スーパーでもデパートでもない…「1人分525円で鯛の刺身とアクアパッツァ完成」自炊力急上昇の買い物スポット

2025年5月18日(日)7時15分 プレジデント社

春に美味しいのは800グラム以下の小型のタイ。背ビレ付近の肉が盛り上がるようについている個体は確実に旨い - 筆者撮影

調理のハードルが高い魚を食卓に並べるにはどうすればいいか。フリーライターの大宮冬洋さんは「おいしい魚の選び方から調理方法まで教えてくれる場所がある」という——。

■海水温が最大5℃も上昇、魚の旬が壊れつつある


今までより暑くなれば涼しいところに移住したくなる。人間も海洋生物も同じだ。例えば、主に瀬戸内海の刺し網漁で獲れて西日本の魚とされてきたサワラ。近年では北上傾向にあり、東京や東北の近海でも獲れるようになった。北陸が特産地だったブリも北海道で大量に水揚げされているというニュースもよく耳にする。


環境省が2024年8月に公開した「モニタリングサイト1000」によると、国内各地のサンゴ生息海域で海水温が上昇している。調査地点の最北に位置する千葉県館山市では、100年換算で海水温が約5℃上昇していることがわかった。WWFジャパンの試算では、モニタリングしている22の地点の海水温変化を平均したところ、同じく2.6℃の上昇傾向が認められたという。


気候変動によって環境が変化し、プランクトンや小魚の発生が不順になると、魚の成長や産卵期がズレてしまう。産卵のために岸辺にやってくるために大量に漁獲される時期にもばらつきが出る。我々消費者としては、「5月だから●●を買って食べよう」と決め打ちするのではなく、信頼できる鮮魚店を見つけて通い、その日の仕入れの中から「お買い得で美味しい魚」を教えてもらうのが良い。


筆者撮影
春に美味しいのは800グラム以下の小型のタイ。背ビレ付近の肉が盛り上がるようについている個体は確実に旨い - 筆者撮影

■遠くても通いたくなる鮮魚店


愛知県に住んでいる筆者が毎月のように通っているのは遠く神奈川県鎌倉市にある「サカナヤマルカマ(以下、マルカマ)」。鎌倉と言っても電車の最寄り駅はなく、大船駅からバスで20分もかかる高台の住宅地にある。広い駐車場があるわけでもない。近隣住民以外にははっきり言って不便なのだが、筆者のように遠方からやってくる客もいる。なぜ惹きつけられるのか。


筆者撮影
信頼できる鮮魚店や店員を見つけるのが丸魚チャレンジのコツ。筆者の場合は鎌倉の「サカナヤマルカマ」。週末には魚好きの老若男女が集まる、活気のある店だ - 筆者撮影

マルカマの店頭には鹿児島県阿久根市や神奈川県小田原市から直送される多様な天然魚が並ぶ。頼めば気軽にサクにしてくれるが、推奨されるのは一尾丸ごと買って味わうこと。今日の気分を伝えれば、適切な魚を勧めてくれて、さばき方はもちろん、内臓の料理法まで教えてくれる。「魚の知識やおいしく食べる技術を伝えます」や「丁寧な仕事で魚の全てを無駄なく活かします」がマルカマのポリシーなのだ。店を訪れるたびに発見があり、自炊レベルがちょっとアップした気分になる。


■良き鮮魚店でおすすめの丸魚を買えば、客も店も得をする


鮮魚を丸ごとさばいて食べることにチャレンジしている本連載。加工賃がかからない分だけお得に手に入り、身が空気に触れない分だけ鮮度が保たれる。大きな魚はご近所や友人と分かち合って親交を深めるきっかけにもなる。しかし、「丸魚」のいいこと尽くめは消費者だけが享受するものではない。マルカマのような鮮魚店にとっては、さばく手間が省ける分だけ知識と技術の伝授に注力できる。客を育てるゆとりが生まれる。


見知らぬ魚でも丸ごと買ってさばいて食べてみる客が増えれば、店の仕入れの幅も広がり、いわゆる未利用魚・低利用魚にも手を出せる。それらは安くまとめて仕入れられることが多いので、売り値も当然抑えられる。丸魚チャレンジは消費者も生産者も得をする活動なのだ。


筆者撮影
野生の猛獣みたいな勢いでスタッフを熱烈指導中の上田さん。板長の板野さんは笑っている。マルカマは魚愛で結ばれた職場だ - 筆者撮影

■大ダイは産卵にエネルギーを取られるこの時期、小ダイが正解


「今日はマダイがいい。この季節のタイは小ぶりなものを選ぶことがおすすめだよ」


「魚の外側は、ヌル(表面のぬめり)・ヒレ・ウロコに雑菌が多く付いている。内側はエラ・腹(内臓)・血だね」。下処理でこれらをしっかり取り除くのが臭みを抑えて美味しく食べるコツだ、と上田さんは実演してくれた(筆者撮影)

勢い込んだ筆者に対して、拍子抜けするほど定番の魚種を勧めるのはマルカマのアドバイザーを務める上田勝彦さん。元漁師で元水産庁職員でもある上田さんによれば、気候変動などの影響があると言ってもマダイ(以下、単にタイと記載)の産卵期は春から初夏にかけて、と決まっている。沿岸の浅い海に卵や白子を抱えたタイが押し寄せる「乗っ込み」が見られるが、それは「漁獲の旬」であって「味覚の旬」とは必ずしも一致しないことに注意したい(2つの旬の違いについては連載第1回を参照)。


