テレビ解説者・木村隆志のヨミトキ 第87回 『御上先生』詩森ろば、『クジャクのダンス』金沢知樹、『ホットスポット』バカリズム…冬ドラマ3トップの脚本家から見える“シビアな現実”とは
2025年2月12日(水)11時0分 マイナビニュース
●連ドラ脚本家として異色の経歴の3人
冬ドラマが中盤戦に入り、視聴率や配信再生数、ネット上の記事やコメント数などの結果に明暗が生まれている。
現在放送中のドラマで話題を集めているのは、主に『御上先生』(TBS)、『クジャクのダンス、誰が見た?』(TBS)、『ホットスポット』(日本テレビ)だろう。ネット上の話題はこの3作が圧倒的であり、ほかは「記事やコメントすら少ない」という苦況が続いている。
この3作に共通しているのは、「連ドラの脚本家としては異色の経歴を持つ、詩森ろば、金沢知樹、バカリズムが脚本を手がけていること。今冬、地上波の連ドラではなく別の場所で活躍してきた3人が、トップシーンでそろい踏みした背景にはどんなことがあるのか。
ここでは、脚本家という入口からドラマシーンの現状・課題・未来を、テレビ解説者の木村隆志が掘り下げていく。
○舞台経験豊富な3人が連ドラに
まず、3人の簡単な経歴と脚本の魅力をあげていこう。
『御上先生』を手がける詩森は、劇作家・演出家として活動を続けてきた“舞台の人”。高石昭彦、藤井道人と共作した19年の映画『新聞記者』で脚光を浴び、21年の『群青領域』(NHK総合)で初めて連ドラを手がけた。
22年に単発ドラマ『この花咲くや』(NHK BS)の脚本も担ったが、民放のドラマも連ドラを1人で書くことも今回が初めて。一般企業で働くなどの苦労人だが、その経験を作品に生かしている上に、ジャンルやモチーフを徹底的に取材・調査するスタンスで、細部までリアルかつ迫力十分な物語に定評がある。
『クジャクのダンス、誰が見た?』を手がける金沢は、恋愛バラエティ『あいのり』(フジ)の出演歴を持ち、芸人から放送作家を経て脚本家に転身。長年、舞台の脚本を手がけながら10年代には映像作品を増やし、20年代に入ると『サンクチュアリ -聖域-』(Netflix)をヒットさせたほか、今冬は『東京サラダボウル』(NHK総合)も手がけている。
『ホットスポット』を手がけるバカリズムは、同名のコンビ解散後は長年トップを走り続けるピン芸人。多くの単独ライブを手がけてきたほか、10年代中盤からドラマ脚本に挑んでいたものの単発的で、ゴールデン・プライム帯の連ドラは1作のみだった。
しかし、23年の『ブラッシュアップライフ』(日テレ)がドラマ各賞を受賞するヒット作となったことで、同じスタッフが手がける今冬の『ホットスポット』につながり、今後も連ドラ執筆頻度が上がりそうなムードがある。
3人の共通点は、ジャンルこそ異なるが舞台の豊富な経験。それぞれセリフの臨場感で見る人々を引き込み、没入感を誘うような人間描写に定評がある。また、金沢は74年生まれの51歳、バカリズムは75年生まれの49歳と業界経験十分の同世代。さらに詩森は2人のひと世代上のベテランであり、いずれも「他の作品を手がけ続けてきたあと、連ドラに本格参戦して円熟した技術を見せている」ことが分かるのではないか。
●「ベテラン脚本家頼み」が通用せず
連ドラは90年代あたりから近年まで、その多くを一部の脚本家が担ってきた。
トップシーンを走り続ける脚本家をあげていくと、野島伸司、岡田惠和、遊川和彦、大石静、井上由美子、北川悦吏子、坂元裕二、福田靖、中園ミホ、浅野妙子、橋部敦子、森下佳子、大森美香、宮藤官九郎、八津弘幸、古沢良太、黒岩勉、野木亜希子あたりだが、その年齢は50〜70代。地上波連ドラは60歳前後の脚本家がメインであり、高齢化が叫ばれ続けながらも、新人発掘のコンクールに消極的な局が多く、育成を怠り、一部の人材に頼ってきた歴史がある。
そのため本来、中心を担うべき30〜40代の脚本家が少なく、1クールを任せられるベテランとの実力差も指摘されていた。そんなベテラン脚本家頼みの状況が続いていたが、このところそれも難しくなっている。
その主な理由は、「これまで地上波の連ドラを支えてきたベテランが配信ドラマ、映画、舞台、アニメなどの割合を増やしている」「ベテランの中に、今なお視聴率獲得優先を求められ、表現の幅がせまくなり、ネット上で理不尽に叩かれるなど地上波への不満がある」「ベテランがかつてのようにヒット作を手がけられなくなった」「プロデューサーの若返りがあり、やりやすさから世代の近い脚本家を選ぼうとしている」。
また、もう1つ背景として忘れてはいけないのは、ここにきて各局が脚本家の発掘・育成プロジェクトに力を入れていること。これまで新人コンクールに力を入れてきたフジの『フジテレビ ヤングシナリオ大賞』、それに次ぐテレ朝の『テレビ朝日新人シナリオ大賞』だけでなく、TBSが『TBS NEXT WRITERS CHALLENGE』、日テレが『日テレシナリオライターコンテスト』を立ち上げた。
○枠が増え、高まる即戦力のニーズ
ただ、TBSと日テレは海外で主流の“ライターズルーム”と呼ばれるグループでの脚本制作を掲げるなど、脚本家の発掘・育成には時間がかかる。また、フジが発掘して『silent』『海のはじまり』などを手がけた生方美久のような新人はめったに現れない。
一方、20年代に入って配信ビジネスを進めていく上でドラマの重要性が高まっている。国内外での配信、映画、アニメ、ゲーム、イベント、グッズなどにおけるIP(知的財産)ビジネスを進める上でドラマの重要性が増し、作品数が増えているにもかかわらず、スキルのある脚本家が足りていない。
その点、舞台や映画で脚本を担ってきた人材は即戦力になり得る。もちろん地上波の連ドラと舞台や映画では、脚本のルールやセオリー、ヒットのポイントなどが異なるだけに、脚本家にはアジャストしてもらわなければいけない。つまりプロデューサーにとって労力のかかる仕事なのだが、今冬の3作はしっかり寄り添って3人の良さを引き出しているのではないか。
詩森、金沢、バカリズムの脚本作品は、連ドラが本業の脚本家ではないからこその魅力であふれている上に、一定以上の結果も出ているだけに、今後も同様の発掘は見られるだろう。
いかに新人発掘のコンクールと受賞者の育成を続けながら、舞台や映画などの世界から実力者を引っ張ってこられるか。その両輪がうまく機能すれば地上波連ドラの未来は決して暗くないように見える。
木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら