「人に崩される前に自分で崩す」…プレステを“世界で最も売れた家庭用ゲーム機”に育てたソニーの流儀

2024年6月14日(金)6時0分 JBpress

 1994年の発売後7年で売り上げ1兆円を超えた家庭用ゲーム機「プレイステーション」。歴代プレイステーション(以下PS)事業の企画・開発、事業立ち上げ、運用に携わり、7年間にわたりCTOを務めたのが茶谷公之氏だ。2023年11月、著書『創造する人の時代』(日経BP)を出版した同氏に、PS事業が成長を遂げた秘訣(ひけつ)や、AI時代に価値が高まる「つくる」力の備え方、高め方について聞いた。(前編/全2回)

■【前編】「人に崩される前に自分で崩す」…プレステを“世界で最も売れた家庭用ゲーム機”に育てたソニーの流儀(今回)
■【後編】スタンフォード大の難病解析プロジェクトで活躍、ソニー「プレステ」がギネス記録の偉業に貢献できた理由(6月19日公開予定)
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Xboxに先駆けて新たな価値を生んだ「史上最も売れたゲーム機」


——著書『創造する人の時代』では、茶谷さんの経験を通してモノやサービスを「つくる人」の重要性を語っています。茶谷さんは「つくる人」として、どのようなキャリアを重ねたのでしょうか。

茶谷公之氏(以下敬称略) 大学を卒業後、ソニーの開発研究所に入社し、手書き文字認識のアルゴリズムや認識エンジンの開発を手掛けました。その後、米国の大学に留学し、ユーザーインタフェースとコンピューターグラフィックスを学んで帰国した後、1994年5月に初代「プレイステーション」(以下「PS1」)事業の立ち上げに参画しました。

 次に、北米に赴任して携わったのは「プレイステーション2」(以下「PS2」)の開発です。PS2では、競合である米マイクロソフトの「Xbox」に先駆けて「インターネットに接続して遊べる」という新機能を加えるなど、新たな価値を次々と打ち出しました。

——結果として、PS2は空前の大ヒットとなり、「史上最も売れたゲーム機」として歴史に名を刻んでいます。

茶谷 PS2が家庭用ゲーム機にとどまらない価値を生み出せたのは、海外市場での競争があったからだと思います。技術が発展する中で、開発のレシピを次々と書き換えて進化を続けました。

——茶谷さんはPS事業のCTOも務めましたが、どのような製品やサービスの開発に携わったのでしょうか。

茶谷 帰国後はCTOとして「プレイステーションネットワーク(会員制のオンラインサービス)」を立ち上げ、PS2をベースにしたハードディスクレコーダーの「PSX」、携帯用ゲーム機「プレイステーション・ポータブル(PSP)」と後継機「PS Vita」の開発、プレイステーション4の基本アーキテクチャーなどを手掛けました。
 その後、XperiaやVAIO、PSのネットワークに繋がる製品を扱うグループでクラウドサービスの開発に携わり、ソニー退職後は楽天でAI担当執行役員としてチャットボットの開発、2019年にKPMGに移り日本国内のデジタルネイティブ開発チームであるKPMG Ignition Tokyoを立ち上げ、初代CEOを3年ほど務めました。


AI時代に不足する「つくれる人」になるための流儀

——著書では、AIが進化する時代だからこそ「つくれる人」が求められると述べています。具体的にどのような人を指し、なぜ今、そうした人が求められるのでしょうか。

茶谷 「つくれる人」とは、単純にモノを作るだけでなく、新たな価値をつくることで「社会が良くなる」「皆が幸せになる」といったポジティブな影響を生む人を指しています。残念ながら、今の日本には価値をつくれる人が圧倒的に足りていません。

 デジタル技術やAIが加速度的に進化した今、データを扱う作業は人間よりもAIの方が早く正確になりました。だからこそ、モノを作ったり、ストーリーを創造したりするなど、AIに任せられない非言語情報的なことができる人の価値が高まっています。

——つくれる人になるためには、どのような姿勢や経験が求められますか。

茶谷 つくれる人の必須条件は、「チャレンジャーであること」です。これは無謀な挑戦をする、という意味ではありません。実現可能性がゼロでなければ前向きに挑戦する、という姿勢を指しています。

 そして、「変わった人に学ぶ」という経験も大切です。個性的で世間の基準から見ると「変わった人」から学ぶことで、新たな価値を生み出せるようになるからです。なぜ、変わった人が価値を創出できるのかというと、それは彼らが普通の人とは異なる視点から物事を見ているからです。

 私がソニーに入社した当時配属された開発研究所では、日本初のテープレコーダーを完成させた木原信敏氏が所長をしていました。この開発研究所は「木原学校」とも呼ばれ、さまざまなプロダクトが生み出され、同時に優秀なエンジニアが木原氏の下で「つくれる人」へと育っていきました。

