尾上菊之助、「古典歌舞伎で大事にしているのが、漫画やゲームに通じる普遍性。新作も作りたい」
2025年3月10日(月)11時29分 婦人公論.jp
「丑之助の日々の稽古事については、私が厳し過ぎると女房によく言われます。でもたまに、好きな料理をして家族サービスすることも」(撮影:岡本隆史)
演劇の世界で時代を切り拓き、第一線を走り続ける名優たち。その人生に訪れた「3つの転機」とは——。半世紀にわたり彼らの仕事を見つめ、綴ってきた、エッセイストの関容子が聞く。第37回は歌舞伎役者の尾上菊之助さん。今年5月に八代目尾上菊五郎を襲名する。俳優一家に生まれ、芸の道をきわめてきたが、その道のりにはさまざまな出会いがあった——。(撮影:岡本隆史)
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<前編よりつづく>
嬉しそうな岳父の顔が……
第3の転機は、やはり一大イベント、八代目菊五郎襲名だろうか。
——いえ、倅の丑之助が生まれたこと、ですね。岳父(二代目中村吉右衛門)とは、以前はあまり一緒の舞台がなかったですけど、それでも岳父は中日(なかび)とかに共演者を招いて食事会をなさるので、たまに招かれるとそこに妻となる瓔子(吉右衛門四女)も来てたりして、知り合いました。
父と岳父は出る劇場が一緒というのが割合少なかったんですが、それでも『人情噺小判一両』とか『安政奇聞佃夜嵐(あんせいきぶんつくだのよあらし)』とか、私は大好きでしたね。
あと、『壽曽我対面(ことぶきそがのたいめん)』。岳父の(曽我)五郎が若々しくて力強い荒事で、父の十郎がおっとりとした江戸の和事で、素晴らしかった。私は化粧坂(けわいざか)少将で一緒の舞台に立たせてもらって、すごく勉強になりました。
菊之助さんの初舞台、1984年2月歌舞伎座『絵本牛若丸』。左より尾上菊五郎、六代目尾上丑之助(現・菊之助)((c)松竹)
その後、岳父には本当に細かく具体的に、仕草から台詞の抑揚から教えていただきました。知盛(『義経千本桜』)、大蔵(『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』)、光秀(『時今也桔梗旗揚(ときはいまききょうのはたあげ)』)……とか、ほとんど全部ですね。
中でも夏祭(『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』)で岳父が団七の時は私が女房お梶、丑之助が倅の市松でした。岳父は「住吉鳥居前」で丑之助をおんぶして引っ込むところがなさりたくて出したんでしょうね。
団七は下駄を履いてますし、丑之助ももうそんなに小さくなかったしで危ないと思ったんですが、どうしてもなさりたかったんでしょう。あの嬉しそうだった顔は、今でもよく思い出します。
丑之助の日々の稽古事については、私が厳し過ぎると女房によく言われます。でもたまに、好きな料理をして家族サービスすることも。ラタトゥイユとか、テールスープとか。スパイスカレーは女房が好きで、「また作って」と言われるんですが、最近作ってませんね。(笑)
「心あっての型」を息子に伝えたい
八代目菊五郎になってからの抱負をお聞かせくださいますか。
——初代さんは京都に生まれて江戸に出てきて、三代目さんが鶴屋南北と組んで文化・文政期に大活躍して、五代目さんが明治期に音羽屋の芸をほぼ確立したんですね。
六代目が歌舞伎の舞踊というジャンルを確立して、祖父梅幸が女方の芸、父七代目が主として世話物で、先人たちが音羽屋菊五郎の幹を太くしていったわけですから、私に今何ができるのかということを模索しているところです。
また音羽屋には「新古演劇十種」というものがあり、中に上演されないで絶えてしまってるものがあるので、その復活と、また新作歌舞伎も作っていきたいと思っています。
『風の谷のナウシカ』『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』『FINAL FANTASY X』などは菊之助さんの企画だそうで、配役面でも斬新さが感じられました。
——新作も古典も一緒です。われわれが古典歌舞伎で大事にしていることが、現代の漫画やゲームに通じる普遍性。歌舞伎役者の技芸が活かせる作品かどうか、ということがまず選ぶ基準にありますね。
それと、新作だと普段ご一緒できない名題(なだい)さんや名題下(なだいした)さんとぶつかり合って芝居を作れるというのもいいですね。古典ではまだちょっと難しいかもしれませんが、新作では門が開かれているので、そういう方たちといい芝居を作っていきたい、というのが私の抱負の一つです。
丑之助さんへの指導の仕方、そして今後に期待することは?
——私は本当にできが悪かったので、できないところを自分で見つけて、それを克服しようと何回も何回も稽古を繰り返す、という方法だったんですが、今の11歳の丑之助にそれをしてしまうと、型にこだわってしまう。
型は「心あっての型」ということを私は学びましたので、今はできるところ、いいところを見つけてそこを伸ばすようにしています。そこが伸びてくるとできなかったところも自然にできてくると思います。このまま素直に伸びていってくれるといいなと思っております。
三代揃った華やかなご襲名。2025年5月6月の晴れ舞台。特に思い入れ深い『二人道成寺』と『連獅子』を、今から楽しみにしています。
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