「体が大きなタイほど卵をたくさん持っているので、そこにエネルギーを取られて身が痩せてしまっている。だから、この時期は800グラム以下の腹が大きくないタイを選ぶのが正解だ」


小型のタイは肉質が滑らかなので、甘辛く煮つけるなどの強い味付けは合わない、と上田さんは言い添える。おすすめは、刺身、湯霜造り、そしてマース煮(沖縄流塩煮)だ。


■皮の弾力を楽しむ湯霜造り、上品な甘みを感じる刺身


タイの半身は頭を残してマース煮にしたい。魚は左向きに盛るものなので、刺身に使う残りの半身はタイの頭を右に置いて切り取った。皮が厚めの背側は湯霜造りで皮ごと味わい、脂が多めの腹側は皮を引いて刺身にしよう。


下処理を終えた魚は水分をよく拭き取り、内臓からエラ蓋にかけてキッチンペーパーを入れておくと、血やドリップ(魚に中から出てくる水分)を吸収して鮮度を保ちやすくなる(筆者撮影)

このたびマルカマで買ったのは720グラムほどのタイ。小ぶりとはいえ、一人ではさすがに食べ切れない。前回と同じく、千葉県浦安市にある叔母宅でさばかせてもらって、叔母、従妹、その彼氏くんと一緒に食べることにした。ちなみに筆者は40代後半、父親の弟(故人)の妻である叔母は60代半ば、従妹は30代後半、彼氏くんは20代半ば。年代も異なり、血もつながってなかったりする男女を食卓に集めてくれるのが新鮮な食材である。中でも天然魚は日本人の血を騒がせる特別な力があると思う。


■カロリーを抑えながら大満足できる


湯霜造り(松皮造り)は、皮つきのサクに布巾をかぶせて熱湯をかけ、すぐに氷水にとって、水気をよく拭く。適度に柔らかくなった皮の旨味と、芯までは加熱されていない身の食感のグラデーションを楽しめる。


筆者撮影
手前が腹側の刺身。奥が背側の湯霜造り。味も食感も異なるので、食べ比べてあれこれ品評するのが楽しい - 筆者撮影

「背側のほうは弾力があって食べ応えがあるね。熱が入っているから調理された美味しさがある。腹側のお刺身はとっても上品で甘みも感じる。こっちは素材の美味しさ!」


普段はダイエットを心がけている従妹がどんどん食べながらコメントしてくれた。1つの食材を異なる料理法で少しずつ味わうのであれば、カロリーを摂取し過ぎずに満足できるのだ。


■これぞ和風アクアパッツァ! 魚味の真実が味わえる「マース煮」


マース煮は一般的な料理ではないけれど、「魚の個性が引き立ち、魚味の真実が味わえる」と上田さんイチオシの食べ方なので、彼の著書『ウエカツの目からウロコの魚料理』(東京書籍)を引用しつつ、以下にレシピを記しておく。タイの他にも、カサゴ、メバル、メジナなどの磯魚、コラーゲン質の多いカレイやスズキなどにも使える料理だ。一尾丸ごとドンッと食卓に出せる「和風アクアパッツァ」。ぜひ実践してみてほしい。


筆者従妹撮影
タイのマース煮。頭側のほうが脂が多く、尾びれ側のほうが筋肉質なことが食べてわかった - 筆者従妹撮影

材料
タイ、長ネギ、サラダ油、酒、塩、水、醤油、みりん



作り方
1、ネギを4センチほどの長さに切り、タイはウロコと内臓をとって斜めの切り込みを入れて火を通りやすくしておく。

2、フライパンにサラダ油を引いて熱し、タイとネギを中火で焼いて焼き目をつける。


3、タイの4分の1の高さまで酒を注いで、強火にして蓋をする。タイの目玉が白くなったら、蓋を取ってアルコール分を飛ばす。


4、濃いめのすまし汁程度に加減した塩水をタイの半分ほどの高さまで注ぐ。ふつふつとわいてきたら、アクを取り、醤油とみりんで味を調える。煮汁を繰り返しかけつつ、切れ目を入れたところの身が割れてくるまで煮る。


■一人525円でタイの刺身とアクアパッツァが食べられる


一人暮らしの叔母の家には大きめのフライパンや皿はないので、タイは頭側と尾側の半分に切り分けて、食卓で合体させることにした。それでも十分に迫力のある見栄えになり、みなに喜んでもらえた。


マルカマで購入したタイやアジを叔母宅に持ち込み、調理しながら4時間かけて食べ尽くした。月1程度であれば許される週末の家飲みである(筆者撮影)

「タイの出汁を吸ったネギがしみじみと美味しいですね。酒の風味の大切さも感じました」


素直かつ渋い感想を述べるのは従妹の彼氏くん。将来有望だな……。彼が言うように、この料理は魚の身と同じぐらい出汁が旨い。アクアパッツァのスープをフランスパンに浸したくなるのと同様だ。叔母さん、明日はご飯を投入して雑炊にして食べてください。


「ありがとう。いい朝ご飯になるわ!」


今回のタイは2100円。一人525円でこれだけ楽しめて、叔母孝行もできた。丸魚はやっぱりお得だ。


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大宮 冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター
1976年埼玉県所沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。著書に『人は死ぬまで結婚できる〜晩婚時代の幸せの見つけ方〜』(講談社+α新書)などがある。2012年より愛知県蒲郡市に在住。趣味は魚さばきとご近所付き合い。
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(フリーライター 大宮 冬洋)

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