「小学生が教室を掃除するなんて」世界が驚嘆…米アカデミー賞候補ドキュメンタリーが映した日本の普通の光景

2025年4月10日(木)17時15分 プレジデント社

アカデミー賞授賞式会場での山崎エマ監督とあやめちゃん、2025年3月2日、アメリカ - 山崎監督提供

日本の公立小学校に通う1年生と6年生の学校生活を春夏秋冬にわたって描いた『小学校〜それは小さな社会〜』とその短編バージョン。山崎エマ監督によるこのドキュメンタリー映画によって、世界各国で「日本の小学生はすごい」と注目された。その理由は——。

■『小学校〜それは小さな社会〜』の短編版でオスカー候補に


第97回アカデミー賞授賞式(アメリカ現地時間3月2日)では、ドキュメンタリー映画賞に日本の作品が2作もノミネートされ、話題になった。1つは性的暴行被害を訴えた伊藤詩織監督の長編『Black Box Diaries』(山崎エマ監督が編集・製作を担当)。もう1つは、東京都内の公立小学校の教育現場を取材した短編『Instruments of a Beating Heart』だ。


山崎監督提供
アカデミー賞授賞式会場での山崎エマ監督とあやめちゃん、2025年3月2日、アメリカ - 山崎監督提供

『Instruments of a Beating Heart』は、山崎エマ監督が小学校を約1年間150日、のべ7000時間取材した長編ドキュメンタリー『小学校〜それは小さな社会〜』(劇場公開中)から生まれた短縮版。長編は世界中で上映され、ロングランヒットを記録。小学生たちがみずから掃除や給食の配膳をする日本の公立学校の“普通”を映し出し、日本人の集団行動の様子にも海外から高い関心が集まった。


アメリカでは「アメリカでは子供たちは(学校の)掃除をしない。これは『自分たちのことを自分でやる』ということを学ぶための最高の見本だ」、フィンランドでは「コミュニティづくりの教科書だ」、ギリシャでは「日本の子どもたちの責任感がすごい。小さな子どもたちを信頼する先生もすごい」と感嘆と驚きの声が寄せられた。


■日英にルーツを持ち、ニューヨーク大学で映画制作を学んだ


今回のノミネートにより、初めて山崎エマ監督を知ったという人もいるだろう。父親がイギリス人、母親が日本人で、19歳で渡米し、日本とアメリカの二拠点でドキュメンタリー作品を撮り続けているという山崎監督に、アカデミー賞授賞式の様子や作品に込めた思いなどを聞いた。


——短編には次年度の入学式で「歓喜の歌」を披露することになった1年生たちの演奏者オーディションから練習風景、本番までが収められています。主人公は、大太鼓をやりたいと手を挙げたあやめさん。今回は、彼女と一緒にアカデミー賞授賞式に出て、いかがでしたか。


【山崎エマ(以下 山崎)】アカデミー賞というアメリカの映画界トップの舞台は、普段コツコツと日本でドキュメンタリー制作をしている自分からは全く想像ができないようなキラキラした場所でした。今、小学5年生になったあやめちゃんのアメリカ行きは本人にとっても親御さんにとっても大きな決断だったと思いますが、最終日にあやめちゃんから「こんなすてきなところに連れてきてくれてありがとう」という言葉をかけてもらって。残念ながら、賞は獲得できませんでしたが、大きな価値をもらったような気持ちでした。


——海外ではこの作品に対してどんな反応がありましたか。


【山崎】欧米では特に「自国の教育のあり方と全く違う」という反応が多かったです。日本の小学校のように、自分が属している集団に対する責任感や役割、プレッシャーがあるのは、日本独自のものだと思うんですね。欧米は個人主義なので、他の人と違うことをやって自分の強みや個性を見つけていく教育で、逆の入口からスタートする良さや違いを感じたようです。


