【ネタバレ解説】『片思い世界』が賛否両論になった8つの理由。特殊な設定なのに“説得力”がないワケ
2025年4月16日(水)20時15分 All About
『花束みたいな恋をした』の脚本・坂元裕二と監督・土井裕泰のコンビの最新作『片思い世界』が賛否両論を呼んでいます。その理由を前半はネタバレなし、後半はネタバレ全開で解説しましょう。(※画像は筆者撮影)
映画.comでは3.8点やFilmarksでは4.0など、レビューサイトでの平均点は高く、絶対数としては絶賛の意見の方が多いのですが、映画ファンからの「合わない」といった拒否反応、あるいは「今年ワースト」という酷評も目立っているのです。
なぜ『片思い世界』がここまで好き嫌いが分かれるのか。まずは3つまでをネタバレなしで、4つ目以降は警告後にネタバレ全開で記してみます。筆者個人としては、『片思い世界』にははっきり否定的な立場であり、この記事でも批判が多くなることをご容赦ください。
1:ネタバレ厳禁要素そのものが賛否?
今回の『片思い世界』の大きな特徴の1つが、「重要な要素が伏せられている」ことです。公式Webサイトのあらすじや予告編では隠されている「秘密」が、劇中でサプライズとして機能していました。ただし、個人的には後述するように、その重要な要素の説得力がかなり欠けていることと、それに付随してセンシティブな事象についての「注意喚起」ができなくなっていることが問題だと思います。その「ネタバレ厳禁」の前提を踏まえて、良くも悪くも「思っていた内容とは違った」ことも賛否を呼ぶ理由でしょう。
ただ、映画公開から6日後の4月10日より、公式X(旧Twitter)ではその秘密が解禁されています。公式側から重要な要素をむしろアピールする方向へとシフトしたともいえますが、確かに何も知らないまま「種明かし」の瞬間に立ち会ってこそ、得難い映画体験ができたのは事実です。それを期待する人は、先に劇場に足を運んだほうがいいでしょう。
2:『花束みたいな恋をした』とは異なる路線
本作の目玉は、絶賛を浴びた『花束みたいな恋をした』の脚本・坂元裕二と監督・土井裕泰のコンビの最新作であることです。しかし、前述した隠された重要な要素のほか、後述するようにアニメ作品のようなエモーショナルな作劇や演出も目立っており、そちらとはかなり異なる作風になっていました。『片思い世界』は、『花束』のように恋人同士のささいなすれ違いで物語が進むわけではない、そもそも恋愛が(物語を構成をする一要素ではあるものの)メインの内容でもないため、同じ路線を求める人にとっては、悪い意味で期待を裏切るものだったのかもしれません。
12日に公開されたMOVIE WALKER PRESSのインタビューで土井監督は「ヒットした作品のあとだと、同じ路線のものを期待されがちですが、なんとなく坂元さんからは『花束』の時とはまったく違う方向へ向かいたいという想いを感じていました」などと答えています。意図的にせよ「『片思い世界』は『花束』とはまったく異なる内容である」ことを踏まえて見たほうがいいでしょう。
3:アニメ的な文脈で作られている
本作は実写作品でありながら、「アニメっぽい」印象を持つ人が多くいます。前述した隠された要素のほか、「しっかり者の美咲」「真っ直ぐなさくら」「好奇心旺盛な優花」という3人の主人公のキャラクター付けなどが、その理由でしょう。坂元裕二は広瀬すず、清原果耶、杉咲花の3人に「当て書き」をしており、俳優それぞれの個性も生かされていて確かに魅力的ではあるのですが、性格や言動はやはりやや極端なため、悪い意味で現実離れしていると感じた人もいるようです。
実は、本作のアニメっぽさもまた意図的なものです。劇場パンフレットで、坂元裕二は「もっと強いストーリーを作らないといけない」と感じた理由について、「いまの日本の映像業界はアニメ作品に支えられて成立してますよね。実写作品はアニメが描いてるものから逃げずに、ちゃんと向き合うことを意識して作らないといけないんじゃないか」「多くのアニメには目的意識の強い設定と物語があって、実写もそこを明確にしないと、アニメと向き合うことにならない」と語っているのですから。
なるほど、終盤のエモーショナルな演出と作劇もまた、アニメらしい目的意識の強い設定と物語そのものだと納得もできるのですが……個人的にはその終盤の展開がまったく納得できない、物語として成立していないとさえ思えるほどのもので、「エモさ」が強調されればされるほど、かえって冷めてしまうという、とても残念なことになってしまいました。
また、実写ではやはり現実そのままが映される「リアル」なため、抽象的な表現が可能なアニメよりも、フィクションとして許容できるハードルが高いともいえます。もしかするとアニメではスルーできたかもしれない「引っ掛かり」が、実写作品ではより厳しく感じてしまった、ということかもしれません。
