新境地となるシリーズ作品、開幕――『嘘と隣人』(芦沢 央)

2025年4月24日(木)7時0分 文春オンライン


『嘘と隣人』芦沢 央(文藝春秋)


『汚れた手をそこで拭かない』『火のないところに煙は』『夜の道標』など、近年のミステリ・ランキング常連でイヤミスの名手として知られる芦沢央さんによる待望の最新作『 嘘と隣人 』が2025年4月23日に発売になりました。


 本作は、刑事の仕事を定年退職した平良正太郎が活躍する連作ミステリ。主人公を“退職刑事”にしたのにはどんな狙いがあったのか。最新作への思いを語ってくれました。


◆◆◆


「過去と現在で事件に対する向き合い方が明確に異なる人を描いてみたかったんです。収録作で最初に書いたのが『アイランド・キッチン』で、ふとしたことから現役時代に担当した事件を思い出した正太郎が、そこに別の真相を見出す、というものでした。


 刑事時代は事件解決が仕事ですから、なぜ事件に向き合わなければいけないのかを考える必要がなかった。ですが、退職後は捜査権限も調べる義務もない。昨今のミステリでは、なぜ探偵役が事件に関わり、その推理が周囲に受け容れられるのか議論になるのですが、主人公を退職刑事にすることで、現役時代には考えなかった側面についても考えざるを得ないのではないか。そう思ってキャラクターを設定しました」


 時が経ち、立場が変わることによって違った景色が見えてくる。それは正太郎個人の変化に留まらず、近年の急速な社会情勢、価値観、倫理観の変化についても当てはまる。


「現代社会においては正しさや倫理観って急速に変わり続けていますよね。だけれど、価値観のアップデートは歳を重ねれば重ねるほどしんどくなる。過去の自分を否定しなければならなくなるから。そういう状況のなかで正太郎がどう事件に向き合っていくのかも本作では考えてみたかったんです」


 通常の刑事モノと一線を画すのはこれだけに留まらない。主人公の事件との出会いからして独特で、退職刑事という設定が活かされている。


 たとえば第一話「かくれんぼ」。外出先で出会った娘のママ友に自転車を貸してほしいと唐突にお願いされる導入を経て、正太郎は思いがけず事件に関わっていくことになるのだが……。


「身近な題材を描いているけれど、“日常の謎”ではなく、刑事事件を扱いつつも警察ミステリにはしないという、自分なりの縛りを設けて作りました」


 また、終盤でのどんでん返しでも短篇の名手の腕が光っている。それまでの物語の見え方が一変し、背筋が寒くなるような恐ろしさを湛える。芦沢ファンならずとも読み応え十分だ。


 ちなみにこの平良正太郎、このほどテレビドラマ化もされる『夜の道標』にも主要キャラクターのひとりとして登場するほか、弊誌でも続編となる作品も執筆予定。これからの芦沢作品のキー・キャラクターとしてどんな展開をみせるのか、目が離せない。



あしざわ・よう 1984年生れ。2012年『罪の余白』で野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。23年『夜の道標』で日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)受賞。



( 「オール讀物」5・6月号 より)


(芦沢 央/文藝出版局)

文春オンライン

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