本当に精鋭部隊なのか…「プーチン軍に誤発砲」「戦死すれば顔を焼かれる」ウクライナに送られた北朝鮮兵の末路
2024年12月30日(月)17時15分 プレジデント社
2017年4月15日、北朝鮮の創始者、金日成主席の105回目の誕生日を祝う軍事パレード中の兵士たち。 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト
■北朝鮮“精鋭部隊”、派兵の1〜3割弱がすでに死傷か
北朝鮮がウクライナ戦争に派遣した「精鋭部隊」に、失態が目立つ。
ロシア軍の友軍を誤射する事態が報じられたほか、近代兵器を用いた戦闘に対応できず格好の標的となり、死傷者数はすでに派遣済み兵士数の1割から3割弱に達している模様だ。基本的なロシア語さえ満足に話すことができず、むしろロシア軍の作戦遂行を阻害している問題がある。
アメリカ防総省によると、ウクライナと国境を接するロシアのクルスク州に、約1万人の北朝鮮軍部隊が駐留している。アメリカ防総省報道官のパット・ライダー空軍少将は記者会見で、「現時点でロシア国内の北朝鮮軍は1万1000人から1万2000人に達すると推定している」との分析を示した。
これらの兵士は、単純に数を補う性質のものだという。ライダー報道官は、ロシア軍の戦死者を補充するものだとの味方を示している。ライダー氏は、「オースティン国防長官が先週言及した、ロシア軍の甚大な損害を補うために北朝鮮軍が派遣されているというのは、妥当な見方だろう」と述べた上で、「私なら北朝鮮軍の兵士としてあの地にいたくはない」と手厳しい私見を加えた。
■北朝鮮の兵士は脅威なのか…専門家の見解割れる
派遣された兵士たちは、果たしてウクライナの脅威となるのか。英BBCは、北朝鮮軍の強さと脆さの両面を伝えている。
記事は、北朝鮮軍は128万人の現役兵士を抱える世界有数の軍事大国だと指摘する。今回の派遣部隊の主力は、特殊作戦を担う精鋭・第11軍団、通称「ストーム部隊」の出身者たちだ。韓国とアメリカの情報機関によると、この部隊は通常、浸透工作や、インフラ破壊、暗殺などの訓練を受けているとされる。
部隊の能力について、米シンクタンクの専門家らは相反する評価を示している。スティムソンセンターの北朝鮮専門家マイケル・マッデン氏が「戦闘経験こそ不足しているものの、肉体的・精神的な耐性で補っている」と評価する一方、戦略国際問題研究所のマーク・キャンシアン氏は「思想教育は徹底されているが、即応性に欠ける」との立場だ。
写真=SPUTNIK/時事通信フォト
2017年4月15日、北朝鮮の創始者、金日成主席の105回目の誕生日を祝う軍事パレード中の兵士たち。 - 写真=SPUTNIK/時事通信フォト
現在、北朝鮮軍はロシア・ウクライナ国境のクルスク地域で歩兵として活動している。専門家らは、ロシア語の壁やロシア軍の装備に不慣れであることから、本来の専門任務を逸れ、土木技術や建設作業での活動要員とされている可能性があると指摘する。精鋭部隊とはいえ、言語障壁や戦闘装備の違いに阻まれ、能力を発揮していない状況が想定されるという。
■消耗戦の“捨て駒”として利用されている
こうした制限により、北朝鮮兵の死傷者数は膨れ上がっている。英ガーディアン紙によると、ウクライナ戦争を分析する韓国軍統合参謀本部は、「ウクライナ軍との戦闘に最近参加した北朝鮮軍の死傷者数が約1100人に達した」と明らかにした。
韓国与党「国民の力」の李成権議員は、韓国情報機関による情報をもとに、死傷者が多数に上る背景を説明している。「北朝鮮軍は不慣れな戦場環境で消耗戦用の前線突撃部隊として使用され、ドローン攻撃への対抗能力も不足している」ことが主な原因だという。犠牲者は下級兵士に留まらず、「少なくとも将軍級の高位の将官も犠牲になっている」という。