さて、ここからはネタバレ全開で、さらなる『片思い世界』が賛否両論を呼ぶ理由、個人的に決定的に「合わなかった」理由を記していきましょう。鑑賞後にお読みください。
※以下、『片思い世界』の結末を含むネタバレに触れています。
4:幽霊の設定に説得力が欠けている
本作の「秘密」は、主人公3人が幽霊だったということ。それまで彼女たちがほかの誰とも相互的にコミュニケーションを取れていないような、「自分たちの世界」だけにいるような違和感の正体が、コンサートのシーンで「誰にも見えていないし誰にも声が聞こえていない」ことで明らかになるサプライズになっていたのです。ただ、個人的にはこの幽霊にまつわる作品内のルールがあいまいで、とても飲み込みづらいものに見えてしまいました。「人からぶつかられる」のに「自分からは物理的な干渉ができない」ように見えるのも矛盾しているように思えましたし、12年間も「一緒にご飯を食べている」という彼女たちにとって、「スーパーに行っていたりするけど、それでいて食材はこの世界で自然に湧き出ているものなの?」などと疑問も生まれてしまいます。
劇中では大学の授業を踏まえて「ニュートリノ」「多元宇宙」といったSF的な解釈をさせる要素もありますが、これらが「後付け」の「説明」にすぎず、かえって設定のアラをより目立たせ、逆効果になってしまっているとさえ思えました。
5:「現実の世界にコミットできない」設定である
それよりも問題だと思えたのが、この幽霊の設定が、エンターテインメントにあまり昇華されていないことです。結末も含め「幽霊の3人が結局は現実の世界に何もコミットできない」のは意図したことではあるのでしょうが、結果的に映画としての面白さも大きく損ねていると思えました。比較対象として分かりやすいのは、1990年の映画『ゴースト/ニューヨークの幻』です。こちらは、暴漢に殺され幽霊となった男性が、恋人を助けるためにあらゆる手を尽くし、唯一コミュニケーションが取れる霊媒師がイヤイヤながらも彼に協力する様が面白い作品でした。
対して『片思い世界』では、例えば序盤で車に取り残された赤ちゃんを助けようと、3人は必死で道ゆく人に「助けてください!」と叫ぶばかりで、結局はたまたま通りがかった男性たちが赤ちゃんを見つける、という展開に見えます。
彼女たちは12年間も幽霊として暮らしているのだから、それが徒労に終わることは彼女たちも分かりきっているのではないかとも思えますし、個人的にはこの時点で幽霊という設定の面白さに期待できなくなってしまった、はっきり言えばその後はずっと退屈に感じてしまったのです。
また、現在公開中の同じく坂元裕二の脚本作品である『ファーストキス 1ST KISS』では、まさに「次のループでは夫を救うためにこうする」という、「ループもの」の定番とも言える試行錯誤こそがエンタメになっていました。
対して『片思い世界』では『ゴースト/ニューヨークの幻』などにある「幽霊もの」の面白さがあまり詰められていない、意図的にせよそこを捨てているようにさえ思えたことが、あまりにもったいなく思えました。
※以下からは映画『怪物』、漫画および劇場アニメ『ルックバック』、映画『ラブリーボーン』の一部展開に触れています。ご注意ください。
6:あまりに不誠実に思えた「犯人」の顛末
幽霊になった3人は、12年前の殺人事件の被害者です。現実でも児童たちが犠牲になる凄惨(せいさん)な事件は起きており、明らかにそれらを想起させるセンシティブな題材でありながら、それを含めて作品の内容が「ネタバレ厳禁」であるというのは、同様の被害に遭った人(あるいはフラッシュバックをしてしまう人)に対しての「注意喚起」すらできない状況を生んでおり、やはり問題ではないか、とも思えるのです。さらなる問題は、劇中の「犯人」の描写です。出所した犯人に、その被害者の母親が包丁を持って、娘を殺した理由を知りたいから会いに行くという展開から納得しづらいものになっています。
それだけならまだしも、その犯人が母親を襲おうと追いかけていき、さらに犯人を「車に轢かせる」という事故で「処理」をするのは、あまりに不誠実です。「無理やりにでも犯人に報いを与えないといけない」という、作り手の勝手な都合さえ感じてしまうほどでした。
同じく坂元裕二の脚本作品である『怪物』では、客観的には「怪物」にも思える人物の多面的な視点を示す作品だったのに、この『片思い世界』は「空虚」な犯人像として単純化してしまっているように思えました。
