ペロブスカイト太陽電池で先行する積水化学、研究開発の礎になった「2つの既存事業」とは
2024年11月21日(木)5時52分 JBpress
「薄い」「軽い」「曲げられる」といった従来の太陽電池にはない特徴を持つ次世代型太陽電池「ペロブスカイト」が注目されている。2040年の世界市場は2兆4000億円と予測されており、政府も大きな期待を寄せる。2024年9月に著書『素材技術で産業化に挑む ペロブスカイト太陽電池』(日刊工業新聞社)を出版した日刊工業新聞社の葭本隆太氏に、ペロブスカイト太陽電池が注目される背景と、先行する各社の動きについて聞いた。(前編/全2回)
ペロブスカイト太陽電池の国内普及が期待される理由
——著書『素材技術で産業化に挑む ペロブスカイト太陽電池』では、国内で始まったペロブスカイト太陽電池の実証実験を紹介しています。注目を集める背景には、どのような要因があると捉えていますか。
葭本隆太氏(以下敬称略) 太陽光発電の導入を増やす新たな手段としての期待の高まりが大きいと思います。脱炭素やカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)が世界的な目標となる中、再生可能エネルギーが重要視されており、その打ち手として太陽光発電の普及拡大が期待されています。
太陽光発電による再生可能エネルギーを増やすためには、2つの方法が考えられます。一つは太陽光発電自体の導入量を増やすこと、もう一つは変換効率を高めて設備当たりの発電量を増やすことです。
ペロブスカイト太陽電池は、「薄い」「軽い」「曲げられる」という特性を持たせられます。そのため、従来型のシリコン太陽電池では設置の難しかった耐荷重の低い外壁や工場の屋根にも設置が可能です。そうした特性を生かして、日本国内でも導入量を増やせる可能性があります。
変換効率を高める、という観点では、シリコン太陽電池にペロブスカイトを積層し、エネルギーの変換効率を高める「タンデム型」と呼ばれる仕組みが期待されています。富士経済による「2040年の世界市場2兆4000億円」という予測も、その7割をタンデム型が占めています。
現状、シリコン太陽電池を製造しているのは、ほとんどが中国メーカーです。シリコン太陽電池をさらに高付加価値化するために、中国メーカー大手がタンデム型の研究開発を進めており、その動きが市場規模拡大へのインパクトをもたらすと見られています。
NTTデータがペロブスカイト太陽電池に注目する理由
——国内では、NTTデータのデータセンターやKDDIの電柱型基地局などでもペロブスカイト太陽電池の設置が進んでいるとのことですが、今後、こうした動きは広がりを見せるのでしょうか。
葭本 広まりを見せると思います。大手企業の多くがカーボンニュートラルや脱炭素化を掲げており、企業活動を進める中で温室効果ガスを減らすことが社会的な要請になっているためです。
例えば、NTTデータはエネルギー消費量の多いデータセンターを保有している事情もあり、早い段階から積水化学工業と共同でペロブスカイト太陽電池の実証実験を進めてきました。
同様に、KDDIもペロブスカイト太陽電池の実証を進めています。その背景には、基地局の特徴が影響しています。KDDIの基地局の過半数は、敷地面積が畳3畳分程度の「電柱型」であり、従来型のシリコン太陽電池の設置は困難です。そこで、ペロブスカイト太陽電池の曲げられる特性を生かし、ポールに巻き付け、そのポールを電柱に設置する形で実証しています。
電柱型基地局1カ所あたりの発電量は小さくても、KDDIの基地局は国内数万カ所あるため、総量で見るとかなりの再生可能エネルギーになります。自社の基地局というインフラを活用して再生可能エネルギーをつくるという考え方があり、ユニークだと思います。
国産ペロブスカイト太陽電池に寄せられる政府の期待
——政府はペロブスカイト太陽電池の普及支援を行う姿勢を見せていますが、この背景にはどのような要因があるのでしょうか。
葭本 最初のきっかけは2020年、当時の首相だった菅義偉氏が所信表明演説で行った脱炭素宣言です。この脱炭素を実現する鍵となる技術として「次世代型太陽電池」というキーワードを挙げました。おそらく、念頭にはペロブスカイト太陽電池があったのでしょう。
それを受けて、2021年に設けられたのがグリーンイノベーション(GI)基金です。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に2兆円の基金を造成して、脱炭素化技術の研究開発や実証を支援しています。
日本の国土には山が多いことに加え、2010年代に始まった固定価格買取制度によって太陽光パネルの設置が進んだことで、太陽光パネルの設置適地(設置に適した場所)はかなり減っていると指摘されます。このような状況下でも、ペロブスカイト太陽電池であれば設置できる場所があるため、政府も期待を寄せています。
加えて、政府がペロブスカイト太陽電池の普及支援を行う背景には、エネルギーの安全保障の観点もあるようです。シリコン太陽電池の多くは中国で製造されており、太陽電池生産の中国依存度を下げたい思いから、ペロブスカイト太陽電池の国産化を進めたい、と考えているのではないでしょうか。
既存事業のノウハウを活用する積水化学工業
——著書では、積水化学工業、東芝エネルギーシステムズ、パナソニックといったペロブスカイト太陽電池の国内完成品メーカーについても解説しています。積水化学工業を先行企業と位置付けていますが、どのような点で他社をリードしているのでしょうか。
葭本 積水化学工業は、ペロブスカイト太陽電池の課題である「耐久性」と、量産体制を構築するための「製造プロセスの確立」という2点において、他社をリードしていると見ています。
同社は、他社より先行してペロブスカイト太陽電池の耐久性について「10年相当」を実現したと公表しており、2025年までには20年相当の耐久性の実現を目指すとしています。また、「ロール・ツー・ロール(R2R)」と呼ばれる方法で製造プロセスを確立しており、製造コストの低減が期待されています。
R2Rとは、巻かれた長いフィルムを送り出して連続的に成膜・加工する製法を指します。この方法は、他社が採用する「シート・ツー・シート」(基板に一枚ずつ塗る製造方法)と比較すると、設備が安価で、生産速度を速められるメリットがあるとされます。
——積水化学工業は独自の手法を用いて、「耐久性の向上」と「製造コストの低減」を図っているのですね。
葭本 興味深いのは、積水化学工業が既存事業の知見や技術を生かして、その強みを確立しようとしている点です。太陽電池の発電層に水や酸素が入らないように保護する「封止材」は一例です。
同社は液晶パネル用のシール材を製造してきたノウハウがあり、世界シェアはトップクラスで、その技術を封止材に応用しています。同じくR2Rの製造方法についても、長年にわたりセロハンテープなどの製造を行ってきた背景があるため、数多くの知見を有していると聞きます。
積水化学工業では、ペロブスカイト太陽電池の事業化を2025年と位置付けています。他方、パナソニックではガラス型のペロブスカイト太陽電池に関する研究開発を進めており、同社は2026年の試験販売開始を見込んでいます。このように、ペロブスカイト太陽電池一つとっても、それぞれに違ったビジネスモデルを描いているのです。
ペロブスカイト太陽電池に用いる基板の種類やビジネスモデル、製造方法は各社さまざまですから、その比較も容易ではありません。だからこそ、各社の動向を探ることの面白さもあります。中長期的にはどの事業が大きな進展を見せるのか、今後の動向を注視したいと思います。
【後編に続く】「夢の新技術」ペロブスカイト太陽電池…積水化学、パナソニック、アイシンが直面する実用化への共通課題
■【前編】ペロブスカイト太陽電池で先行する積水化学、研究開発の礎になった「2つの既存事業」とは(今回)
■【後編】「夢の新技術」ペロブスカイト太陽電池…積水化学、パナソニック、アイシンが直面する実用化への共通課題
筆者:三上 佳大