樋口恵子 モノを「譲る」つもりでも、相手にとって「押しつけ」になっては困る…。<形見配布委員会発足>のススメ

2024年3月22日(金)12時0分 婦人公論.jp


(写真提供:Photo AC)

厚生労働省が公表している「令和4年簡易生命表」によると日本の平均寿命は、男性が約81歳、女性は約87歳だそう。それもあって91歳で評論家として活躍している樋口恵子さんは、「これからはおばあさんだらけの時代になる!」と宣言中。その樋口さん「洋服についてはもともとうまく手放せていたほう」だそうですが——。

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私は人一倍片づけが下手


84歳のとき、家を建て替え引っ越しました。以前の家から仮住まいへ、仮住まいから建て直した家へ、都合2回の引っ越しを経験したわけです。

その中で何より大変だったのは、荷物の整理でした。

そもそも私は、子どものころから整理が苦手。小学6年で集団疎開をした先で、級友たちから「あなたの荷物、ちょっと片づけて。みんな困っているのよ」と注意されたことは、今も忘れられません。

あたりを見まわすと、ほかの人はみんな自分のモノをきちんと片づけているのに、私は風呂敷でぱぱっと包んだだけ。それが隣の人のスペースにはみ出していたのです。

「おっしゃる通り、ごめんなさい!」

このとき私は、人一倍片づけが下手なのだということを自覚しました。

「譲る」つもりでも、相手にとって「押しつけ」になっては


そんな私が80代半ばになって引っ越しをすることになり、同居する娘に「荷物を半分にするように」と宣告されました。

娘から見たら雑物ばかりかもしれませんが、私にとっては一つひとつに思い出もある。それに、人間関係というものは、モノを媒介にして成り立っている場合が結構あります。古いモノをバッサリ捨てるということは、人とのつながりまで捨ててしまうことになる気がして、相当抵抗がありました。

とはいえ、収納スペースには限りがあります。渋々ながらも荷物を減らすことになりました。

片づけるとき、多くの人は洋服の処分に悩むそうですが、私の場合、洋服についてはもともとうまく手放せていたほうだと思います。

70代まではテレビに出ることも多かったので、洋服はとにかく数が必要でした。同じ服を何度も着られないので、当時から親戚や助手、お世話になっている方たちの「譲渡ネットワーク」をつくり、みなさんにお譲りしていたのです。

自分では「譲る」つもりでも、相手にとって「押しつけ」になっては困ります。「よろこんで引き取ります」と言ってくれる人に譲渡会を開き、そのたびに食事会もしながら部活動のように楽しんできました。引っ越しのときにも、このネットワークに助けられました。

次の人に使ってもらうと考える


問題は、書類や資料など本の整理でした。こちらは手にとると、過去を思い出すからです。

「この本は、出版当初はお金がなくて買えず、先輩に貸してもらっていたけれど、がんばって仕事をしてようやく自分で買えた」とか、「この書類は必死で書いた本のために集めた資料だ」とか、仕事の一場面、一場面が浮かびあがってくるのです。

私にとって本や書類は、まさに人生の一部。それらを捨てるなんて身を引きちぎられるようなつらい気持ちになりました。

しかし、いつまでも捨てられないと引きずっていては、引っ越しができません。発想を転換し、今後だれかのお役に立てるならと、古本屋に買い取ってもらったほか、世界名作全集などは「子どもに読ませたい」という人に譲りました。おかげで心が少し軽くなりました。

とはいえ、減らせたのは全体の4分の1程度。娘に命じられた「半分」にはとても到達しませんでした。

本というのは、何かを調べたいと思ったとき、すぐ開けるよう身近に置いておきたいものです。「これは手放してもいいだろうか?」「手元に残したほうがいいのでは?」などと考えているうちに、体力も気力も消耗していきます。それに、どうしても手放せないものだってある。片づけているうちに疲労困憊し、判断する気力もなくなっていきました。

そういうものに関してはあきらめ、片づけきれなかった本や書類は、「〝私有物処理費〟を遺産に上乗せするから、お願い!」と、最終的には娘に任せることにしました。

形見配布パーティーを


そのほか、自分で思いついて「いいアイディア!」だと思っているのは〝形見配布委員会〞を発足したことです。おしゃれは若いときから大好きで、アクセサリーやスカーフなどを集めてきました。

いずれも高価なものではありませんが、石や真珠は本物ですし、海外に行くたびに記念にと買い求めてきたスカーフは、新品がタンスの引き出し三つ分もあります。これらを、お世話になった人に形見分けしたいと考えています。

そのため、親しい人や仕事仲間、年下の親戚たちを〝形見配布委員〟に任命。このブローチはこの人に、あのネックレスはあの人に、と分配を考えてもらうことにしました。

ただし、アクセサリーに関しては、すべて合わせると結構な数になります。委員の頭を悩ませるのも悪いので、私が亡くなったあとには食事つきの〝形見配布〞パーティーを開いて、それぞれ好きなものを持って帰ってもらいたいと考えています。

形見の品を通じて縁をつないでもらえたら、こんなにうれしいことはありません。そのころ私は天国で、いや地獄かわかりませんけれど、その様子を見ているはず。「そのブローチはあなたより**さんのほうが似合うわよ」なんて注文をつけているかもしれません。 

※本稿は、『91歳、ヨタヘロ怪走中!』(婦人之友社)の一部を再編集したものです。

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