低年収の人ほど飛行機・タクシーに乗ったことがない…「移動できる人」と「移動できない人」の知られざる格差

2025年5月21日(水)18時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ponsulak

年収は私たちの生活にどんな影響を及ぼすのか。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員の伊藤将人さんは「日本人の移動手段や旅行経験について調査してみると、年収や社会階層による格差が存在していることが分かった」という——。(第1回/全3回)

※本稿は、伊藤将人『移動と階級』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。


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■全国調査で判明した「移動格差」


本稿では、全国の2949人が回答した、移動に関する独自の調査結果をもとに、移動と移動格差の知られざる実態を明らかにしていく。


はじめに、移動手段ごとの利用経験をみてみよう。


移動と言ってもその内実はさまざまだが、多くの人にとって最も直接的かつイメージしやすいのが「交通手段・移動手段」ではないだろうか。通勤通学している人の大半は、電車かバス、自動車、自転車のどれかを日常的に使っているだろう。利用する側ではなく、交通手段や移動手段に関する仕事に就いている読者もきっと多いはずである。


それでは、一体、誰がどんな移動手段を使っているのだろうか、移動手段の利用をめぐる差は存在するのだろうか。


■飛行機、新幹線、タクシーに乗らない人たち


図表1は、自家用車、タクシー、新幹線、飛行機を「利用したことがない」人の割合を示したものである。日々、これらを使って移動するのが当たり前の人は驚くかもしれないが、移動手段の利用をめぐっては明確に格差が存在する。それは、4つの移動手段すべてにおいて、年収が低いほど利用したことがない人の割合が高いという事実である。


出所=『移動と階級』

ここでは、比較的、移動費用や所有にお金がかかると思われる移動手段を図表にしてみた。本調査では他にも自転車、公共交通バス、高速バス、鉄道(在来線)について同様の質問をしているが、年収が低い層ほど、利用したことがない人の割合が高い傾向があった。


つまり、最も日常生活に近い移動手段の利用という観点でみても、移動をめぐる格差が存在しているのである。


自家用車の保有に関しては、一般社団法人日本自動車工業会が保有世帯のより詳しい調査結果を示している(2024年)。それによれば、年収を5つの層に分けた場合、低所得層では56.7%の世帯しか車を保有しておらず、ほぼ半分の世帯は自家用車社会の恩恵を十分に受けられていない。


平等な移動を実現していくためには、この階層により幅広く移動サービスを提供していくことが求められるのである。


■懐に余裕があるから遠くへ行ける


移動にかかる費用もみてみよう。平日1日の移動にかかる平均費用を示した図表2からは、年収が低い回答者ほど、移動にかかる平均費用が少ない人が多い傾向が読み取れる。


出所=『移動と階級』

顕著なのは、1日の平均費用が1000円以上の回答割合である。年収600万円以上の回答者は36.6%なのに対して、年収300万円未満の回答者だと16.5%となっており、約20%ポイントの差がある。


これは、お金がある人ほど遠い距離からの、日々の費用がかかる移動が選択しやすいためだと考えられる。経済的な余裕があるからこそ、住まいと移動の自由さを享受できるともいえるだろう。経済資本が移動格差を生み出すことをわかりやすく示す結果だ。


写真=iStock.com/Peera_Sathawirawong
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■人の移動がもたらす経済的影響


「21世紀は観光の時代である」というスローガンは、学術と産業の両方で多用されてきた。いまや国境を越える観光客の増加は全世界的な傾向であり、観光産業は21世紀の最も有望な成長産業の一つであるともいわれている。


学術的にも、人文社会科学が捉えようとしてきた「社会的なもの」は、今や「観光」にこそ明白に現れると言われており(遠藤:2017)、ジョン・アーリとヨーナス・ラースンの『観光のまなざし』や哲学者の東浩紀による『観光客の哲学』、社会学者の遠藤英樹による『ツーリズム・モビリティーズ』など、観光・観光客という概念を鍵に現代社会を思考する試みも多くなされている。


