手がちぎれるほど瓶をふって混ぜていたのは無意味だった…カンタンなのに美味しすぎる本場<フレンチドレッシングレシピ>と<より美味しくなる裏技>紹介
2024年4月1日(月)12時30分 婦人公論.jp
(写真提供:Photo AC)
外務省発表の『海外在留邦人数調査統計』(令和4年度)によれば、フランスには36,104人もの日本人が暮らしているそう。一方、40代半ばを過ぎて、パリ郊外に住む叔母ロズリーヌの家に居候することになったのが小説家・中島たい子さんです。毛玉のついたセーターでもおしゃれで、週に一度の掃除でも居心地のいい部屋、手間をかけないのに美味しい料理……。 とても自由で等身大の“フランス人”である叔母と暮らして見えてきたものとは?
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普段食べるものはいたってシンプル
叔母ロズリーヌの長女、ソフィーは私より三つ年下で、彼女も四十代になった。叔母に似てすらりとしていて、勉強家であり、都会派でもある。
「パックス」というフランスでは法的に認められている事実婚の夫がいて、子供は小学生の男の子が二人。ガブリエルとマルタンは、クォーターになるけど、日本の血を探すのは難しいぐらい色が白くて目が大きくて、童話に出てくる王子様のよう。
マルタンが生まれてすぐに病気をした経緯もあり、ソフィーは普段から食べるものにとても気をつかっている。それを知らず、日本からのお土産に子供たちが喜びそうな、でも体に悪そうな駄菓子を山ほど持ってきた私は慌てて隠し、それは旅行中の私の非常食となった。
とはいえ、日本と同じだなと思った。私の友人などもそこそこ余裕がある家は、自分はさておき子供の健康のために選んで食材を買っている。
フランスにもナチュラル系のスーパーがあり、若い女性や、子供を連れたお母さんが買物をしていた。ソフィーも、ほとんどの食材をその手の自然食品店で買ったり、届けてもらったりしていた。
おかげでフランスに到着した日から、こちらも厳選された食材を味わうことになり、外で安いランチなどを食べるとクオリティーが低いのがわかってしまう。けれど、毎食が贅沢というわけではない。ソフィーたちが普段食べるものはいたってシンプルで、驚くほどだ。
ドレッシング、混ざってなくても、いいのです
ソフィーから教わったレシピで、私が一番頻繁に作っているのは、フレンチドレッシング。
本場ではヴィネグレットソースと呼ばれるものだけど、これも私の中で概念が大きく変わった。私が子供の頃は、市販のものも今ほど種類がなくて、母がドレッシングもマヨネーズも作っていたけれど、手作りはいまいちパンチがなく、たまに市販品を使うと味が濃くて美味しいと思ったものだ。
またアメリカに留学したとき学食にあったそれは、もったりと乳化したものばかりで何種類も選べて、サラダにかけやすくて喜んでいたら、みるみる太ってしまい、最後の方はコックさんにビネガーだけをもらってかけていた。
そしてこの歳になってくれば、買ってきたものは味が濃すぎるし、とはいえ自分でちゃんと作るのは面倒。ドレッシングというものに対して、どうも落としどころがなく不満のようなものがあったが、ソフィーのキッチンでそれが見事に解決された。標語にすればこうなる。
ドレッシング、混ざってなくても、いいのです。
分離ドレッシングと裏技があれば
ソフィーが冷蔵庫から出してきたドレッシングは、カフェオレボールになみなみと入っている緑色のオリーブ油の底に、ディジョンマスタード(辛くないフレンチマスタード)の固まりが沈んでいるものだった。
(写真提供:Photo AC)
もちろん塩コショウ、バルサミコ酢などのビネガーも入っているが、作るときも食べるときも、無理に混ぜあわせる努力はせず、完全に分離しているものをスプーンで数回、簡単に混ぜて、かけるだけ。これがシンプルだけど、美味しい。
オイルもビネガーも、上等なものを使っているからではあるけれど。食べる前に、ドレッシングのビンを手がちぎれるほどふっていた、あの行為はいったいなんだったのだ? と思ってしまった。
白く乳化させることの意味も、今となってはまったくわからない。玉ねぎやニンニクなども入れなくていいのね、と思ったが、以前、私の母がロズリーヌから教わったというテクニックを、ふと思い出した。
それはニンニクの切り口を、サラダボールの内側にくるくると二、三周こすりつけるだけ、というもの。そのボールに生野菜を盛れば、いい香りがうつり、ニンニクそのものは口に入らないから強くなくていい。分離ドレッシングとその裏技があれば、もう充分だ。
保存しておけるトマトソース
ソフィーからは、多忙な母親らしいレシピも教わった。保存しておけるトマトソースだ。
ざく切りにした玉ねぎとニンニクをオリーブ油でよく炒めてから、生のトマトとローリエを入れて煮込む。煮詰まったらブレンダーにかけて、塩コショウで味をつけるだけ。叔母のアイスクリームと同様に、彼女もそのオレンジ色のなめらかなソースをガラスのビンに詰めて、冷凍室で保存していた。
これをかけると子供がなんでも食べるといってパスタや茹でた野菜にかけて食べさせていたが、子供でなくてもあとをひく美味しさで、すっかり我が家の定番になっている。茹でたパスタをそのトマトソースであえて、バジルの葉とパルメザンチーズをのせれば、立派なメニューになる。
ソフィーは完熟トマトを贅沢に使っていたけれど、日本はトマトも季節によっては高いから、私はトマト缶で代用することも多い。それでも美味しいものができる。作ったそばから完食してしまうので冷凍することもないけれど。
不透明さがない
ドレッシングにしろ、トマトソースにしろシンプルで、少ない手間で作れるからありがたいレシピだ。でも、シンプルなものこそ、素材が良くないと美味しくない、ということがある。
私の場合、金に糸目をつけないで材料が買えるほど、生活に余裕はない。オリーブ油など輸入ものになればなおのこと、選びだしたら大変な値段になってしまう。それでも、たとえ高価なものを使えなくても、シンプルなものを作ることが、今の時代には必要かもしれない。叔母と同じく、物を多く置かないソフィーのキッチンを見て思った。
ここでは、自分がなにを食べているかがよくわかり、不透明さがない。
添加物を加えて無理に乳化させてあるものは、扱いやすく舌に心地よいけれど、なにが入っているかもよくわからないし、自分がなにを食べているかも、あまり考えなくなってしまう。
「ドレッシング」というくくりではなく、オイル、ビネガー、スパイスを、個々に感じつつ、舌の上で初めて調和させて楽しむと、素材の味にも結果、敏感になってくる。
週末に時間をかけて作るような手のこんだフランス家庭料理もいくつか教わったけれど、結局、日本に帰ってきてから一番作っているのは、簡単にできる四角いバゲットと、ドレッシングと、トマトソースだ。
どれも彼女たちが使っているほど良い素材は使っていないけど、同じ値段のトマト缶でも、こっちは美味しいとか不味いとか、味に少し敏感になってきたように感じる。
※本稿は、『パリのキッチンで四角いバゲットを焼きながら』(幻冬舎文庫)の一部を再編集したものです。
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