全体の95%の人が含まれるということです。


身長180cm越えの人はそれほど多くありませんが、探せば知り合いに1人くらいは見つかるものです。これも実感とおおむね等しいのではないでしょうか。


では、標準偏差3つ分(6cm×3)の場合は?


計算すると、152cm(170cm−6cm×3)から188cm(170cm+6cm×3)の間に99.7%の人が含まれることになります。


ここまで来れば、「身長190cm以上の成人男性」がいかに少ないかが見えてきますね。151cm以下と189cm以上の人の割合が同じだとして、約0.15%。1000人に1人やっと見つかるかどうかというレベルの話です。


しかも、スポーツ選手や著名人、日本国籍の外国人を除く「一般日本人男性」という条件を考慮すると、難易度は跳ね上がります。


それでも探さなければならない場合は、規模が1000人以上の企業やコミュニティに連絡を取る、という手段が考えられるでしょう。よほど顔が広くない限り、知り合いのツテから探していてはらちが明かず、なにかしらの大規模な調査が必要になるはずです。


交渉の結果、身長183cm以上の男性で妥協してもらえることになったと仮定しても、当てずっぽうに街へくり出して見つけるのは難しそうです。


仮に日本人の寿命が100歳として、未成年を除いた数字でざっくり計算してみると、日本の男性人口約6000万人のうち約80%が対象となり、


6000万人×80%×2%=4800万人×2%=96万人


全国で考えると、96万人÷47=約2万人


1都道府県あたり2万人ほどの該当者しかいない、ということになります。ちなみに東京都の人口は男女合わせて約1400万人です。


実際には自治体ごとの人口差や年齢差があるため一概には言えませんが、それでも簡単には見つからないことがわかります。


このように、正規分布と標準偏差の考え方を理解するだけで、膨大な数の情報を整理して扱えるようになるのです。


■偏差値で重要なのは、全体における自分の位置


私たちが受験期に使っていた偏差値は、標準偏差の応用です。簡単に言えば、全体の中で「自分がどのあたりに位置しているか」をよりわかりやすく数値化したものになります。


平均身長170cmの例を使って、偏差値を出してみましょう。


まずは平均値を「偏差値50」と定め、標準偏差1つ分を10として扱います。この場合は平均身長170cmが偏差値50、標準偏差6cm分が10です。


たとえば身長176cmの男性は、


偏差値50(170cm)+偏差値10(6cm)=偏差値60


と計算できます。


身長164cmなら、


偏差値50(170cm)−偏差値10(6cm)=偏差値40


となるのです。


ただ、この偏差値40や偏差値60といった数字は、単なる計算結果でしかありません。偏差値で重要なのは、全体における自分の位置を考えることです。


図表5を見てみましょう。これは先ほどの身長ごとの偏差値をまとめたものです。


それぞれの偏差値の横に「上位何%」という数字が書かれていますが、意識すべきはこの数字です。


たとえば偏差値60ということは、上位16%に位置しているという意味。100人いたら上から16番目になる、ということです。


偏差値40なら上位84%。100人中84番目になります。


受験で偏差値が使われていたのは、この「上位何%」という考え方が重要だったからです。


出所=『頭のいい人が使っているずるい計算力

■「みんな」は標準偏差で人数がわかる


さて、先の記事でも問いかけ続けてきた問題に戻りましょう。「みんな」とは、一体誰を指すのでしょうか?


正規分布の考え方からすれば、みんなとは「真ん中の68%の人」というのが答えになります。極端な2%の人の意見は、「みんな」とは言えません。全体の16%の人の意見も、「みんな」と言うには無理があるでしょう。


つまり、冒頭の会話であった「取引先はみんなあんまり乗り気じゃなさそう」という意見も、正確には「約68%の取引先はあんまり乗り気じゃなさそう」と言うべきなのです。支持する取引先も16%はいる、ということになります。


取引先から一切支持されない施策と一部支持の施策では、改善案の方向性も変わってくるはずです。このように、正規分布で正しい数値を確認することは、現状を正しく把握することにつながります。


また、ちまたには「2:6:2の法則」というものがあり、社内で何か新しいことを始める場合、最初は「中立が68%、支持が16%、反対が16%」くらいになることが多い、とされています。その中に、極端な支持と不支持がそれぞれ2%ずついるというわけです。



斎藤広達『頭のいい人が使っているずるい計算力』(PHP研究所)

実際に自分が所属する会社で考えてみるとどうでしょうか。


あくまで経験則から生まれた数字のようですが、それほど的外れな数字ではないように思えます。


それに、2:6:2の法則、あるいは正規分布と標準偏差の考え方を仕事に取り入れることで、さまざまなメリットがあります。


たとえば、一部の極端な意見に対し「2%は絶対にそういう人が現れる」と思えば、うまくスルーすることもできるでしょう。


■正規分布や偏差値から俯瞰の視点を持つ


また、大部分の人、つまり68%がなかなか意見を表明しないと知っていれば、あいまいな立場の人に対して必要以上にフラストレーションを溜めることもありません。


どうすればこの人たちを賛成側に動かすことができるか、とポジティブな方向に脳のリソースを割けるはずです。


一部の意見にいちいち過剰に反応していたら、人を動かすことなんてできません。新しいことをはじめようとすれば、必ず反対する人は現れます。


正規分布や偏差値から俯瞰の視点を持つことで、彼らの意見に惑わされず、冷静な判断ができるのです。


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斎藤 広達(さいとう・こうたつ)
経営コンサルタント
シカゴ大学経営大学院卒業。ボストン・コンサルティング・グループ、ローランド・ベルガー、シティバンク、メディア系ベンチャー企業経営者などを経て独立。現在はデジタルトランスフォーメーションに関わるコンサルティングに従事している。主な著作に『数字で話せ』(PHP研究所)、『「計算力」を鍛える』(PHPビジネス新書)、『入社10年分の思考スキルが3時間で学べる』『仕事に役立つ統計学の教え』『ビジネスプロフェッショナルの教科書』(以上、日経BP社)など。
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(経営コンサルタント 斎藤 広達)

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