設計時点で破断が約束されていた潜航艇タイタン

2023年7月1日(土)6時0分 JBpress

 筆者の事前予想を大きく裏切って、前回稿「タイタンの乗客乗員をバラバラにした深海水圧はどれほど脅威か?」は多くの方にお読みいただけたようです。

 そこで続編として、前回稿に記さなかったより踏み込んだ内容を補ってみたいと思います。

 まず最初に、前回反響の大きかった「ボーイング社が安価に放出した、ジャンボジェットの機体に使われる使用期限を過ぎたカーボン繊維」関連の確認から始めましょう。

 タイタン号の製造に使われたカーボンファイバー素材は、ボーイング社がジャンボジェット用に準備し、使用期限を過ぎてしまったものをかなりの安値で購入したらしい。

 今回の事故(事件)を引き起こしたオーシャンゲート社のストックトン・ラッシュCEO(最高経営責任者)が生前語っていたと報道されています。

 さらには、2019年4月、タイタンがバハマ諸島沖で潜水した際、潜水艇の専門家が船体に亀裂が入るような「やばい音」を耳にし、ラッシュCEOに忠告したのに、全く耳を貸さなかった経緯も報じられています。

 これらは炭素繊維の物性を少しでも理解していれば、高校生にも理解できる分かりやすい脆性破壊の状態を如実に示しているわけですが・・・。

 結論は末尾に記すとして、まず1の1から常識の源流を探訪しましょう。


ダイヤモンドも叩けば割れる

 多くの人がダイヤモンドは硬いと、どこかで聞きかじって知っているかと思います。

 では、大きなダイヤモンドの塊を鉄のハンマーでぶっ叩いたら、ハンマーの打面にダイヤがめり込んで刺さるか?

 というと、残念ながらそんなことはありません。

 ダイヤの表面を千枚通しや錐で引っ搔いても、傷をつけるのは容易ではありません。

 しかしダイヤをハンマーでぶっ叩けば、実に簡単に粉々に割れてしまう。テレビ番組の動画を張り付けておきましょう。文字通り「粉々」に砕け散っているのが見えるでしょう。

 こうした基本的な物性をオーシャンゲートのラッシュCEOは全く理解していなかった、あるいは極端に軽視していたことが察せられます。

 タイタンに使用されていたのはジェット航空機体用のカーボンファイバー素材、つまり炭素繊維で、ダイヤモンドと同様、一面では極めて高い硬度を示します。

 と同時に炭素繊維は硬いけれど、状況が悪くなると意外に脆く、壊れるときには一瞬にしてベキッとイってしまう。

 今回のタイタンは、引き揚げられた残骸の写真によって、それで潰れてしまった可能性が高いことが分かります。

 どうしてそんな壊れるような潜航艇を作ったのか?

 その原因を今回水死したと思われるストックトン・ラッシュCEO の経歴から察せられる気がします。

 ラッシュCEOは1962年3月に米国カリフォルニア州サンフランシスコで生まれていますから享年61歳だった。

 12歳でスキューバダイビングを始め、18歳でコマーシャル・パイロットとして働きつつプリンストン大学で航空工学を学んでいるので、なかなかの秀才だったことが分かります。

 ただし、子供としてはという話です。

 学卒、テクノロジーの大学院には通っておらず、つまりありものの航空工学を習っただけ、新しい何かを創るのが大学院研究室ですが、それ以前に航空研究からすら離れてしまった。

 ごく短期間、マクダネル・ダグラスでテストエンジニアとして働いているので、自動車でいえば整備士相当の経験が数か月あった。

 車の整備と、新しい車の設計、実装とは全く違う。その程度に、プロとは程遠いエンジニアリングであったことが察せられます。

 さらにその後、ラッシュCEOはUCバークレーでMBAを取得、つまり文転(文系に転向)してお金を儲け始めます。

 テクノロジーも分かるという触れ込みだったのでしょう。幸か不幸かベンチャーキャピタリストとして成功し、食べるのに困ることはなくなったようです。

 そして、技術は完全に素人なのに今回のような事業を始めるお金を集めるネットワークも築き上げた。

 これは両刃の剣としか言いようがありません。

 なぜといって趣味のスキューバダイビングと、学卒程度・プロフェッショナル未満の航空工学を振り回し、深海観光は巨大なマーケット足り得る!というドン・キホーテの夢を追いかけ2007年頃オーシャンゲートを設立、一人で事故に遭うならまだしも、罪もない関係者を巻き添えにしてしまったのですから。