 当時の木原氏は既に役員で大ベテランであるにもかかわらず、毎日作業着姿で「世の中にない物を作る。手本を示し、若手に自分の力で進化させる」とアイデアを練る、一見変わった人でもありました。

 現代の企業では成果主義にとらわれるあまり、短期的な目標が設定されがちです。変わった人は5年、10年先を見通すことに長ける傾向にありますから、価値をつくれる人になる上で、そうした人の下で学ぶことは重要です。


業界に衝撃を与えたプレイステーションの「ゲームチェンジ」

——著書では「つくれる人」の最終形態として「ゲームチェンジャー」を挙げています。PS事業では、どのようなゲームチェンジを行いましたか。

茶谷 ゲームチェンジャーは既存のルールを変えたり、ルールそのものを新たに作ったりする存在です。PS事業では、他社に先駆けて変化を起こし、ゲーム業界のビジネスモデルを大きく変えました。

 例えば、ソフトの記録メディアを「カートリッジ」から「CD-ROM」に替えました。前提として、ユーザーが面白いと思ったときにゲームを供給しないと、すぐにピークが過ぎて売れなくなってしまいます。しかし、カートリッジでは再生産に約3カ月かかるため、売れるタイミングを逃しがちでした。
 そこで、CD-ROMに切り替えることで、5日程度で再生産できるようにしました。また、100枚程度の小ロットで製造できるようになったことで、ニーズに合わせたソフトを少しずつ供給することも可能になりました。

 ゲームがヒットするか分からない段階で少しずつ供給ができ、製造を低コストで行えるようになったことで、販売するソフトの低価格化にも貢献しました。ソフトを売り切る必要もなくなるため、在庫を気にする必要もなくなります。結果として、カートリッジでは1万円を超えるような大作も、CD-ROM であれば5000円台で楽しめるようになったのです。

——ユーザーの体験はどのように変えたのでしょうか。

茶谷 それまでは2Dしか表現できなかったグラフィックスを強化し、3Dを使える処理エンジンを搭載しました。ゲームセンターに行かないとできなかった3Dゲームを家庭でも楽しめるようにすることが狙いでした。
 また、ゲーム機をネットワークにつなげたことも大きな変化です。従来、複数プレーヤーでゲームを楽しもうとすると、プレーヤー同士がゲーム機のある場所に集まらなければなりませんでした。しかし、ゲーム機がネットワークにつながることで、プレーヤーが離れた場所にいてもネットワークを通じてゲームをプレーできるようになりました。

 加えて、ネットワークでデジタルコンテンツの配信を始めたことによって、従来はディスクで配布していたゲームのお試し版をネットワーク配信できるようになったり、サブスクリプションのような形で楽しんでもらったりすることも可能になりました。


自社のプロダクトを「社内の次世代プロダクト」で無力化

——なぜ、PS事業では業界をリードする変化を起こせたのでしょうか。

茶谷 PSの開発現場でよく言われていたのは「人にビジネスモデルを崩されるくらいならば、自分で崩した方が良い」という言葉です。「人に崩される」という状況は、他社から攻め込まれていることを指します。そうした状況に追い込まれるくらいであれば、自分で自分のビジネスモデルをつぶした方が、長い目で見ればプラスになる、ということです。

——社内で製品の新陳代謝を促す、ということですね。そのための方法として、どのようなアプローチがありますか。

茶谷「常に社内で自社のプロダクトを無力化する次世代プロダクトを仕込んでおく」という方法があります。記録メディアを例に挙げると、磁気テープのVHS・ベータが主流の時代にデジタル記録タイプのDVDを準備し、その後は光ディスク記録タイプのCD・DVD・BDを社内の隣接部署で用意する、という具合です。

 その際には、将来投資の議論が欠かせません。今ある事業の資金から先端技術や新サービスの開発に回せるお金を捻出できないか、考える必要があるのです。つくれる人になるためには、誰もが資金の問題に直面します。だからこそ、他社に自社のビジネスモデルを崩される前に、先んじて資金の課題と向き合うことが大切です。

【後編に続く】スタンフォード大の難病解析プロジェクトで活躍、ソニー「プレステ」がギネス記録の偉業に貢献できた理由(6月19日公開予定)

■【前編】「人に崩される前に自分で崩す」…プレステを“世界で最も売れた家庭用ゲーム機”に育てたソニーの流儀(今回)
■【後編】スタンフォード大の難病解析プロジェクトで活躍、ソニー「プレステ」がギネス記録の偉業に貢献できた理由(6月19日公開予定)
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筆者:三上 佳大

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