資本主義、グローバル化、消費社会、そして移動、観光には現代社会を特徴づける要素が詰まっているのである。


実際、いま世界には推定12億8600万人の国際観光客(宿泊客)がいる。さらに、観光産業は世界のGDPの9〜10%を占めるほどになっている。


そんななか、猛威をふるった新型コロナは観光業を壊滅的な状況に陥れた。今では、ほぼコロナ禍前の水準まで観光産業は復活したが、あの経験を忘れることはできない。


より中長期的に国境を越えて移動する移民や難民にも目を向けてみると、国際移住者は推定2億8100万人、紛争や暴力、災害、その他の理由による避難を余儀なくされた国内避難民の数は1億1700万人にも達している。


移民の経済活動は世界全体のGDPの1割に相当しており、これはアメリカや中国の割合に次ぐ大きさである。移動は大国と同じだけの経済的影響を、世界に与えているというわけだ。国境を越える移動者をめぐる格差を考え、明らかにする意義が、わかっていただけただろうか。


■「県境を越えた旅行」にも格差があった


そこでまずは、回答者の過去1年間の旅行経験からみてみよう。以降、「過去1年間」という場合は、2023年10月から2024年10月までの1年間を指している。


この分野においては、公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンが、子どもの体験格差をテーマに類似の調査を行っている。それによれば、観光旅行は、数ある文化的体験の中で、世帯年収の多寡で生じる“体験格差”が最も大きい。旅費交通費などの支出が避けられず、保護者の時間的余裕も必要なことが理由である。本書調査は、主に大人の移動経験と移動格差を調査対象とする点が、チャンス・フォー・チルドレンとの違いである。


はじめに、衝撃的な数字を共有したい。それは、過去1年以内に居住都道府県外への旅行経験がない人の割合が、年収600万円以上の人だと18.2%、年収300万〜600万円未満の人は30.7%、年収300万円未満の人は45.6%という調査の結果である。


つまり、居住都道府県外への旅行をめぐって、年収600万円以上の回答者と300万円未満の回答者で、およそ27%ポイントもの差が存在するのである。


“誰もが観光旅行できる時代”といわれる現代においても、実際には一定以上の距離の移動を伴う観光旅行経験には、年収、社会階層による格差が生じているのである。


■もっとお金がかかる海外旅行は…


国内旅行経験の実態を知ったら、海外渡航経験も気になるところである。2020年以降の移動をめぐる状況は新型コロナの影響が少なからずあり、調査時点では十分に状況が回復していなかった。特に、海外渡航となると避けている人も一定数いると思われる。そこで、これまでの人生におけるすべての海外渡航経験について質問した。


その結果、娯楽目的の海外渡航経験がない人は、年収600万円以上の人で20.5%、年収300万〜600万円未満の人で33.2%、年収300万円未満の人で46.3%という結果となった。海外渡航経験についても、年収300万円未満の回答者と、600万円以上の回答者では、約26%ポイントもの差があったのである。


さらに、300万円未満だと海外旅行を1年に1回も経験しない人が、約2人に1人であるのに対して、600万円以上だとそれは約5人に1人という実態も浮かび上がってきた。


行き先の国内国外を問わず、観光旅行をめぐる移動機会には決して小さくない格差がたしかに存在するのである。


■いつでもどこでも行ける「エリート」


では、娯楽目的の観光旅行以外の海外渡航はどうなるだろうか。結果は、娯楽目的の渡航以上に大きな差が存在した。一生のうちに仕事目的で海外渡航を経験する人の数は限られるものの、年収300万円未満の人の15.0%に対して、年収600万円以上の人だと43.6%となった。


ここまで読んで、「年収600万円以上といっても多様では?」と思った人がいるかもしれない。その指摘は鋭い。


実際、「年収600万円以上」の内実はさまざまであり、本調査の場合は、個人年収が1000万円以上の回答者が263人(8.9%)、1500万円以上の回答者が62人(2.1%)いた。国税庁の調査と比較すると少々割合が高いが、これは男性回答者の割合が高いことと調査方法に起因すると考えられる。


こうした年収がより高い人々は、海外渡航経験が多い、つまりは移動性が高く、安全な日常のための資源として移動性を用いることができる可能性が高く、“モビリティ・グローバル・エリート”も少なからずいると思われる。別の言い方をするならば、より主体的に移動を実行するかしないかを選択でき、次々と新天地に移動することも可能な、移動性の階層の高い位置にいる存在である。