 今回亡くなったフランスの潜航艇操縦士ポール・アンリ・ナルジョレ氏(1946-2023、享年77)は、国際的に知られたタイタニック沈没船に詳しい人物と伝えられます。

 ITで成功し飛行機操縦が趣味の英国人ハ—ミッシュ・ハーディング氏(1964-2023、享年58)にしても、パキスタンの投資家シャーザダ・ダウード氏(1975-2023、享年48)、さらには、元来は母親が乗り込むはずだったという息子のスールマン・ダウード君(2003-2023、享年19)にしても、ここで死なねばならない道理はなかった。

 ダウード親子は父の日近くに高価なチケットを購入して冒険アミューズメントに参加しただけの、単なるお客さんが命を奪われてしまった。

 なぜそんな事態を招いたか?

 それは、設計にもタッチしたと思われるラッシュCEOが、アマチュア・ダイバーとしての経験と、40年前学部まででストップした航空工学のごちゃまぜで「ボーイング社が放出した使用期限切れのジェット機体用カーボンファイバー素材を買い込んできて、本質的に沈むように運命づけられた愚かなミス設計の潜水艇タイタンを捏造したから」と察せられます。

 実際、かたちに即してご説明しましょう。こんな設計はあり得なかった。

 でも、そもそも潜水艇という中途半端な存在を、明確に縛る法規が完備されていなかったようなのです。

 モーターのついた潜水艦には規制もあれば免許もあるけれど、船から吊り降ろす、単なる「カゴ」のような潜航艇は、陸上でいえば乳母車みたいなもので、厳しい基準が存在しなかった。

 その虚を突いて、こういう事故を、まず100%人為によって引き起こしてしまった。


「しんかい6500」の耐圧殻から考える

 論より証拠、でこんな写真から確認し始めましょう。

 このページの真ん中あたりにある写真は日本の深海潜航艇「しんかい6500」の開発途上、加圧試験の途中で破裂した、チタン製耐圧殻の残骸です。

 直径2メートルの完全なであることが求められ、事実「しんかい6500」はそのように作られている。

 さらにその精度は0.01ミリまで正確でないと、深海水圧のちょっとしたズレが破断を引き起こしてしまう。

 これが海洋工学の突き付けるプロの現実的なスペックになる。

 深海潜航艇は高い精度を持つ球で圧を保たないと、簡単に押しつぶされてしまう・・・。

 こんなこと、小学生にだってコップの水の表面張力や、蛇口からしたたる水滴の構造から、完璧に理解させることが可能な1の1に過ぎない。

 ところが、公開されている情報が正しいとすれば、今回のタイタンの carbon fiber hull(船殻)は円筒形状になっている。

 仮に上下の面が円盤であるなら、その角、尖端には大変な応力がかかってしまうのは、理学系出身で材料力学や破壊力学は助教授になってからかじった程度の私が見ても、ぞっとする代物になっている。

 こんな素人設計を気にせず、繰り返し深海に潜っていた?

 嫌な音は、円筒の縦方向に加わった圧縮破壊で、船核の縦方向に入ったミクロな亀裂であると考えるのが妥当と思われます。

 だから今回の起こるべくして起こった事態は事故というより事件と呼ぶべきではないか、と前回も今回も一貫して記しているわけです。


データシートの現実が読み取れない経営者?

 以下は推察ですが、自らも命を失ったラッシュCEOは、学卒程度の中途半端な航空機の耳学問から、強化炭素繊維の強度について、完全に誤った先入観と素人判断で突っ走ったのではないでしょうか?

