《末期がん患者の“自分らしいハッピーなエンディング”》旅行やペットとの暮らし、酒やギャンブルも楽しんで、最期は笑顔で亡くなっていく【在宅緩和ケアのドキュメンタリー『ハッピー☆エンド』】

2025年4月25日(金)7時10分 文春オンライン

 在宅緩和ケア医師の萬田緑平先生の診療所は、いつも笑い声が絶えない。末期がんで余命宣告された患者は、住み慣れた我が家で「生き抜く」ことを選択し、旅行を楽しんだり、愛するペットとともに暮らす。趣味やお酒を満喫する。最期まで自分らしく生きる患者と前向きに歩きはじめる家族の姿を通して、“緩和ケアという希望”を描いたドキュメンタリーが上映中だ。



©まほろばスタジオ


◆◆◆


「あと4〜5年生きる? 欲張りだねぇ」


「とにかく笑えれば 最後に笑えれば ハハハと笑えれば」


 ウルフルズがエンディング・テーマで歌う、まさにその通りの作品だ。なにせ主だった登場人物がことごとく亡くなっていく。なのに誰もが最期に笑顔を見せる。だから『ハッピー☆エンド』なんだな。


 登場するのは、末期がんと診断された患者たちと家族だ。がんの終末期医療と言えば、抗がん剤で髪は抜け体はやせ細り、病院のベッドでチューブやコードをつながれて身動きもままならず、意識もうろうとしたまま死を迎える。そんな姿を思い浮かべがちだが、そういう場面は一切登場しない。主治医がそのような治療方針を取っていないからだ。


 萬田緑平先生は元々大学病院の外科医として17年間、数多くのがん患者の診療に携わってきた。その過程で患者の意思より延命を優先する治療に疑問を抱くようになり、外科医として脂の乗り切った時期に病院を退職。在宅緩和ケアに取り組むようになる。それだけで変わり者とわかる。どれくらい変わってるかって、余命宣告を受けた患者さんの目の前でこんな風に話しかけている。


「あと何年生きるの? あと4〜5年生きる? 欲張りだねぇ」


 これを聞いて患者さんも家族も笑っているのだから、長年の信頼関係のなせる業だろう。萬田先生は語る。


「みんな緩和ケアって最期のところだと思ってるから」


 そうではない。萬田診療所には「がん患者さんが自宅で辛くなく生きるお手伝いをする」と掲げてある。在宅緩和ケアとは、患者さんの身体と心の苦痛を和らげ、自宅で自分らしい生活を送れるようにする“希望”の医療なのだ。だから死をタブーにしない。先生曰く、「余命は医者が決めるものじゃない」のだ。


医療用麻薬を処方


 往診では山吹色のTシャツ1枚で、山吹色の車を運転して通う。目に優しく気持ちが明るくなるような色だ。白衣は着ない。医者の威圧感を減らして家族のように接するためだという。往診はほぼ週1回。他の日は看護師や介護士が訪れてケアにあたる。これができるのは介護保険を利用しているからだ。


 介護保険といえば制度導入の議論が始まった30年ほど前、老人病院で患者を動けないようベッドに縛り付ける「抑制」の現場をNHKスペシャルの取材で撮影したことがある。患者はがんではなく認知症だったが、「人生の最期をこうは迎えたくない」と強く感じた。その対極にあるのが在宅緩和ケアで、その実現に介護保険が役立っているのだとわかる。


 自宅で穏やかに暮らそうとしても、がんの激しい苦痛があっては叶わない。その苦痛を和らげるため、萬田先生は医療用麻薬を処方している。日本での使用はまだまだ少ないという。


「医療用麻薬って最期に使う恐ろしい薬じゃなくって、とにかく痛くなければ元気でいられる。元気でいられれば長生きできる。そういうすっごくいい薬なんです」


笑顔を引き出すことがケアの中心


 映画に登場する患者さんたちは、慣れ親しんだ自宅で家族と思うがままに暮らしている。病気があるからまったく自由に、とはいかないが、がんを感じさせない生き生きした姿を見せる。好みの芋焼酎を呑んだり、家族で3泊4日の旅行に出かけたり、ゴルフを楽しんだり。中には競艇場に通う人も。萬田先生のポリシーは「患者本人が好きなように」。本人が望むことを全力でサポートする。


「笑顔を引き出すことが僕のケアの中心です。退院して家に帰ったら“身体にいいこと”より“心にいいこと”を優先して考えましょう。旅行もお酒もゴルフもみんなOK。患者さんが幸せになっているかがすべてです。望みをすべて叶えちゃいましょう!」


 この映画の魅力の一つに、イラストやアニメーションが効果的に使われていることもあげられる。例えば、在宅緩和ケアが目指すがん患者さんの生き方を、萬田先生が飛行機の着陸に例えて語るシーン。かわいい飛行機のイラストが登場し、少しずつ穏やかにソフトランディングしてニッコリ。一方、延命治療については、弱っていく飛行機を無理やりヘリコプターで吊り上げる姿として描かれる。飛ぶ力を失うにつれヘリコプターの数を増やすが、最後には支えきれなくなりドスンと墜落してしまう。言葉だけではイメージしにくい話がこれですんなり理解できる。


 誰が描いたのかな、と思いながらエンドロールを見ていると、「アニメーション:萬田翠」とクレジットされている。あれ? 先生と同じ名字だぞ。名前の「みどり」も先生の「緑平」という名前の1字と共通している。これはもしかして……と思って調べたら、やはり娘さんだった。広告制作やイラストレーターとして活躍し、先生の著書のカバーイラストも担当したのだとか。お父さん、幸せ者ですねぇ。


幸せの奥深さを気づかせてくれる


 登場する患者さんたちも幸せそうだが、がんが消えるわけではなく、いつかは終わりが来る。周りで囲む家族は別れを惜しみ涙を流すが、本人はにこやかな表情を見せる。着物の着付けを教えていた女性は、亡くなる前日もマニキュアとメイクを欠かさない。それまで妻への感謝を口にしなかった男性は、間際に「ありがとう」と語りかけた。最期に最高のプレゼントだ。ところが、冒頭で先生に「欲張りだねぇ」と言われた男性は、別れのシーンが出てこない。ということは……、本当に“欲張って”長生きしているんだな。


 前回この連載で米歌手シンディ・ローパーの映画を取り上げた際、彼女の人生を「自分らしく生きる」と書いた。今回の映画は「自分らしく死ぬ」ことを描いている。自分で自分の死をプロデュースし、演出できる。それを助けるのが在宅緩和ケアなのだろう。だから患者さんはみな穏やかな顔をしている。自分らしく生きて最期を迎えたから。でも、そうはできない人が多いのでは? そして私自身は? 幸せの奥深さに気づかせてくれる作品だ。


『 ハッピー☆エンド 』
監督:オオタヴィン/出演:萬田緑平(在宅緩和ケア医)、樹木希林/ナレーション:佐藤浩市室井滋/エンディングテーマ:ウルフルズ「笑えれば V」/2025/日本/85分/制作:まほろばスタジオ/配給:新日本映画社/©まほろばスタジオ/公開中


(相澤 冬樹/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)

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