工藤公康「広岡式・西武の練習量はけた違い。でもその意味に後から気づき…」合氣道家・藤平信一が探る<頭で理解>と<体で覚える>の決定的違い

2024年3月29日(金)12時30分 婦人公論.jp


(写真提供:Photo AC)

どんな仕事もスポーツも勝って成果を上げるためには、妥協せず自分を追い込むほどの厳しさが欠かせません。一方でハラスメントを恐れるあまり、「ぶれなさ」「必死さ」を次の世代にうまく伝えられないリーダーが増えているのではないでしょうか。国内外の経営者が師事する「心身統一合氣道会」会長藤平信一氏のもとにも、指導者の悩みが多く寄せられています。厳しさとハラスメントの根本的な違いは何なのか?多くのリーダーを見てきた藤平氏が工藤公康さんらとの対話をもとに語ります。

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100メートルダッシュ100本って意味ある?


今回はまず「優勝請負人」と呼ばれ、チームを何度も日本一に導いた名将・工藤公康さんからうかがった現役時代の話を紹介したいと思います。
工藤:「西武での練習は想像を絶するものでした。いまなら、それを見た人が『いじめだ、シゴキだ』と騒ぎ立て、SNSで炎上するかもしれませんね。当時、キャンプが始まる3週間前、1月10日はユニフォームを着て“球団主導の自主トレ”が行われていました。
100メートルダッシュ×100本。これがウォーミングアップです(笑)。終えると足が動きません。そこにコーチが優しい声をかけてくれます。
『よく頑張ったな。明日は半分の本数にしてやる』と。翌日、本当にその通りになります。
200メートルダッシュ×50本。たしかに本数は半分になりましたが、総距離は同じ。
っていうか、さらにきつい(笑)。ただし、これはウォーミングアップです。そこから全体練習を行い、投手はピッチング1時間、ランニング1時間、強化1時間を行います。クールダウンでもコーチはストップウォッチを持っており、タイムトライアルなんです。」

頭で考えるより前に、瞬時に動けるようになる


工藤さんのお話は続きます。
工藤:「当時は『何でこんなことをしなければいけないんだ』と、不平・不満を抱えながらやっていました。もちろん、文句を言ったところでどうにもなりませんから、耐えるしかない。ほぼ強制的にやらされていた練習です。
ただし、そのときにはわかりませんでしたが、後になって気づくのです。この練習こそが、その後の野球人生につながっていたのだ、と。

この練習によって球が速くなったわけでも、変化球を会得できたわけでもありません。でも、プロとして生き残っていくための最も大切なことが身に付いているのです。
なにが身に付いたのか? ひと言で表すと“基礎”です。
ケガをしにくい体になった。反復練習に耐えられる体になった。そして、頭で考える前に瞬時に反応できる神経がつくられたのです。
これが『常勝西武』と言われた秘密です。広岡達朗監督は『管理野球』などと言われ、厳しいことで有名でしたが、それは事実の一側面をとらえただけです。広岡野球の根底には、徹底的な基礎づくり、土台づくりがあることを、私はこの身に刻んでいるのです」(以上、工藤氏)

最低ラインは四股を1000回


耐える練習については、九重親方(元大関・千代大海)も、同じようなことを話していました。以下にご紹介します。
九重親方:「力士の基本は“四股(しこ)”だと言われます。『四股なんて踏んでも強くならないだろ』と思うかもしれませんが、そんなことはありません。
工藤さんがやった100メートルダッシュと同じで、土台ができるんです。他の部屋では、だいたい200回くらい。よく踏む部屋でも300回くらいです。でも、うちは最低ラインが1000回なんです。一日1000回。
よく『強くなりたけりゃ人の3倍や5倍の努力をしろ』って言われますよね。理屈ではわかるんですけど、本当に実践する人は少ないです。だけど、うちの師匠(※先代の九重親方/元横綱・千代の富士)は『それを地でやってみろ』と言う。たとえば、こんなことがありました。
『先場所、お前が負けた相手を考えてみろ。あいつは四股を何回踏んでた?』
『わかりません。調べてみます』と言って、こっそり相手に探りを入れます。『師匠、あいつは100回でした』と、自信満々に言うと、こう返してくるんです」