ウクライナ側は、さらに犠牲者数が大きいとの認識を示している。キーウ・インディペンデント紙によると、ウクライナのゼレンスキー大統領は12月23日、テレグラムで声明を発表し、ロシアのクルスク州で戦闘に参加する北朝鮮軍の死傷者が3000人を超えたことを明らかにした。ウクライナの情報機関からの報告に基づく数字だという。事実ならば、ウクライナに派遣された北朝鮮兵のうち、3割弱がすでに死傷した計算だ。
写真=iStock.com/narvikk
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/narvikk
■北朝鮮兵による誤射で味方8人が死亡
言語の壁は、友軍誤射に発展した。北朝鮮兵が味方のロシア軍を誤って攻撃し、死亡する事態が発生している。
米フォックス・ニュースなどが報じたところによると、チェチェン共和国のラムザン・カディロフ指導者が率いる準軍事組織、アフマト特殊部隊の車両が北朝鮮軍の誤射を受け、8人の兵士が死亡した模様だ。
ウクライナ国防情報局(DIU)の発表によると、現在北朝鮮の部隊は、ロシア軍の海兵隊や空挺部隊と共にクルスク州で作戦行動を展開している。しかし、両軍の連携には重大な課題があるようだ。DIUは「戦場での北朝鮮軍の投入において、言語の壁により作戦行動の管理に支障が生じ、調整の妨げともなっている」と発表している。
DIUは「この言語の問題により、北朝鮮の兵士たちがアフマト大隊の車両に『友軍射撃』を行うに至った」と述べている。ロシア軍と北朝鮮軍の連携における深刻な課題を浮き彫りにした形だ。
■たやすくドローンの標的に…ロシア兵と共に200人死亡
友軍誤射だけでなく、北朝鮮の兵士自身も続々と倒れている。近代兵器を用いた戦闘経験に乏しく、ウクライナ軍の自爆ドローンの格好の標的となっている。
ロシア・クルスク地域で北朝鮮兵士の死傷者が発生した戦闘について、ウクライナ軍が映像を公開したと、アメリカ政府が出資するラジオ放送局のラジオ・フリー・アジアが報じている。
ウクライナの防衛情報機関によると、12月20日の戦闘でロシアと北朝鮮の軍事要員約200名が死傷したという。同機関は「操縦者視点のドローン(カメラを搭載し、機体前方の映像を見ながら操縦可能なドローン)により、北朝鮮軍を効果的に標的にすることに成功した」と詳細を発表している。
ゼレンスキー大統領が公式テレグラムで公開した動画
この戦闘の映像は、ウクライナ軍の特殊部隊が公開した。同部隊は遠隔操作ドローンを駆使した戦闘を得意とし、今回公開した映像には雪原に並べられた戦死者の遺体が写っている。
■死亡すると顔を焼かれる…北朝鮮兵への非道な処遇
北朝鮮とロシアは、北朝鮮兵の投入を公式に認めていない。そのため、戦場で死亡した北朝鮮兵らは、顔を焼かれ身元を隠蔽される仕打ちを受けている。
ラジオ・フリー・アジアによると、ゼレンスキー氏は公式テレグラムチャンネルで、「ロシア軍は北朝鮮兵士の存在自体を隠そうとしている。彼らは訓練中から顔を見せることを禁じられ、その存在を示すあらゆる映像証拠が削除されてきた」と述べている。
さらにゼレンスキー氏は、ロシア軍が「戦死した北朝鮮兵士の顔を焼却処分している」と指摘。この主張の証拠として、雪に覆われた斜面で複数の人物が遺体を焼く様子を捉えた30秒の動画を公開した。
ただし、ラジオ・フリー・アジアは、この動画の真偽について独自の検証はできていないと注記している。
ゼレンスキー大統領が公式テレグラムで公開した動画(一部を加工しています)