 実際の物性データを見てみれば、炭素強化繊維の強度は、引張強度に関して7000メガパスカルなどと書いてあったりします。

 1メガパスカルは約9.8気圧ですから、耐圧7000メガパスカルなら6万8000気圧でも大丈夫、広島型原爆の爆心が10万気圧というけれど、その7割の爆風が来たって大丈夫なんだから、1桁小さい4000気圧程度のタイタニックを見るのに、タイタンの設計は万全・・・。

 なんて、素人の浅知恵で考えそうなのは、過去25年来、ペーパーテストで育ってきた東大生のダメ設計を見てきて、ごく当たり前にやらかす事態ですので、そのように察するわけです。

 端的には、炭素繊維素材には異方性、つまり方向によって強度の違いがあります。

 その種の素材を用いて成型すれば、球だって強い方向と弱い方向とに違いが出、簡単にゆがみを招来するでしょう。

 まして円筒形の舟殻を、どちら方向にどういう強度を持たせて設計したつもりか知りませんが、深海に幾度も沈めたり浮かべたりして、ミクロな疲労を蓄積していけば何が起きるか・・・。

 今回みたいなことが起きるわけです。つまり、突然「破断」「挫滅」終了です。

 一応、誤解のないように、40年前の私もそんな素人学生に過ぎなかった。

 少しは物理や装置のこと、その怖さなどを理解し始めたのは、私の場合は大学院生時代に教壇に立ち始め、学生実験など指導する責任を負って以降のことでした。

 学卒で受け身の実験実習しか知らず、あとはビジネススクールでMBAをとって机上の空論でベンチャーキャピタルとしてお金を動かしてきたラッシュCEOには、大きな勘違いがあったと思われる。

 先ほど嫌な音の正体は、鉛直の断面から船殻が縦方向に押し潰されてできた亀裂の可能性が考えられると記しました。

 もちろん断片的な報道から推察するだけの話ですが、カーボン素材はダイヤモンドの親戚ですから本当に硬く、いわゆる素材の粘り、弾性変形がほとんどありません。

 しかし、本稿冒頭でダイヤの破壊実験をお見せしたように、引っ張り強度試験の逆で、法外な圧で圧縮されるなどすれば、分子レベルでミクロな破断は普通に起きて当然です。

 紫外線や物理的・化学的なインパクト、アタックに繰り返しさらされるとへたりが生じてしまいます。

 そうした疲労が重なると、ある瞬間いきなり、大規模構造が挫滅しても何の不思議もないことが、平易な邦文記事 と英文動画も出ているのでリンクしておきましょう。

 本稿の最後に炭素繊維強化プラスチック(CFRP=Carbon Fiber Reinforced Plastics)素材の基本的な特徴をおさらいしておきます。

 軽い硬い腐食しないなど素晴らしいプラスの側面とともに、高価である加工成型がしにくい、そしてデザインの自由度が低いといったデメリットが広く知られています。

 そう、一度成型加工すると、その先、カーボンは形に柔軟性がほぼゼロなんです。

 だから飛行機用を使うと素人判断した時点で、終わっていたことがここで分かります。

 オーシャンゲートは、潜航艇用に素材から発注しなかったタイミングで、今日の破滅が約束されていたと見るべきでしょう。

 ベンチャーキャピタル(VC)の吹いたラッパが、自滅をもたらした。

 ラッシュCEOは、航空工学で聞きかじった炭素樹脂の強度をはき違え、基本的な設計のいろはもわきまえず安価な航空材料で行ける!と勘違いし、VCがVCを騙すピッチしゃべりで

「炭素樹脂なら7万気圧、つまり水深70キロでも大丈夫!」

「地球の最も深い深海底でもマリアナ海溝の11キロしかないのだから、海底観光は明日のリアルなビジネス!」

 みたいにぶち上げたかもしれません。

 そんな謳い文句に自分でも酔ってしまい、自身をも騙しながらファンドレイズに走ったのではないか・・・。

 私もシリコンバレーでVC相手のピッチはしたことがありますので、思わず想像をたくましくしました。

 2000〜2010年代、全世界で吹き荒れた新自由主義バブルの嵐は。物質や科学に根拠を持たずとも、ラッパを吹くだけでお金が集まるという最低最悪の腐敗を生み出しました。

 日本で発生した最悪事態の一つはSTAP細胞詐欺でしょう。

「夢の細胞ができた!」とぶち上げて株式公開すれば売り抜けられる。

 そんな亡国の挙を繰り返してきたから、日本の教育も荒廃の色濃く、日々大学で教える私などの目には、青少年が明日を見渡せず、静かな笑顔で絶望するシーンが常態化しています。

 もうそろそろ、こういう現実や科学の示す冷徹な現実を軽視する商法は卒業しなければなりません。

筆者:伊東 乾

JBpress

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