インダストリー5.0が引き起こす静かな革命 ドイツ自動車業界で導入が進む「Catena-X」の革新性とは?
2025年5月12日(月)4時0分 JBpress
第4次ロボットブームの到来で、米中を中心に熾烈(しれつ)な開発競争が繰り広げられている。背景にあるのは「生成AIの進展」「人口減少」「人手不足」。日本にとってもロボットは社会や経済活動を維持するための生命線だ。本稿では『ロボットビジネス』(安藤健著/クロスメディア・パブリッシング)から内容の一部を抜粋・再編集。最先端のロボット技術と活用事例を紹介するとともに、今後の可能性を考察する。
2011年にインダストリー4.0が提唱されて以降、工場のスマートファクトリー化が進んだが、今やインダストリー5.0の時代。欧州の自動車業界では現在、どんな取り組みが進んでいるのか?
現在進行形の産業革命
みなさんは、最近購入した製品がどのように作られたか考えたことがあるでしょうか。実は、その製造過程で驚くべき変革が起きています。
ドイツのある自動車工場。そこでは、無数のロボットアームが忙しく動き回っています。しかし、よく見ると従来の工場とは明らかに違う光景が広がっています。ロボットたちが互いに「おしゃべり」し、工場全体の状況に応じて自律的に動きを変えているのです。
ロボットたちは単独で動くだけでなく、工場全体の生産システムにつながり、まるで工場全体が頭脳を持った生き物のように、最適化された動きをしています。
これこそが、「インダストリー4.0」の目指す「スマートファクトリー」の姿です。
インダストリー4.0は、新しい産業革命のコンセプトで、2011年にドイツで提唱されました。この概念は、loTやAIなどの最新技術を駆使して製造業を根本から変革しようというものです。ここでは、ロボットや生産設備がネットワークでつながり、リアルタイムでデータを共有しながら、品質の向上や生産効率など工場全体の生産を最適化します。まさに、工場全体がひとつの巨大なロボットのように機能するのです。
従来の製造業は、ロボットがひとつの作業工程を担当し、ライン全体を人間が管理していました。しかし、新しい考え方では、ロボットや機械が自らの状態や作業の進行状況を他の機械と共有し、全体の生産プロセスを自動的に調整します。これにより、トラブルが発生してもすぐに対処でき、無駄のないスムーズな生産が可能になります。
具体例を見てみましょう。BMWのドイツ・ディンゴルフィング工場では、約2000台のロボットが稼働しています。たとえば、ある工程で遅れが生じた場合、他の工程のロボットがそれを察知し、自動的に作業速度を調整します。状況に応じて柔軟に対応するのです。
さらに、BMWは「デジタルツイン」という技術も活用しています。これは、工場全体のデジタルコピーをつくり、実際の生産がどのようにおこなわれるかをシミュレーションできる技術です。実際に生産を開始する前に、仮想世界でレイアウトを試し、ロボットや物流システムを最適化することで、全体を効率化し、コストを削減することができるのです。この結果、同社では、生産効率を30%向上させています。
インダストリー4.0では主にデジタル化による効率化や発展を目指してきましたが、持続可能性や産業間の連携などは後回しと言っても過言ではありません。そのため、産業革命は第4次から第5次へと進化し始めました。「インダストリー5.0」の登場です。
2021年に提唱されたインダストリー5.0では、将来の世代に負担を残さず、人の働きやすさの実現を図り、危機的状況に陥っても柔軟性を持って適応することで発展を目指しているのです。
サプライチェーン全体を最適化する取り組みも進んでいます。特に注目されているのが、「Catena-X」と呼ばれる取り組みです。
これは、自動車業界全体でのデータ共有プラットフォームで、メーカーやサプライヤーがデータをリアルタイムでやり取りし、サプライチェーンの効率を飛躍的に向上させることを目指しています。このシステムにより、自動車メーカーやサプライヤーは、生産計画、在庫状況、品質データなどを安全に共有できます。
ある部品に不具合が見つかった場合、Catena-Xを通じて迅速に情報を共有し、影響を受ける車両を特定して効率的にリコールをおこなうことができます。これにより、従来は数週間かかっていた対応が数日で完了するようになり、コストと時間の大幅な削減が可能になります。
また、Catena-Xは環境問題への対応にも一役買っています。各企業の環境負荷データを共有することで、サプライチェーン全体での二酸化炭素の排出量削減に貢献しているのです。これは、カーボンニュートラルが注目される現在のビジネス環境において、非常に重要な取り組みと言えるでしょう。単なるコスト削減だけでなく、持続可能な社会の実現に向けた大きな一歩となるのです。
この変革は製造業だけでなく、私たちの生活にも大きな影響を与えます。
たとえば、スマートファクトリーの実現により、多品種少量生産が容易になります。つまり、消費者一人ひとりの好みにカスタマイズされた製品を、大量生産品と同じコストで、そして納期が短縮され、環境負荷も少ない状態で製造することができるようになるのです。近い将来、あなたの好みに合わせて作られた世界にひとつだけの製品が、お手頃な価格で手に入るかもしれません。
もちろん、これらの技術にはまだ課題も残っています。インダストリー5.0の技術をすべての工場や企業が導入できるわけではありません。初期投資やシステムの統合には高いコストがかかり、中小企業にとっては負担が大きいです。また、データセキュリティの問題も無視できません。
多くの機器やシステムがネットワークを通じて接続されるため、サイバー攻撃のリスクが高まります。さらに、人材育成も大きな課題です。高度なデジタル技術を扱える人材の確保や、従来の工場労働者のリスキリングが必要になります。日本の製造業では、デジタル人材の不足が深刻で、必要な人材の約7割が不足しているという調査結果もあります。
インダストリー4.0、そしてその先の5.0は、技術の進化はもちろんのこと、産業全体のパラダイムシフトを引き起こしています。課題もありますが、その解決に向けた取り組みが進んでおり、今後のさらなる発展が期待されます。
私たちの身の回りの製品が作られる現場で、まさに静かな革命が進行しているのです。
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筆者:安藤 健