「歯を失う」だけでなく、心筋梗塞や脳梗塞を誘発する…「日本人の国民病・歯周病」になりやすい人の共通点
2025年5月20日(火)9時15分 プレジデント社
図表=厚生労働省「令和4年 歯科疾患実態調査結果」より
■歯周病は「高齢者の病気」ではない
「歯ぐきのバリア機能が衰え始める30代から、歯周炎や歯肉炎にかかりやすくなります」
東京科学大学(旧東京医科歯科大学)で歯周病学を専門とする岩田隆紀教授は、こう話す。
厚生労働省のデータ(令和4年歯科疾患実態調査)によると、日本人のほぼ2人に1人は歯周ポケットが4mm以上あり、歯周病に該当する。増加傾向を示す年代は25歳後半からだ。
図表=厚生労働省「令和4年 歯科疾患実態調査結果」より
歯周病は虫歯と並んで口腔内の2大疾患といわれている。虫歯と同じく原因は、歯垢(プラーク)、歯石、口内の細菌だ。
虫歯はミュータンス菌などの感染による歯の病気である一方、歯周病は歯周病菌など口内に100種類以上もいる細菌感染によって発症する、歯肉と歯を支える骨の病気。歯周病菌が歯と歯ぐきの間にある2、3ミリの溝に入り込んで増殖し、どんどん奥へと侵入、炎症が進むと骨を蝕んでいく。
■出血は炎症が起きているサイン
歯周病は、虫歯より厄介だ。虫歯は冷たいものを食べたときにしみる、ズキンと痛むなど自覚症状が出るのでわかりやすいのだが、歯周病は別名「サイレントディジーズ」といわれ、虫歯のような自覚症状があまりない。そのため、つい放置してしまいやすい。
「ブラッシングした時に、出血が1回くらいならまだいいんですが、頻繁に出血する、朝起きてうがいすると、出血するというのは、もう炎症が起きているサインです。歯周病の初期段階の歯肉炎、さらに中期段階の歯周炎が疑われますね。血の味がする場合はかなり重症です」
初期症状は、歯肉が赤く腫脹(もしくは充血)する「歯肉炎」。歯ぐきが腫れても、痛みのような自覚症状は乏しい。歯ぐきが下がって歯が長く見え始めたら、中度の「歯周炎」に進行しているサインだ。
写真=iStock.com/piyaset
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/piyaset
この段階に達すると、歯槽骨が溶けた状態になり、歯がグラグラし始める。それを放置すると、もう抜歯も検討しなくてはならない「歯周炎(重度)」に進行している。
■免疫が衰えると、バリア機能が働かない
「歯がぐらつくようだと、歯を支える骨が溶けている証拠です。中度以上になると、臭いも出てくるようになりますね。自覚症状が出てしまうと、もう抜歯するしかないかもしれません。初期の歯肉炎の状態のときに治療をしないといけない。患部が歯槽骨(骨)まで達した場合は、基本的に元には戻らないのです」
歯周病はじわじわと進行していく病気なので、初期の段階で進行を食い止めることができる。だが、仕事のストレスや寝不足、不規則な生活によって体の抵抗力が落ちていると、歯周病は一気に進行するという。
例えば、歯ブラシで歯ぐきを傷つけて出血したとしよう。通常は、歯肉の上皮や免疫がウイルスなどの異物を防ぐバリア機能となって、菌が侵入するのを防いでくれるのだが、ストレスや寝不足などで免疫が衰えていると、このバリア機能が働かなくなり、炎症が波及しやすくなってしまう。
免疫力が回復すると、いったん腫れも収まるのだが、その状態を何度も繰り返すうちに、患部が悪化し手遅れになる。
「歯肉炎と歯周炎にかかっている人は、歯肉のバリア機能が落ちているはずです。上皮のバリア機能が落ちていると、細菌だけでなくて、インフルエンザや新型コロナといったウイルスや風邪や肺炎などのマイコプラズマ菌に感染しやすくなる」
■心筋梗塞や脳梗塞、2型糖尿病に影響
歯周病は感染症だけでなく、ある特定の病気を誘発する原因になっていることが研究で明らかになった、と岩田教授は話す。
「歯周病菌が出す毒素が本来無菌であるはずの血管に侵入し、血流を通して全身にまわって、血管系の疾患を誘発することが科学的に分かったのです。血管の慢性的な疾患である生活習慣病の動脈硬化をはじめ、動脈硬化がベースにある狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、さらに、関節リウマチや2型糖尿病といった深刻な病気の発症に大きく影響を及ぼしているのです」
画像=iStock.com/wildpixel
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歯周病菌やその毒素が血流に流れ込んでも、通常は自己免疫が働いて菌を攻撃し撃退する。身体の免疫力によるが、毒素は10〜30分で消失してしまう。ところが、体力の落ちている時などに自己免疫が過剰反応して、逆に炎症を引き起こす「炎症性サイトカイン」が発生し、これが歯周病菌や毒素以上に疾患を引き起こす最大要因になっているという。
■腸内細菌を乱し、肥満にもつながる?