また、強く連想したのは、2009年の映画『ラブリーボーン』です。こちらは14歳で殺された少女を主人公としたファンタジーであり、『片思い世界』と完全に同じではないものの、犯人の描き方や結末が賛否を呼んでおり、個人的にはかなりの居心地の悪さを感じてしまった作品でした。
さらに、絶賛の声が寄せられた漫画および劇場アニメ『ルックバック』でも、現実に起きた事件を強く連想させる出来事があり、こちらもネタバレ厳禁にすると注意喚起ができない、当事者を傷つけてしまうのではないかという大きな論点はあるものの、「創作」にまつわる物語としてはとても誠実なものだと個人的には受け取りました。
これらの作品と比較した上で、『片思い世界』の評価が変わる人も、少なくはないでしょう。
7:「灯台」に向かう終盤の展開の問題も
さらに問題なのが、とある終盤の展開。登場人物たちがラジオから聞く「思いを伝えて特定の時間に灯台に行けば、元の世界に戻れる」という情報そのものに根拠が薄く、その条件もあいまいです。広瀬すず演じる美咲がこのラジオに対して「妄想」などと批判をしていましたが、それを上回る説得力が劇中には必要だったのではないでしょうか。清原果耶演じるさくらが犯人へ、杉咲花演じる優花が母親に思いを届けられたかどうかもかなりあいまい、むしろやはり何もコミットできていないという事実が示されていたとさえ思えるのですが……それでも彼女たちが灯台に向かうこと、あまつさえ美咲は誰にも思いを伝えようとしないまま、灯台で「飛べー!」とみんなで叫んでしまうことにがく然としました。
しかも、その灯台のシーンの後で、美咲と横浜流星演じるスーパーの店員・高杉典真との物語が決着するのです。せめて、このエピソードは灯台のシーンの前に置いて、「思いを伝えられたかもしれない」と思わせる必要があったはずでしょう。
このように、エピソードの提示の順番に違和感を覚えるだけでなく、典真とコンサートに行った小野花梨演じる女性や、諏訪珠理演じる上司に悪態をつく水族館の同僚といったキャラクターが登場しなくなり、それぞれのエピソードが中途半端に投げ出されたような印象も持ってしまいました。もっと焦点を絞った作劇も必要だったのではないでしょうか。
8:とても残酷な物語に思えてしまった
個人的には、この『片思い世界』は、ものすごく残酷な話だと思いました。何しろ主人公3人は「引っ越しはするけど、このまま幽霊としてあの世界に居続ける」という結末なのですから。もちろん、結果ではなく彼女たちの「過程」「これまで」を肯定することこそが物語の主眼であり、それは3人の合唱シーンで見事に表れていたと思いますし、坂元裕二の脚本作品の多くに通底する尊さでもあると思います。
それを踏まえてもなお、いやだからこそ、彼女たちが幽霊という「本来は見えない存在」のままで居続けてなければならない「片思い世界」は、彼女たちにとって幸せに過ごせる場所なのだろうか、もはや「煉獄(れんごく)」そのものではないか、と思えてしまったのです。
まとめ:素晴らしいポイントもとても多かった
批判ばかりを述べてきましたが、『片思い世界』には素晴らしいポイントがたくさんあります。特に、主人公3人が「片思い世界」で「生きていた」ことが伝わる、良い意味で「幽霊っぽくなさ」がある美術、衣装、撮影は素晴らしいものでした。3人の暮らしと現実では廃墟と化した住まいとの対比も面白く、シーンそれぞれがポストカードにしたいほどに美しいこと、それをスクリーンで堪能できることに大きな価値がありますし、オリジナルの合唱曲『声は風』も耳に残ります。
総じて、「理屈」で本作を捉えると、細かいところが気になったり、欺瞞(ぎまん)を感じてしまい、否定的になる。「感覚」で本作を見た人は、数々の美点を素直に受け取ることができて、肯定的になる。それこそが、賛否が極端に分かれる理由なのかもしれません。
個人的には、SFまたはファンタジーへの挑戦そのものをとても応援したいです。恋愛要素が定番化しつつある日本の映画やドラマにおいて「風穴を開ける」試みでもあると思いますし、『ファーストキス 1ST KISS』はまさにそれが成功して、興行的にも批評的にも素晴らしい結果を残したのですから。
また、『片思い世界』は土井監督も乗っていた車が事故に遭い、大幅な公開延期が余儀なくされた作品でもありました。その結果として『ファーストキス』と公開時期が近くなり、より比べられることになったのは、作り手としても不本意だったのかもしれません。
しかし、同じくSFファンタジーである『片思い世界』があったからこそ、『ファーストキス』も生まれたのだろうと思える流れもあり、引き続き坂元裕二作品は追いかけていきたいという思いが新たにできたのも事実です。次回作に、期待をしています。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
(文:ヒナタカ)