アカデミー賞有力『ANORA アノーラ』が、“R18+指定”映画史上最も万人に勧められる理由

2025年2月28日(金)21時15分 All About

アカデミー賞で6部門にノミネートされている『ANORA アノーラ』は「アンチ・シンデレラストーリー」と銘打たれた理由がある、とんでもなく面白い映画でした! R18+指定が設定された映画史上、最も万人におすすめできる理由と魅力を記しましょう。(※画像出典:(C) 2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. (C) Universal Pictures)

第97回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、脚本賞、編集賞と6部門にノミネートされている映画『ANORA アノーラ』が公開中です。
結論から申し上げれば……本作はめちゃくちゃ面白い! アート性の強い作品が候補になりやすいアカデミー賞ノミネート作品の中では、エンタメ性が極限にまで高い内容と言えますし、筆者個人としては2025年の暫定ベスト1の大傑作でした。
公式Webサイトに掲載されている「約束されたハッピーエンドなんて存在しない。物語は自分で作るしかない。21世紀の“アンチ・シンデレラストーリー”はちょっとビターで最高に刺激的」という触れ込みはなかなか挑戦的に見えますが、その言葉にうそ偽りはありません。
大笑いした先に涙もあふれる、ジェットコースターのように辛辣(しんらつ)なラブコメディーを求める人に大推薦します。その魅力を5つのポイントに分けて紹介しましょう。

1:R18+指定映画の入門にもおすすめ!

唯一気を付けなければならないのは「極めて刺激の強い性愛描写がみられる」という理由でR18+指定がされていることです。ただ、筆者の主観ではありますが、その性描写は「あっけらかん」としており、ストレートかつ大っぴらに描かれている、もはや清々しささえ感じられるものでした。少なくとも過度に嫌悪感を抱かされるような性描写ではないですし、その割合も少ないため、R18+という高いレーティングにはそれほど身構えなくても大丈夫だと思います。本作はR18+指定がされた映画の入門にもおすすめしたい、いや(もちろんレーティングを乗り越えられる人にとって)R18+指定の映画史上最も万人に推薦できると思えたほどでした。
また、個人的に大笑いしたのは「御曹司の青年がセックスの直前にでんぐり返しをするほどにウキウキしている」様でした。後述もするように(ブラックな)コメディー色が強い内容であり、R18+うんぬんよりも「笑って楽しめるエンタメ」かつ感動のドラマでもあることを期待して見るのがいいでしょう。なお、暴力を振るう場面はわずかにあれど、それ以外で残酷な描写はありません。

2:パリピな生活からの急転直下! 意地悪だけど面白い

本作の物語はシンプルそのもの。ストリップダンサーの女性がロシアの御曹司とぜいたくざんまいの日々を過ごした矢先に勢いで結婚し、御曹司の両親がその結婚に激怒して屈強な男たちを送り込んでくる、というものなのですから。
主人公のアノーラと、御曹司のイヴァンは「7日間で1万5000ドルの契約」を交わしており、最初は「お金で買った」関係のはずでした。仲間とのパーティーにショッピング、2人でのセックスにも明け暮れる彼らの生活は「パリピ」とも言えるもの。金にモノを言わせた遊び方にはイラッとする気もしますが、それがもはや「気持ちがいい」ほどの盛大さで描かれており、「そのノリのまま(あるいは本当に恋心が芽生えて)勢いで結婚」という流れにも爽快さがあり、「もう君たちはそれでいいよ!」と思えるほどでした。
そして、この映画が真に面白くなるのはここから。具体的な展開は言わないでおきますが、さっきまでの「ウェーイ!」な日々とのギャップを感じさせる状況によって、観客もアノーラと同じように「なんでこんなことに……!?」と思ってしまうでしょう。「幸せの絶頂から叩き落とす」という、ある意味ではとても意地悪な作劇が続くわけですが、そんな大騒動こそがエンタメ性に満ちていて、ジェットコースターのように「悪い冗談」がエスカレートしたり、はたまた「八方ふさがり」な状況がブラックな笑いへとつながったりしていくのです。
「アンチ・シンデレラストーリー」と銘打たれた理由もまさにそこにあり、「お金持ちの青年と結婚して玉の輿でハッピーエンド……になるわけないだろ!」といった方向性を突っ走っているのです。やっぱり意地悪だ……と思う反面、それが決しておとぎ話の単純な「逆張り」や露悪的な表現にとどまらない、ある意味では「世の中やお金持ちってこんなもんだよね」という本質をついていました。かつ、それが後述する感動のドラマにもつながっていることが重要だったのです。