千代の富士の腕立て伏せで、部屋の畳が擦り切れる


九重親方:「『じゃあ、なんでお前は1000回踏んでるのに負けるんだ? 踏み方一つに気持ちが入っていないからじゃないか? 1000回の時間を無駄に過ごした、お前の愚かさこそが、負けた原因なんじゃないのか?』と、師匠(先代の九重親方/元横綱・千代の富士)に言われました。
腕立て伏せもそうです。師匠は1000回、2000回、3000回とやったそうです。俺らが胸を張って『500回やりました』と言うと、『馬鹿野郎。それで足りてると思ってるのか?』と。
ホームランの世界記録を打ち立てた王貞治さんは、部屋で畳が擦り切れるほど素振りをして、一本足打法を完成させたという逸話がありますよね。じつは相撲界、というか、うちの部屋にも伝説があるんです。
『千代の富士が腕立て伏せをするから、九重部屋の畳は1か月もしないうちに擦り切れる』と。師匠はその当人ですからね。俺にこう言うんです。
『大広間は40畳も50畳もあるぞ。どの畳もつるつるで、きれいだな。お前たち、どういう生活してるんだ。畳がボロボロになるくらい、ふだんの生活も、寝ているときまで相撲のことを考えた“相撲漬け”の生活をしてみろよ。そしたら自然に強くなっていくから』と」(以上、九重親方)

数やりゃいいってもんじゃない


あらためて考えてみると、工藤さんも九重さんも、数字を伴った厳しさが、一つの基準になっていることが分かります。
ただし、「単に回数をこなせばいいってもんじゃない」ということも言っています。それは、工藤さんの師匠である、広岡達郎さんも同じです。


単に回数をこなせばいいわけではない(写真提供:Photo AC)

じつは広岡さんは長年、心身統一合氣道を学んでおられます。私の師匠(藤平光一)のときからですから、もうかれこれ60年以上になるでしょうか。91歳になった現在も、学び続けておられます。
つい先日も「少し歩きづらくなったけど、いまできることをやるんだ」と仰って、椅子に座り、スクワットを始めました。何回やられるんですか? と聞くと、「一日500回はやりたいね」と。驚きました。
工藤さんの話では、選手を厳しく鍛えたそうですが、ご自身にも厳しい、というか妥協がないのですね。
工藤さんは、この“妥協しない”姿勢について、次のように話してくれました。
工藤:「お前ら、ただやってるだけじゃダメなんだよって、監督(広岡さん)は言うんですね。でも、若かった私たちは、どうしていいかわからない。“一生懸命にやってます”ってフリをしても意味ないですからね。だから黙ってたら、監督がこう言うんです。
『ファーストベースにカバーに行くのに、目をつぶって全力で走り、ベースを踏めなきゃダメだ』って。

緊迫した場面でミスしないために


「そんなのムリって思いましたね。だって、投手と内野手の連係プレーって、私たちは小学校からずっとやってきてますから。目をつぶってなんてできるわけがない、と思うわけです。
すると、監督が言うんです。『工藤、お前いま、できるわけないって思っただろ? そうやって、頭の中で、できないって思っているうちはできないよ』と。
で、とにかく毎日、ベースを見ないようにしてカバーに入る練習をする。『たぶんこの辺だろう』と言いながら失敗して、『じゃあこの辺か?』と失敗して。でも、何日も何日もくり返しているうちに距離感がつかめてきて、『あ、この辺だ』と思ってポンと踏んだらベースがあるんですよ。不思議とできるようになるんですね。
それで気づくんです。頭で理解しているうちは、まだまだなんだ。体で覚えることが、プロとしての技術を身に付けることになるんだ、と。それには、単に回数をやるのではなく、考えながら、感覚を研ぎ澄ませながらやる必要がある。
あと、やっぱり『できない』って思ったら、できないんですよ。監督は、それを無言のムチャぶりの中で教えてくれたんです。こうやって、技術が体の中に入ると、緊迫した場面でも、ミスが出なくなるんです」(以上、工藤氏)
※本稿は『活の入れ方』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。

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