■「日本の先生は子どもに厳しすぎる」という感想もあった


——「子どもたちの等身大の姿に感動した」という声も多いですね。


【山崎】あやめちゃんを筆頭に、子どもたちの成長をリアルに感じられるという評価もありました。でも、絶賛だけではありません。なかには、「先生が子どもに厳しすぎるんじゃないか」という声もありました。それは、教育を「子どもがみずから考えるもの」として観た人が多いからで、私自身、日本の教育が全部良いというスタンスではないんです。


——それはどういうことでしょう。


【山崎】映画の中ではあやめちゃんが楽器の練習をする中、壁にぶつかって、乗り越える姿が出てきます。私自身、小学校の音楽会や運動会、文化祭などの行事ごとに、いろいろなことで壁にぶつかり、それを乗り越えて、「もっといけるよ」と導かれて、そこでもっと頑張ってみたら楽しい景色が待っていたという経験をしました。けれども、学校に行けない子たちもたくさんいる中、役割を与えて努力を求める日本的な教育の危うさももちろんあると思います。ただ、私は壁を乗り越えた結果、今の自分がいて、自分のことを信じてくれた大人たちがここに導いてくれたと思っているんです。


『Instruments of a Beating Heart』国際共同制作:Cineric Creative/NYT Op-Docs/NHK
『小学校〜それは小さな社会〜』©Cineric Creative/NHK/Pystymetsä/Point du Jour

■日本の公立小学校を卒業、その後アメリカへ行き気づいたこと


——山崎監督は公立小学校を卒業した後、中高はインターナショナルスクールに通い、19歳で渡米したそうですが、日本の教育の息苦しさみたいなものも感じたのでしょうか。


【山崎】そうですね。自分はいわゆるハーフだったので、自分だけ周りの子たちと違うと感じながら過ごした小学校時代でした。特に低学年の頃は「英語をしゃべってみてよ」とからかわれたり、同じ街、同じマンションに住んでいるのに、どう頑張っても自分だけ違って見られることに対して違和感がありました。でも、アメリカの大学(ニューヨーク大学映画制作部)に行って何年か経った頃、日本の公立小学校、日本のインターナショナルスクール、アメリカの大学と、環境をがらりと3回変えてきた自分をどう生かせるか、見つけることができたんですね。


——そこで見えてきたのはどんなことでしたか。


【山崎】まず、教育システムを3回変えたことで対応力がつきました。19歳で日本を出た理由の一つには、やはり日本を息苦しく感じ、世界が広く輝いているように見えたことはありました。自分が活躍できる場は日本じゃないと思っていた時期もありました。でも、当時は日本の良さに全く気づけていなかった。例えば、電車が時間通りに来ること、他者への思いやりや配慮があることが普通過ぎて、それをすごいと思えたことがなかったんです。でも、海外に行って初めてそういう日本の良さに気づいて、自分のアイデンティティや考え方の原点に日本の小学校があると思ったんです。


■日本人は自己批判が強く、良い面を誇ることができない?


——山崎監督の感じた日本の良さと弱点はどんなことでしょうか。


【山崎】全部が紙一重だと思います。例えば小学校では、集団生活が強要され、連帯責任や同調圧力があるのは悪い点とよく言われますよね。でも、他人を自分のことのように感じる思いやりとか共感、協力し合うことはすてきなところ。コロナ禍で日本の結束力が強かった理由としても指摘されていましたよね。


ルールを破ろうとする人たちへの厳しさにも良い面と悪い面があって、“マスク警察”みたいな暴走もある一方、コロナ禍における死者数は少なかった。それに、日本は自己批判が強いんですよね。世界から見ると「日本はすごいね」とほめてもらえるのに、なんで日本社会にはこんなに幸せじゃない人たちが多いのでしょう。


——日本人の自己批判が強いのは、なぜだと思いますか。


【山崎】課題を受け止めつつも、良いところに気づいて誇りを持つ。そのバランスが取りにくいのかなと思います。だから教育についても、「日本の教育は全部ダメ」みたいな空気がありますよね。私自身、日本の悪いところしか見えなかった時期もありましたが、日本の“良いとこどり”して生きていけたらいいなと思うようになりました。