■高年収の人たちが誇る圧倒的な海外経験


格差や不平等と聞くと、貧困をまず思い浮かべる人が多いと思うが、誰が貧困かだけでなく、誰がお金持ちか、といったことも不平等の議論の一部である。格差や不平等はマクロな視点であり、いうなればすべての者が、格差や不平等の対象になる(白波瀬:2010)。この本を読んでいるあなたも、書いている私も、含まれているのである。


話を戻そう。モビリティ・グローバル・エリートを含む彼らは、勝者総取り方式のグローバル資本主義の中で、新しくて極端な不平等が生じた結果として、高い移動性を享受している。


そのことを示すように、年収1500万円以上の人の海外渡航経験を分析すると、これまでの観光娯楽目的の海外渡航経験が10回以上とかなり多い回答者が35.5%(全体平均12.7%)、仕事目的の海外渡航経験10回以上の回答者が41.9%(全体平均6.7%)と、全体平均よりも圧倒的に高い割合で経験していることが明らかになった。


■「自由に移動できるか」への年収別回答


観光旅行をめぐっては、移動の自由との関連で興味深い実態もみえてきた。図表3は、「あなたは、観光旅行目的で、自分が移動したいときに自由に移動できますか?」という質問に対する回答である。


出所=『移動と階級』

調査の結果、年収300万円未満の回答者と600万円以上の回答者は、観光旅行目的での自由な移動可能性に14%ポイントほどの差があることが明らかになった。


将来の移動可能性や、今後、移動する価値があると判断したとき再び移動できる能力が不均等であることを示唆する結果である。移動をめぐる経験と、認識や意思は密接に関連しているというわけだ。


■「海外に行きたいけど行けない」理由


こうなると気になるのが、「どのぐらいの人が、移動したかったけれどできなかった経験があるか」である。


「海外に行きたかったけれど行けなかった経験」の有無を聞いたところ、「ある」が36.0%、「ない」が64.0%という結果となった。約3人に1人が、さまざまな理由で海外への移動を断念した経験があるということだ。


ただしこれだけでは、「なぜ行けなかったのか」まではわからない。そこで、海外に行きたかったけれど行けなかった経験があると回答した人に、理由を聞いた結果が図表4である。


出所=『移動と階級』

金額や時間、仕事の都合で断念した経験がある人が多いという、ある程度想定の範囲内の回答が多くある一方で、それ以外にも「家族の都合」や「移動過程での物理的な障壁」を理由に断念している人が約5人に1人いる実態が浮かび上がってきた。



伊藤将人『移動と階級』(講談社現代新書)

では、海外に行きたかったけれど行けなかった経験は、属性によっても異なるのだろうか。この点について、年収間で顕著な差は確認されなかったが、年収以外に大きく関連する要素が明らかになった。それが「性別」である。


性別ごとの海外に行きたかったけれど行けなかった経験がある回答者の割合は、男性が33.2%に対して、女性は45.0%であった。男女で約12%ポイントの差がある。


理由も調べてみると、女性は全体と比較して「金額」と「家族」に関するものが高い傾向があった。特に結婚していたり家族がいたりする場合には、海外旅行に行ける気軽さが男女で大きく異なったり、自分で使えるお金の余裕が異なったりするという自由回答も多くあった。


そこには、単純にお金の有無にとどまらない、性別役割分業や日本の雇用形態の問題が影響している可能性が示唆される。


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伊藤 将人(いとう・まさと)
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員・講師
1996年生まれ。長野県出身。2019年長野大学環境ツーリズム学部卒業、2024年一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。戦後日本における地方移住政策史の研究で博士号を取得(社会学、一橋大学)。立命館大学衣笠総合研究機構客員研究員、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員、NTT東日本地域循環型ミライ研究所客員研究員。地方移住や関係人口、観光など地域を超える人の移動に関する研究や、持続可能なまちづくりのための研究・実践に長年携わる。著書に『数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション』(学芸出版社)がある。
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(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員・講師 伊藤 将人)

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