業界の常識をひっくり返したP&Gのスキンケア・ブランド「オレイ」の再生戦略

2023年11月15日(水)4時0分 JBpress

 世界最大級の日用消費財メーカーP&Gの元CEOA・G・ラフリー氏は、「Thinkers50」に選ばれた戦略顧問のロジャー・L・マーティン氏とともに、10年間で売り上げを2倍に、利益を4倍に、市場価値を1000億ドル以上向上させた。本連載では、戦略とは何か、どう立て、どう実行に移せばよいかについて余すところなく語りつくした『P&G式 「勝つために戦う」戦略』(A・G・ラフリー、ロジャー・L・マーティン著/パンローリング)より、内容の一部を抜粋・再編集。ファブリーズ、パンパースといった象徴的なブランドで、同社が繰り返し勝利してきた秘訣を明らかにする。
 第2回目は、1990年代後半にP&Gが取り組んだスキンケア・ブランドの再生について解説する。
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<連載ラインアップ>
■第1回 P&Gの売り上げを2倍、利益を4倍にした元CEOが語る「戦略」の核心
■第2回 業界の常識をひっくり返したP&Gのスキンケア・ブランド「オレイ」の再生戦略(本稿)
■第3回 P&Gの圧倒的な競争優位性を生み出す原動力となった「アスピレーション」とは
■第4回 強みを生かして勝つための、P&G式「戦場の選び方」と「戦法」とは?(11月29日公開)
■第5回 P&Gの「5つの中核的能力」とライバルが模倣できない独自の組み合わせとは?(12月6日公開)

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 一九九〇年代後半、P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)はスキンケア分野で明確な勝利を切望していた。スキンケアは、美容産業全体(せっけん、洗顔料、美容液、ローションその他)の四分の一を占め、高収益をもたらす可能性を秘めていた。

 成功すればヘアケア、化粧品、そして香水など他の美容カテゴリー並みの強い消費者ロイヤルティ(忠誠心)が得られる。さらに、スキンケア分野で得た技術や消費者知見は、他分野に十分に応用できる。

 P&Gが美容産業で地歩を固めるにはヘアケアとスキンケアのトップブランドが必要だったが、スキンケアが泣きどころだった。特にオイル・オブ・オレイは苦戦していた。P&Gには他にもスキンケア・ブランドはあったが、これが圧倒的な大型ブランドで知名度も高かった。

 残念ながら、このブランドは古臭く、ぱっとしないと思われていた。「オイル・オブ・オールド・レディ」などと揶揄(やゆ)されるのも、あながち的外れでもなかった。顧客層は、年々、高齢化するばかりだったからだ。スキンケア商品を選ぶ女性たちは、他のもっと魅力的なブランドに流れていた。

 オイル・オブ・オレイの中核商品(シンプルなプラスチック容器入りのピンクのクリーム)は、ドラッグストアを中心に三・九九ドルの目玉価格で売られ、それでも伸長著しいスキンケア分野で満足に戦えずにいた。一九九〇年代後半、このブランドの売り上げは年額八億ドルを割り込み、五〇〇億ドル規模のスキンケア・カテゴリーのリーダーにはほど遠かった。

 こうした事情が、困難な戦略的選択と、様々な対応策の選択肢を生んでいた。オイル・オブ・オレイには手をつけず、新世代の消費者向けに新ブランドを開発する手もあった。だがスキンケア・ブランドをゼロから作り、トップブランド級まで持っていくには何年も、いや何十年もかかりかねなかった。もっと手っ取り早く、エスティーローダーのクリニークやニベア等の既存の強いスキンケア・ブランドを買収し、より手堅く競争する手もあった。

 だが買収は高価で投機的である。さらに、それまでの一〇年間、P&Gはいくつかの買収案件に乗り出したあげく成功していなかった。自社の強い美容ブランド、例えばカバーガール等をスキンケア・カテゴリーに拡大展開する手もあった。だがこれもばくちである。強い化粧品ブランドでさえ、スキンケア市場で根付かせるのは大変だ。