歯周病が恐ろしいのは、歯周病菌、毒素、炎症性サイトカインの3種の物質が血流に流れっぱなしの状態になり、血管を老化させることだ。弱った血管はさまざまな全身疾患を引き起こす入口になる。
意外なのだが、歯周病は妊娠・出産にも大きく関連しているという。
「妊娠期は歯周病にかかりやすいのですが、それ以上に歯周病のある妊婦の女性は早産・低体重児出産のリスクが高いことが分かっているのです」
早産とは、妊娠24週以降37週未満で出産すること、低体重児とは体重2500グラム未満で生まれる子供のことだ。歯周病にかかっている妊婦の女性は、高齢出産よりも高い確率で早産・低体重出産のリスクがあるという。
さらに最近の研究では、歯周病と腸内細菌叢(腸内フローラ)や肥満とのつながりも解明されつつある。
「口腔は腸と同じ消化器系ですから、同じ菌が見つかる。歯周病菌が増えると、善玉菌が減少することが動物モデルでは分かってきた。エネルギー代謝に重要な善玉菌が減り、脂肪がつきやすくなる。つまり、歯周病菌が増えると腸内フローラのバランスが崩れ代謝が悪くなり、肥満になりやすいということもいえるのです。マウスの実験ではそれが示唆されているのです」
現在、歯周病と大腸の相互関係に加えて、まだマウスの実験段階だが、認知症や食道がんを誘発する可能性についても研究が進んでいるという。
■「口が臭い人」は歯周病を疑うべき
歯周病にかかっているかどうかを知るために、歯ぐきや歯の状態をチェックするだけでなく、もう一つわかりやすいサインがある。それは「口臭」だ。
実は、歯周病が口臭の大きな原因といわれている。岩田教授は、口から「排水溝が詰まったときの鼻をつまみたくなるような臭い」「硫黄系の温泉の鼻を突くような臭い」がしたら、歯周病を疑ったほうがいいと指摘する。臭いは、歯と歯ぐきの間の溝にこびりついた歯垢の塊「プラーク」に潜む細菌の仕業だ。
ところが、口臭があるにもかかわらず、歯科医を受診した人は全体の1割しかおらず、やりすごすという人が3割近くいるのが、日本歯科医師会の調査で明らかになった(2024年全国1万人を対象に実施した調査)。
その調査によると、10〜30代の2人に1人が歯や口のトラブルで日常生活のパフォーマンスが落ちたと実感している(41.6%)。そのトラブルのトップ3の一つが口臭なのだ。
「歯周病を治療することを最優先すべきですが、普段から歯周病にならないように、口の中をケアすれば、口臭問題は解決することが多いです」
■歯ブラシで「ゴシゴシ」は逆効果
ケアの仕方は、適切なブラッシングが基本になる。そして、重要なのが、歯周病と虫歯でブラッシングの方法を使い分けることだ。
虫歯は歯ぐきより上の歯の部分に付着したプラークをこすり落とすのが目的なので、毛先を歯面にほぼ直角に当てる。
一方、歯周病は、プラークができる歯周ポケットの周りをきれいにするのが目的なので、歯と歯肉の境目にブラシを45度に当てる。
虫歯対策と歯周病対策のブラッシングの違い(編集部作成)
「歯周ポケットの歯垢を落とそうと、強くゴシゴシとブラッシングする人がいますが、それだと歯肉を傷つけて逆効果になります。歯肉が弱い人は摩擦によって歯ぐきが下がって、歯が長くなってしまうので注意が必要です」
力を入れたくなるが、そこは抑えて、歯肉をマッサージする感覚で優しく磨く。毛先が広がらない程度の弱圧が目安だ。
■30代以降は「歯磨き+アルファ」
歯垢を落とすために、「かため」のブラシを選ぶ人がいるが、健康な歯の人は「ふつう」のブラシで十分歯の汚れは落ちるという。歯周病の人や歯周ポケットから出血する人は「やわらかめ」で、毛先の極細タイプがおすすめだ。