■偽の身分証を持たせて身元を隠蔽
身元隠蔽工作はまだある。CNNは、ロシアで戦闘に参加する北朝鮮兵士らが、ロシア風の氏名とロシア国内の出生地を記載した偽の軍事身分証明書を携行していると報じた。
ウクライナ軍特殊部隊は、ロシア西部クルスク地域での戦闘で北朝鮮兵士3名を殺害し、所持していた身分証明書を押収した。押収された身分証を調べたところ、「必要な公印や写真が全て欠如しており、(氏名の一部であり父方の名字を示す)父称、ロシア式で記載されていた」という。
だが、ロシア風の氏名と矛盾する形で、身分証の署名は韓国語表記となっていた。ウクライナ軍は、「この署名こそが、これら兵士の実際の出身を示す証拠である」と指摘している。
さらに、身分証の出生地は、南シベリアのモンゴル国境に位置するトゥバ共和国となっていた。トゥバ共和国は住民の多くがアジア系民族であることから、北朝鮮兵士の容貌との整合性を取るために選ばれた可能性が高い。
ウクライナ特殊部隊は「今回の事例は、ロシアが戦場での損害を隠蔽し、外国人部隊の存在を秘匿するため、あらゆる手段を講じていることを改めて裏付けるものだ」と強調する。
■一人息子が異国で死んでゆく…耐え難い家族の悲しみ
ロシアへの兵士派遣をめぐり、北朝鮮の兵士らの家族は深刻な不安を抱えている。米政府が運営する国際放送局のボイス・オブ・アメリカが詳しく報じている。
記事によると、元北朝鮮外交官で韓国国会議員の太永浩(テ・ヨンホ)氏は、北朝鮮の出生率は低く、各家庭の子供は1〜2人にとどまると指摘。そのため、「両親は自国ではなくロシアを守るために子供が死んだという事実を、到底受け入れることができない」という。
写真=iStock.com/Stephen Anthony Rohan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Stephen Anthony Rohan
韓国の心理カウンセリング専門家団体、韓国カウンセリング心理協会のカウンセラー、オ・ウンギョン氏は「北朝鮮に残された家族の間で、何もできない精神的な孤立と無力感が増大する」と分析する。さらに「政権の反人権的措置に対する家族の怒りは、北朝鮮内部で大きな社会不安の引き金になりうる」と警鐘を鳴らしている。
■「訓練と何もかも違う」膨らむ犠牲者数の理由
家族の思いとは裏腹に、犠牲者数は膨らむ一方だ。死傷者が増えている理由は複数存在し、解決は簡単ではない。ニューヨーク・タイムズ紙は、その背景を解説している。
部隊の訓練内容が戦場の実態と大きく乖離(かいり)していることが、主な要因の一つだ。韓国国防研究院の上席アナリスト、ドゥ・ジンホ氏は同紙に「北朝鮮の特殊部隊は主に、スナイパー任務、都市戦や海空からの浸透作戦、朝鮮半島の山岳地帯での作戦について訓練してきた」と説明する。一方で「ウクライナ前線のような開けた平坦な地形での戦闘や、ドローン戦、塹壕戦については、十分な訓練を積んでいない」という。
新型コロナウイルスによる混乱も、いまだ同軍に深刻な影響を及ぼしている。パンデミックで国を封鎖していた2年間、北朝鮮の特殊部隊は中国との国境警備任務に交代で従事せざるを得なかった。このため、通常の訓練機会が失われていたという。
これらに輪を掛けるように、前掲のような意思疎通の問題が存在する。韓国国家情報院によると、北朝鮮軍の派遣は極めて急を要したため、「発砲」「砲撃」「待機」といった基本的なロシアの軍事用語を学んだだけで戦場に投入された。このため、戦闘時のコミュニケーションに支障をきたしている。
■ドローン対応は付け焼き刃の訓練に留まる