 そこで結局、P&Gは衰えているがいまだ価値を失ってはいないオイル・オブ・オレイで、新たなセグメント(区分)で競争する道を選んだ。しかしこれはブランド・イメージを一新することを意味する。成功する保証もない大きな投資だった。だが、特に正しい後押しをしてやれば、まだ可能性はありそうだった。

 救いは、オイル・オブ・オレイには高い消費者認知度が残っていたことだった。優秀なマーケターなら誰でも、試用には認知が先立つことを知っている。当時オイル・オブ・オレイの北米担当ブランドマネジャーだったマイケル・クレムスキーは、状況をこう総括している。「まだ可能性は十分に残っていました。しかし計画は全くありませんでした」。

 担当チームは可能性を計画に変えたいと思っていた。オイル・オブ・オレイのブランド、ビジネスモデル、パッケージと製品そのもの、価値提案、名前までを作りかえる計画である。こうしてこのブランドは、「オイル・オブ」を外し「オレイ」として再出発することになった。


オレイ再生

 当時のグローバル・ビューティーの社長だったスーザン・アーノルドと共に、私たちは美容産業において確固たる一角を占められるよう、中・長期的戦略づくりに取り組んだ。美容産業では、カテゴリーを横断して勝てることがあることはわかっていた。

 だからP&Gは、SKⅡ(日本の超高額スキンケア・ブランド。一九九一年にマックス・ファクターを買収した時に手に入れた)、パンテーン(自社最大のシャンプーとコンディショナーのブランド)、ヘッド&ショルダーズ(自社最大のフケ取りシャンプー)、ハーバル・エッセンス(若者向けヘアケア・ブランド)等に投資していた。ウエラとクレイロールも買収し、ヘアスタイリングと毛染めのカテゴリーに地歩を築き、スキンケア分野の大手になるため買収を重ねていた。一方、オレイはテコ入れに取り掛かった。

 当時スキンケア事業のゼネラルマネジャーだったジナ・ドロソスが率いるチームは、手始めに消費者や競争相手についての調査をした。その結果、オレイの既存顧客は、予想通り、価格に敏感で、スキンケアに最低限しか投資しない層であることが確認された。

 業界の常識では、最も魅力のある顧客層は五〇歳以上の女性で、しわと戦っている人々だった。効果のありそうな製品には多額のプレミアム(上乗せ)価格を払う層で、強いブランドはみなここに焦点を当てていた。だが、とドロソスは振り返る。「消費者調査で浮き彫りなったのは、本当に伸びしろがあるのは、三五歳以上の女性層であることでした。初めてほうれい線やしわに気付き始めた人々です。

 それまで多くの女性たちは、ハンドローションやボディローションを顔にも使うか、あるいは全く何もしないかでした」。この三〇代半ばの層は、女性のスキンケア市場へのエントリーポイント(顧客として市場に入ってくる年齢層)として可能性があった。この年齢になると、消費者はクレンジング、トーニング(肌のきめの整え)、そしてモイスチャライジング、日中用クリーム、夜間用クリーム、週ごとのフェイシャル管理、その他のケアによるレジメン(処方計画)に関心を深め、熱心に取り組み、若々しく健康な肌を維持しようとする。

 この年代層に入ると、女性たちはスキンケアに関心を深め、品質や新機能に財布を緩める気になるのである。ひいきのブランドを日常的に探し求め、そのブランドの新商品も試してみる忠誠なファンになる。彼女たちこそオレイに必要な消費者だったが、この層に切り込むには、本腰を入れて取り組まなければならなかった。

 伝統的に美容産業では、まず百貨店ブランドが新機能を導入して新製品や改良商品を出し、やがてそうした機能が大衆市場にもトリクルダウンする。だがP&Gには巨大な販売規模、流通コストの低さ、そして強大な社内開発機能があったため、市場の中間価格帯から新機能を導入することができた。「私たちには、最高の商品はトリクルダウンするものだという業界のパラダイム(枠組み)をひっくり返す力がありました」とドロソスは言う。「オレイから最高の技術を導入できたのです」。

