世界最高のデジタル銀行「DBS」の変革は、いかにして実現されたのか?

2023年7月26日(水)5時0分 JBpress

 世界で初めて『ユーロマネー』『ザ・バンカー』『グローバル・ファイナンス』の3誌から「世界のベストバンク」という称号を12カ月のうちに冠された銀行「DBS」。これは銀行界では、映画でいうアカデミー賞で「作品賞」「監督賞」「主演賞」の3つを同時受賞したに等しいともいわれる。顧客満足度最下位だったシンガポールの元政府系金融機関、DBS銀行(旧称:The Development Bank of Singapore)は、いかにして最先端のテック企業へと生まれ変わったのか?「世界最高のデジタル銀行」と称賛されるDBSの変革の軌跡から、DXを成功させるための教訓、ベストプラクティス、成功の秘訣を学ぶ。

(*)当連載は『DBS 世界最高のデジタル銀行:テクノロジー企業を目指した銀行の変革ジャーニー』(ロビン・スペキュランド著、上野 博訳/東洋経済新報社)から一部を抜粋・再編集したものです。

<連載ラインアップ>
■第1回 ビーチに上がる鬨(とき)の声(今回)
■第2回 デジタル主導銀行へと変革するために取り組んだ4つ優先項目
■第3回 組織の芯までデジタル化する

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ビーチに上がる鬨(とき)の声

 ピユシュ・グプタはタイのプーケット島でステージに上がり、彼が持っていたDBS銀行の新しいビジョンを披露した。それは2014年のことで、DBSのCEOである彼は、経営陣に一丸となって銀行の成功とは何かを認識させ、新しい戦略の立ち上げを加速させようとした。

(東洋経済新報社)

 ピユシュは2009年後半にグループCEOとしてDBSに参画した。2010年、彼と経営陣は、「新しいアジアで選ばれるアジアの銀行(The Asian Bank ofChoice for theNew Asia)」という新たな戦略を打ち出した。この5年戦略は、国内的あるいは国際的な主要行のどちらを目指すものでもなかった。と言うよりも、彼らが目指していたのは、国際的なバンキング基準で活動するために自らの水準を引き上げつつ、その2つの間にあるスイートスポットを占有することだった。

 プーケット島のビーチでのスピーチの冒頭、ピユシュは自分の指揮下でのDBS銀行の成功を振り返った。2014年には、同行はその主要目標を全て達成していた。すなわち、

1. 新しいアジアで選ばれるアジアの銀行に選出されること
2.顧客サービスにおいてトップとなること
3.先進テクノロジー分野でイノベーションの賞を獲得すること
4. アジアのソートリーダ(thought leader)として認められること

である。

 しかし、それは単なる始まりに過ぎなかった。ピユシュはアリババの当時のCEOであるジャック・マーと退任前に面会した。この1時間の面談を通して彼は心をかき立てられ、中国発のサイクロンが襲来して全てを破壊し、バンキングの方法を変革してしまう可能性があることを確信した。戦略面でデジタル勢力図が変化する中で競争するために、DBSには新しい戦略が必要だという考えが、彼の心の中に根付いた。

 DBSの年次取締役会は、韓国で開催されたばかりだった。当時の韓国は、モバイルアプリの活用と先端テクノロジーの提供におけるリーダー国だった。現地に滞在する中で取締役会メンバーと経営陣は、どうすればモバイルがよりうまくバンキングに適用できるかを理解した。

 さらに、選ばれるアジアの銀行に選出されたという成功体験がDBSの経営陣の背中を押した結果、新戦略が実現しうるものに関する意思決定はよりアグレッシブなものとなった。彼らの目に映っていたのは、この先さらなる混乱の時代が到来することであった。その結果彼らは、「大きく、困難で大胆な目標」を掲げることになった。それは、2020年3月までに世界のベストバンクとなるというものだった。

 プーケット島のステージ以降、ピユシュは未来の記事の見出しを掲げた。それには「DBSは世界のベストバンクである」と書かれていた。この目標を達成することは、他の銀行の成果を真似しないことを意味していた。その代わりに、あらゆる職員をこの意欲的なビジョンに向けて駆り立てる鬨の声が必要だった。求められたのは、自行を競合と差別化する強力な戦略を生み出して実行することだった。

 DBSにとってそれは、バンキングはつまらない作業であるという顧客の考えを、「バンキングを楽しくする」というものに変革することを意味していた。これが新しい鬨の声となった。


バンキングを楽しくする

 DBSの経営陣は、「おカネは人生の潤滑油」というのは力強いステートメントであると思った。しかし同時に彼らは、この言い回しはすぐに平凡なものになってしまう、あまりにありきたりのものだとも感じていた。その理由は、人々はバンキングを当たり前のものか、さらには生活の中でネガティブなものとして見る傾向があったからだ。そのため経営陣は、「目的感のあるバンキング」とはどんなものかを見出そうとあれこれ考えた。

 2008年の世界金融危機以降、多くの人々が銀行を信用しなくなり、バンキングを「苦痛」とまで言い始めた。当時の調査が示していたのは、銀行問題の解決について71%の人々が根治的な手術が必要だとしていたことだった(注1)

注1 ダン・カドレック(Dan Kadlec)、「ミレニアル世代がバンカーの話を聴くよりも歯根管治療の方がマシという理由」、Time.com、2014年3月28日

 経営陣が提示した疑問は、「銀行が何をしたいか?」ではなく、「DBSとの付き合いを簡単で、楽しく、便利で意味のあるものにするにはどうするか?」というものだった。そうすれば、銀行が企業や個人に対して行ってきたよい面が人々の目に映るようになるだろう。社会に提供してきた付加価値についても同様だ。

 経営陣はバンキングを苦痛と対極のものへと転換させようとした。それが、「バンキングを楽しくする」というものだ。プーケット島で会議が行われた時期には、意義深く影響の大きい、戦略的でグローバルな複数の変化が起こりつつあった。その中で、数々の新規参入者がバンキングを「アンバンドリング」し、新たなテクノロジーを活用することで顧客期待を高めていて、ベンダー主導型のテクノロジー集積は極めて高コストになりつつあった。すなわち、東洋ではテンセントやアリババ、西洋ではグーグルやアマゾンといった、グローバル化したプラットフォームが台頭してきていた。

 数多くのテクノロジーが登場し、「バンキングを楽しくする」ための手段が急速に発展しつつあった。DBSの経営陣は、これらの新しいテクノロジーを活用することで、バンキングを顧客にとって「目に見えない(invisible)」ものにすることが可能であると認識した。それはまた、顧客が銀行との付き合いで楽しいやり取りを行う機会を、そして究極的には、バンキングの一連の流れ(ジャーニー)を通じて幸福感や心の安らぎを経験してもらう機会を創出することであった。

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筆者:ロビン・スペキュランド,上野 博

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