経験不足も問題だ。韓国在住の元北朝鮮軍軍曹、アン・チャンイル氏は、ニューヨーク・タイムズ紙に対し、「北朝鮮軍は上から下まで、数十年にわたって実戦経験がない」と指摘する。「部隊はドローン戦や歩兵戦について短期集中訓練を受けたはずだが、それをどこまで習得できたかが問題だ」としている。
一方、米外交政策シンクタンクのカーネギー財団は、最大の課題は北朝鮮軍特有の指揮系統にあるとの見方を示す。
北朝鮮軍ではクーデターの防止が最優先となっており、司令官は日常的な命令以外を単独で下すことができない。この域を超えた重要な命令となれば、政治委員と軍事警察の代表者による承認が必要だ。
複雑な指揮系統は、現場判断で改善できるものではなく、金正恩朝鮮労働党総書記の承認がなければ実現は不可能だという。こうした制度上の課題が、実戦での北朝鮮軍の作戦能力に大きな影響を及ぼす可能性があるようだ。
■それでもロシアに味方する理由は
カーネギー国際平和財団は、北朝鮮の金正恩総書記がロシアへの軍事支援を決断した背景について分析を示した。同財団は、この決断について「個人崇拝は存在するものの、北朝鮮にイデオロギー的な要素はほとんどなく、金正恩は一貫して実利的な外交政策を追求してきた」と指摘する。
前提として、北朝鮮が得られる「短期的」な利益は、限定的だという。同財団によれば、「北朝鮮はすでに弾薬供給の対価として、必要不可欠な食料、石油、資金をロシアから受け取り始めている」状況だ。北朝鮮側は核兵器開発や航空技術の獲得も望んでいるが、ロシアは現時点でこれらの提供に積極的ではないという。
金正恩総書記の真の狙いは、むしろ長期的な関係構築にあるとみられる。同財団は「1990年のソ連による経済支援停止以降、北朝鮮は冷戦時代の『良き古き時代』への回帰を模索してきた」と分析する。これまでは実現できなかったこの目標が、ウクライナへの部隊派遣によって、かつてないほど現実味を帯びてきたとの見方もある。
北朝鮮は「ウクライナでの戦闘が終わり、ロシアが支援を必要としなくなった後も、両国の同盟関係が継続することを期待している」と同財団は指摘する。そのため北朝鮮は、貿易や観光、学生交流から、兵士や労働者の派遣まで、幅広い分野でロシアとの関係強化を進めたい思惑だ。
■北朝鮮の関与は今後拡大の見込みだが、継続は難しい
北朝鮮からロシアへの軍事支援は、拡大する兆しが見られる。
ロイターによると、韓国軍の統合作戦を指揮する合同参謀本部は、北朝鮮がロシアに追加の兵力と自爆型ドローンなどの武器を送る準備をしている兆候を検知したと報じている。
こうした動きについて、韓国軍当局者は警戒感を示している。北朝鮮がロシアとの軍事的つながりを強化することで、韓国にとってより大きな脅威となる可能性があるためだ。特に、北朝鮮は韓国より劣勢とされる通常戦力の近代化を進められるうえ、実戦経験も得られることから、軍事力の向上が懸念されている。
写真=iStock.com/alexkuehni
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しかしながら、北朝鮮がロシアへの人的支援を長期的に維持することは難しいだろう。急速に増えつつある死傷者数が、その事実を物語る。犠牲者を抑えるには状況の改善が必須だが、ロシア語の高い壁、根底的に不足している近代戦への対応能力、精鋭部隊が本来得意とする作戦行動とのミスマッチなど、一朝一夕に改善しがたい課題が横たわる。
隘路をゆくロシア軍に手を貸すことでプーチン大統領へ恩を売る金正恩氏だが、現実は甘くなさそうだ。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)