3:決して褒められたような人間じゃない主人公が嫌いになれない

ショーン・ベイカー監督はインディペンデント映画で高く評価された作家であり、本作をはじめ、2017年に公開された『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』などの過去作でも共通しているのは、セックスワーカーの女性を主人公としていることと、そんな彼女を「同情するべきかわいそうな女性」のようには描いていないことです。
もっと言えば、今作の主人公であるアノーラは、決して褒められたような人物ではありません。「Fワード」を口にしまくりですし、ときには男性嫌悪的なセリフもはっきりと言います。それでも彼女のことを嫌いになれないのは、演じているマイキー・マディソンというその人の魅力があることはもちろん、初めこそ「7日間、1万5000ドル」で契約したはずの関係が結婚につながり、彼女が心から幸せに思えた瞬間を観客自身が“知っているから”なのでしょう。
セックスワーカーの女性を通り一辺倒でステレオタイプな「型」には落とし込まず、人間としてはっきりイヤなところを見せたりもするけれど、それも含めて彼女の猪突猛進でパワフルな生き様を、ありのままの「彼女らしさ」として描いています。単純な善悪の判断でも測れない、ショーン・ベイカー監督の女性へのまなざしは、とても誠実なものだと思えたのです。

4:誰もがきっと大好きになる、助演男優賞ノミネートも納得の青年

アノーラのほか、初めは愛らしくも思えた御曹司のイヴァンも次第に「こいつ……!」と思ってしまう面を見せますし、2人の元に送り込まれた男性たちも「仕方なくこの仕事をやっている」といった悲哀がありありと伝わるような存在感を発揮していました。欠点や問題だらけではあるけれど、どうしても憎みきれない「人間」として、みんなが愛おしくなってくる(あるいはいい意味でちゃんと“嫌い”になる)のも本作の優れたところでしょう。
そして、おそらく映画を見た誰もが、その屈強な男たちの1人である「イゴール」という青年を大・大・好きになるのではないでしょうか。
彼もまた力づくでアノーラを押さえつけようとし、躊躇(ちゅうちょ)せずに器物破損をしたりもする、正しくない人物なのですが、その一方で彼が冷静かつとても思慮深い人物であることも分かってきて、劇中で最も信頼したくなる人物にも思えてくるほどなのです。そのイゴールを演じたユーリー・ボリソフがアカデミー賞助演男優賞にノミネートされていることもまた、見れば大いに納得できるでしょう。
人間は誰しも欠点や問題を抱えているもの。だからこそ見る人それぞれが、「極端ではあるけれど現実にもいそう」な劇中のキャラクターそれぞれに自己を投影して、感情移入できるはずです。その中でも、イゴールに(もちろん犯罪行為は別にして)憧れたり、特に共感する人は多いのではないでしょうか。それもまた、万人に本作を勧められる理由なのです。

5:笑った先にある、号泣もののラスト

まさかの事態の連続に大笑いし、ときには心配したり応援したりもできるエンタメの先にあったのは、1人の女性の「生き方」のドラマでした。詳細は伏せておきますが、アノーラもイヴァンもとんでもない事態を経て、とても大切なことを知った……幸せの絶頂を迎えたり、あるいはひどい裏切りにあったのかもしれないけれど……絶対的に「何か」はあったのだと、物語を通じて思えたのです。そして、ラストシーンで筆者は、滝のようにあふれる涙を抑えることができませんでした。それまでの「対比」と相まった「場所」でこそ際立つ、確実な「変化」があり、複雑な思索が巡るようなシーンでした。
究極的には「この物語はこのラストのためにあった」と、いや「こういうラストのために映画を見ているんだ」とさえ思えたのです。シンデレラのように白馬の王子様に期待することだって悪くはないかもしれないけれど、現実はそんなにうまくいかないし、思っている以上に残酷なのかもしれない。しかし、それでもどこかに優しさは存在し得るのかもしれない。個人的に『ANORA アノーラ』から受け取ったのは、そんな希望だったのです。さらに多くの人にとっての、宝物のような映画になることを願っています。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
(文:ヒナタカ)

All About

「アカデミー賞」をもっと詳しく

「アカデミー賞」のニュース

「アカデミー賞」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