「夢の新技術」ペロブスカイト太陽電池…積水化学、パナソニック、アイシンが直面する実用化への共通課題
2024年11月25日(月)5時55分 JBpress
「夢の新技術」とも呼ばれる次世代型太陽電池「ペロブスカイト」。その実用化に向け、国内・海外を問わず各メーカーがさまざまな研究開発を進めている。今後、量産化の動きで先行する中国企業に対抗するために、日本メーカーはどのような戦略を取るべきなのか──。前編に続き、2024年9月に著書『素材技術で産業化に挑む ペロブスカイト太陽電池』(日刊工業新聞社)を出版した日刊工業新聞社の葭本隆太氏に、国内メーカーの動向と今後の課題について聞いた。(後編/全2回)
いかにして「規模の経済性」の競争を回避するか
──前編では、ペロブスカイト太陽電池が注目を集める背景や、国内完成品メーカーの取り組みについて聞きました。著書『素材技術で産業化に挑む ペロブスカイト太陽電池』では、日本国内で「フィルム型・ガラス型」の研究開発が進む一方で、中国ではシリコンと積層した「タンデム型」の研究開発が主流とあります。国内完成品メーカーが世界市場で生き残るために、この分野の違いはどのように捉えればよいのでしょうか。
葭本隆太氏(以下敬称略) ペロブスカイト太陽電池の世界市場が2040年には2兆4000億円に拡大し、そのうちの7割がタンデム型という富士経済の予測があります。そこに照らすと、やはりタンデム型の市場が大きなものになると見られます。
一方、国を問わず脱炭素化を推進する方法の1つとして「建物単位でCO2排出を抑制する」ことも求められていくと考えられるため、フィルム型・ガラス型のように、建物の外壁に設置したり、建材と一体化したりできる太陽電池の需要も増えていくはずです。
価格競争の観点では、中国が事業化に成功すれば、有利になるかもしれません。同じものをたくさん作ることで量産効果が出るため、規模の経済性については国内市場の規模が大きい中国に分があると指摘されます。
しかし、中国メーカーなどの動きは積水化学工業やパナソニックなどの完成品メーカーも意識しています。だからこそ、各社は価格競争だけにならない市場を模索していると感じます。
例えば、パナソニックは建材ガラスに直接ペロブスカイト層を塗る「発電する建材ガラス」について顧客に応じて多様なサイズで作ったり、透過度を制御したりするセミカスタム型の製品で市場に参入しようとしています。積水化学工業は、技術的に難しいとされ、競合の少ない「フィルム型」を製造することで、「薄くて曲がる」という特性を生かした活用を狙っています。
「設置場所を選ばない」というメリット以外にも、搬送しやすい特性を生かして「運搬・設置コストを下げる」「防災用として倉庫に収納し、緊急時に使いやすい」といったメリットが考えられます。
各社が武器とする素材や技術を生かし、価格競争だけにならないビジネスモデルを確立することがカギになるのではないでしょうか。そうして勝ち筋を見出せるかどうかが、今後、世界市場で日本が生き残る道にもつながると考えています。
高性能化の決め手となるのは「既存事業で培った技術」
──著書では、ペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた「耐久性」や「変換効率」についても言及しています。こうした課題について、メーカー各社の動向で注目している動きはありますか。
葭本 耐久性という面での課題は、「耐久性の確保」と「低コスト」の両立です。例えば、フィルム型太陽電池は基板に用いるフィルムが水を通してしまうので、水分をほとんど通さない「バリアフィルム」で保護する必要があります。しかし、バリアフィルムはペロブスカイト太陽電池にかかるコストの約3割を占めるという試算があり、防水性を確保しつつ、低コストで作れるバリアフィルムの開発に素材メーカーなどが挑んでいます。
また、バリアフィルムと並んで高いコスト割合を占めるのが、フィルム基板に被覆する「透明電極」です。透明電極には一般に、酸化インジウムスズ(ITO)を材料に使うのですが、ITOに含まれるインジウムが高価で、フィルム型ペロブスカイトのコスト増の要因になっています。そこで低コスト化を図るため、「銀ナノワイヤ」をはじめとする代替材料の研究も進んでいます。
変換効率の面での課題は、大面積化したときに高い変換効率を出すことが難しい点です。変換効率を高めるためには、ペロブスカイトの層の厚さや品質を均一に成膜する必要がありますが、面積が大きくなればなるほどムラが出やすくなります。したがって、完成品メーカーとしては、「溶液をどれだけきれいに塗って乾かせるか」という成膜技術が鍵を握ります。
例えば、積水化学工業はロール・ツー・ロール(R2R)で基板を搬送し、細長いスリットから液体を出して幅広に塗っていくダイコートという方法を使っています。パナソニックは有機EL事業で培ったインクジェット技術を活用し、リコーは産業用インクジェットプリンター事業で蓄積した技術を使ってペロブスカイトを塗布しています。アイシンは本業である自動車部品の塗装で用いるスプレー法を使っています。
このように、「どのような環境でどのように溶液を塗り、どのように乾かすか」という成膜技術は、各社が既存事業で培ってきた技術をベースに最適化を図っており、ペロブスカイト開発の興味深い点と考えています。
今後期待されるのは「完成品メーカーと導入企業の共創」
──2024年5月に「ペロブスカイト太陽電池の普及に向けた戦略策定を目指す官民協議会」が開催されました。これはオールジャパン体制の構築を狙う動きと見られていますが、今後日本製のペロブスカイト太陽電池が世界市場で勝ち抜く上で、国内メーカーにはどのような連携が求められるでしょうか。
葭本 協議会には完成品メーカーだけでなく、自治体や不動産系企業、建設系企業など、ペロブスカイト太陽電池を導入する側の企業も数多く参加しています。この点については、さまざまな期待も寄せられています。
例えば、「フィルム型の太陽電池がどこで、どのように使えるか」という点については、完成品メーカーよりも土地や建物を扱う建設・不動産会社の方が具体的なアイデアを生み出せるかもしれません。今後は、完成品メーカーが使う側の企業とアイデアを醸成しながら、うまく出口戦略を生み出すことが、連携や共創を進める上での重要なポイントだと思います。
──業界の枠組みを越えた連携が重要になるわけですね。
葭本 もう一つ、見逃してはならないのが「性能評価」の観点です。現在、太陽電池には多数の評価法が存在しています。各社が異なる評価法を用いると、国際市場では各国メーカーの製品同士を適切に評価できなくなります。
既存のシリコン太陽電池には国際標準化された評価法がありますから、今後、ペロブスカイト太陽電池に適した評価法の標準化が求められてきます。そうした動向にも積極的に関わり、ペロブスカイト太陽電池の産業化に日本が出遅れることのないように取り組む必要があると考えています。
■【前編】ペロブスカイト太陽電池で先行する積水化学、研究開発の礎になった「2つの既存事業」とは
■【後編】「夢の新技術」ペロブスカイト太陽電池…積水化学、パナソニック、アイシンが直面する実用化への共通課題(今回)
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筆者:三上 佳大