 P&Gの研究者たちは、より優れた、より効果的な原材料の調達と、既存製品よりも劇的に効果の高いスキンケア製品の開発に取り組んだ。そして、しわ対策以外にも製品の価値提案を広げた。

 調査の結果、しわは様々な悩みごとの一つに過ぎないことがわかった。オレイのR&D(研究開発)担当副社長ジョー・リストロは言う。「他にも乾燥肌、加齢による染み、肌のきめの不均一さ等の悩みがありました。

 消費者は『私たちにはこうした他のニーズがあるのよ』と叫んでいたのです。そこではっきりとわかる効果を求めて皮膚生物学の技術に取り組みました。こうしてビタナイアシンという成分のコンビネーションを見いだしました。これは先述の様々な肌の悩みにはっきりとわかる効果をもたらすものです」。オレイは、アンチエイジング(抗加齢)製品の効果の再定義に取り組んだ。

 それが、一九九九年のオレイ・トータル・エフェクツに始まる、消費者目線と、様々な老化の兆候と戦うより優れた有効成分の組み合わせによる一連の製品群に実を結んだ。これらの製品は、消費者のスキンケア・パフォーマンスを大幅に向上するものだった。

 この効果の高い新製品は、市場の半分以上を占めるメイシーズやサックス等のプレステージ(高級)・チャネル(販路)と呼ばれる一流百貨店でも優に売れるものだった。だがオレイは伝統的に、ドラッグストアやディスカウント店などの量販チャネルで売られていた。こうした量販大手、例えばウォルグリーン、ターゲット、ウォルマートなどは、様々なカテゴリーでP&Gにとって最大の得意先だった。

 一方で、百貨店についてはいくつかの商品しか納めておらず、ほとんど経験も影響力も持っていなかった。P&Gの強みを生かして戦うには量販ルートに留まることが得策だったが、そのためには百貨店顧客を量販店に誘引しなければならなかった。量販市場にオレイを投入して勝つには、量販市場とプレステージ市場に橋をかけなければならず、これは後にマスステージ・カテゴリーと呼ばれるようになった。

 量販市場の美容ケア売り場のイメージを一新し、より高級でプレステージ性のある製品を従来の量販店で売る必要があった。量販市場とプレステージ市場の両方から顧客を集めなければならなかったのだ。製品改良だけでできることではない。ブランドに対する消費者の認識とチャネルを、ポジショニング、パッケージング(包装変更)、プライシング(価格設定)、そしてプロモーション(販促)によって変えなければならなかった。

『P&G式 「勝つために戦う」戦略』
( A・G・ラフリー、ロジャー・L・マーティン著/パンローリング)
<目次>
序論 戦略の本当の働き/第1章 戦略とは選択である/第2章 勝利とは何か/第3章 どこで戦うか(戦場)/第4章 どう戦うか(戦法)/第5章 強みを生かす/第6章 管理システム/第7章 戦略を考え抜く/第8章 勝機を高める/結び 勝利への飽くなき追求

<連載ラインアップ>
■第1回 P&Gの売り上げを2倍、利益を4倍にした元CEOが語る「戦略」の核心
■第2回 業界の常識をひっくり返したP&Gのスキンケア・ブランド「オレイ」の再生戦略(本稿)
■第3回 P&Gの圧倒的な競争優位性を生み出す原動力となった「アスピレーション」とは
■第4回 強みを生かして勝つための、P&G式「戦場の選び方」と「戦法」とは?(11月29日公開)
■第5回 P&Gの「5つの中核的能力」とライバルが模倣できない独自の組み合わせとは?(12月6日公開)

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筆者:A・G・ラフリー,ロジャー・L・マーティン,A・G・ラフリー,ロジャー・L・マーティン,酒井 泰介

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