磨き方はペングリップでブラシを持ち、歯2本分にブラシを直角に当てて、横に小刻みに20から30回振幅させる。力を抜くとラクに動かせる。まず咬合面、表面裏面を終えたら、最後は優しくマッサージするように、歯周ポケットの境目にブラシを45度に当てて磨く。歯磨きは1日2回以上が理想で、時間を短縮したいのであれば、電動ブラシが便利。
歯肉がしっかりしている10代、20代はブラッシングだけで口腔内の健康をキープできるが、30代以降は通常のブラッシングに加えて、歯や歯ぐきのすき間の汚れを歯間ブラシまたはフロスで取るなど、ケアに十分時間をかけたほうがいい。
図表=厚生労働省「令和4年 歯科疾患実態調査結果」より
■歯磨き後の「すすぎ」はやり過ぎない
リステリンのような口をゆすぐ液体では、プラークは取れないので要注意だ。
また、歯磨き粉をつけて磨いた後のすすぎは、大さじ1杯分の水で1回すすげば十分だという。歯磨き粉には、虫歯を予防する成分などが含まれているので、成分を流さないほうがいいと、岩田教授はアドバイスする。
写真=iStock.com/PeopleImages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeopleImages
食後にブラッシングするのは歯周病予防になるが、食後に緑茶や番茶で口をすすぐという昔ながらの療法が予防に効果があるとはいえないという。
「カテキンを多く含む緑茶には抗菌作用があるので、口腔内の菌を減らす効果はある。ただ、歯周病予防になるかは科学的には証明されていません」
■歯周病になりやすい人の共通点とは
歯周病予防ではっきりとした影響がわかっているのは、「喫煙」だ。
「喫煙している人は歯周病になりやすいですね。喫煙は血流を悪くするので、歯ぐきに傷がついても治りにくい。そこから菌が入って増殖しやすい口腔内環境にある。言うなれば、口の中が細菌と自分の免疫が常に戦っている状態になっているのです」
そして、ストレスと寝不足といった不規則な生活は、免疫力を低下させるので、歯周病を誘発しやすい。
ストレス、不規則な生活、喫煙に当てはまる人は、歯周病にならないようにしっかり歯をケアしたほうがいいだろう。
岩田教授は、全身の健康を維持するためにも、歯の定期検診を強くすすめる。
「歯磨きの習慣のある人は増えているのですが、定期検診を受けている人の割合は低い。特にメタボリック症候群のリスクの高い30〜50歳代の男性では、歯科検診率は50%未満と低いので、3カ月に1度は歯科検診を受けて、自分で落とすことのできない歯石や歯周ポケットに溜まった歯垢を除去してもらったほうがいいですね」
歯周病になっている可能性があるかどうか、簡単にセルフチェックする方法は以下の通り(図表3)。一つでも該当する項目があれば、歯科検診を受けたほうがいい。
図表=編集部作成
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岩田 隆紀(いわた・たかのり)
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 歯周病学分野 主任教授
東京医科歯科大学歯学部歯学科卒業。東京医科歯科大学大学院修了。歯学博士。ミシガン大学歯学部博士研究員、東京女子医科大学先端生命医科学研究所准教授などを経て現職。
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(東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 歯周病学分野 主任教授 岩田 隆紀 聞き手・構成=ライター・中沢弘子)