今の社会で何をできるか?と考え、ドキュメンタリーや映像を通じて自分ならではの視点で気づきを提供できたら……と思い、日本に帰ってきたんです。世の中のルールなど、何かを変えるには時間がかかりますが、映画を見て“気付く”ことは一瞬でできる。同じ環境でも視点を変えるだけで幸福感や誇りを持てるし、本当の課題に集中できる。「全部ダメだ」という空気は損だから、課題と同時に良いところも伝えたいなと思います。


『小学校〜それは小さな社会〜』©Cineric Creative/NHK/Pystymetsä/Point du Jour

■「教師はブラック労働だ」というイメージを変えたい


——「学校」や「教育」を題材にした作品はフィクション、ドキュメンタリー含めいろいろありますが、なぜこの作品がこんなにも話題になったのだと思いますか。


【山崎】教育に関して、不登校などの課題を取り上げてくれる方は他にもたくさんいらっしゃる。一方、職員はブラックだというニュースばかりが流れていて、教員のやりがいとか生きがい、人間らしい悩みなどは取り上げられていないですよね。そうした社会の真ん中を映画にしたいという思いが私の原動力になりましたし、世界の人も見たことがないから、評価していただいているのだと思います。


■子どもは大人が用意した“箱”でたくましく成長していく


——実際に1年間取材をされた中で、日本式の教育で子どもたちは成長していると感じましたか。


【山崎】そうですね。子どもたちって大人が決めた“箱”、教室や学校という箱の中ですくすくと育っていくと思うんです。だからこそ、先生たちだけではなく、教育のことを決める私たちにも責任があることを感じます。映画で映し出したように、コロナ禍でどうなるかわからない状況でも、子どもは成長していけるんですね。だからこそ大人たちが用意する箱の中身が大事で、社会全体が自分ごととして未来のことを考えていけたらいいなと思います。


■ドキュメンタリー監督としてのやりがいと今後のビジョン


——ドキュメンタリーだから描けるもの、伝えられるものをどうとらえていますか。


【山崎】日本におけるドキュメンタリーの定義は、海外から見るとまだまだ狭い。でも、逆にまだまだ可能性があると思っています。実際に存在している人たち、存在している環境を使わせてもらって何かを表現するんですけど、単なる記録ではなく、そこに何百、何千時間もいたから感じ取れたものを自分なりに凝縮した真実として届ける。そのために自分の人生の莫大な時間をかけ、持てる限りの責任感と能力を注いでやる。だからこそフィクションでは絶対撮れないような言葉や表情、人の姿が撮れる。それがドキュメンタリーで、そのストーリーに「。」(マル)はつかないし、観た人が自分もその場にいるかのような体験ができる。映像と音だけで勝負することに大きな魅力を感じています。今回、ドキュメンタリーを観たことがないという皆さんが劇場で観て下さっているのもうれしいです。


——今後の抱負を聞かせてください。


【山崎】欧米ではこの10年、15年の間にドキュメンタリーのエンターテインメント性や映像のクオリティが爆発的に進化しています。そうした中で勉強してきたことを活かしながら、日本のことを日本の中から外に発信していきたい。私は趣味も職業も全部ドキュメンタリーで、1日24時間ドキュメンタリーのことを考えているので(笑)、より良い作品を追求しながら、次の作品にも向き合っていきたいなと思っています。


©Jyvaskyla with Outi フィンランドでの上映会の様子

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山崎 エマ(やまざき・えま)
ドキュメンタリー監督
イギリス人の父と日本人の母を持ち、東京を拠点とする。19歳で渡米し、ニューヨーク大学映画制作学部を卒業。代表作は『モンキービジネス おさるのジョージ著者の大冒険』(2017年)『甲子園 フィールド・オブ・ドリームス』(2019年)。2024年、『ニューヨーク・タイムズ』に監督としての紹介記事が掲載される。『小学校〜それは小さな社会〜』の短編版『Instruments of a Beating Heart』(2024年)で、米アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。
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(ドキュメンタリー監督 山崎 エマ 取材・文=田幸和歌子)

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