小説から映画が生まれ、映画から再び小説が生まれた“奇跡”のコラボ…『花まんま』原作者と映画監督が語る
2025年4月25日(金)7時0分 文春オンライン
映画『花まんま』が4月25日(金)より公開となる。 朱川湊人さんの2005年直木賞受賞作 を原作とし、映画『そして、バトンは渡された』『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』の前田哲監督がメガフォンをとった感動作。
映画公開を記念して、原作者・朱川湊人さんと映画監督・前田哲さんの対談が実現した。小説と映画の関係性、俳優たちの力、そしてお二人の共通点とは。

〈〜映画『花まんま』あらすじ〜
鈴木亮平さん、有村架純さん演じる、大阪の下町で暮らす二人きりの兄妹、俊樹とフミ子。
フミ子の不思議な記憶を巡って、物語は動き出す。〉
◆◆◆
——朱川さんご自身も映画にご出演されたそうですね。
朱川 プロの俳優さんたちがお芝居しているところを、今までもちょこちょこ見たことはあったんですけど、あんなに本格的に近くで見たのは初めてだったんで緊張しました。
「お願いします!」というセリフの次が私のセリフだという説明を受けていたんですが、誰がそのきっかけのセリフを言うのかもわからないまま本番が始まって(笑)。しばらくして鈴木亮平さんの声で「お願いします!」が聞こえて、「おかわり!」と一言を発しました。あれは難しい芝居でした。
前田 (笑)。朱川さんの振り向く演技はすごく自然だったんですよ。あれも考えてくださったんですか?
朱川 そうです、かなり考えましたね。
前田 「こういう人いるな」っていう感じに見えてよかったです。自然なのが一番ですから。
朱川 映画の現場って何回も同じシーンを撮るじゃないですか、そのなかでファーストサマーウイカさんがアドリブを入れてこられたときがあって、こっちは「えっ!」ってびっくりしちゃって(笑)。でもそういうアドリブ的なものこそが自然なお芝居ってことなんでしょうね。
前田 僕は芝居はリアクションだと思ってて。亮平さんは「反射」という言葉を使われるんですが、たとえば主人公の兄妹が面と向かって対峙するシーンでは、背の高い兄の俊樹がぐっと迫って上の方からものを言うのに対して、反発するように強く妹のフミ子の応答が生まれる。お互いに対するリアクションこそが芝居なんです。亮平さんも架純さんも、お二人ともそれができるし、相性もとてもよかったと思います。
映画を見て、幸せな気持ちに
——原作小説は、俊樹とフミ子という兄妹の子供時代を、俊樹が回想する形で描かれています。一方映画は、原作では描かれていない二人の大人になってからの姿を主軸に物語が進んでいきます。朱川さんはその点についてどのようにご覧になりましたか?
朱川 僕は映画になったときに「あの原作をこんなふうにしてくださったんだ」と思えるほうが楽しいんですよね。今回は原作のシーンはまるまる入ったうえで、その先の二人がどんなふうになったかを広げてくださっている。それが僕が納得できるものだったので一つの文句もありませんでした。
前田 17年前くらいからこの作品は映画にしたいとずっと思っていたんです。本当に忘れられない、凝縮された物語だったので。でもやっぱり子供だけのお話だとメジャーな映画にするのが難しいというところがあって。僕が人生で初めて書いたシナリオも小学生二人のお話だったんですが、映画化できなかったんです。そういう経験があったので今回どうやって形にしようかとずっと考えていました。原作の最後の3行にフミ子が結婚することになって兄として肩の荷が降りたと書かれてます。子供時代からそこにたどり着くまでには間がある。だからそこを想像して作っていこうと思ったんです。
朱川 原作を書いたときに「フミ子、ごめんな」という気持ちがあったんですよ。ちょっと我慢させるような終わらせ方だったから、かわいそうだったなって。だからフミ子のその後の姿を見せてくれて、こちらも幸せな気持ちになりました。
——お二人とも子供を主人公にした物語がお好きなようですが、なぜですか?
朱川 子供って、さすがに人生を始めたばかりなだけあって、いろんなものが琴線に触れる。大人にとっては大したことじゃないことも、子供だったら面白かったり怖かったりするわけじゃないですか。あのときの感覚はもう戻ってこないけど、だからこそやっぱり子供の感覚って好きなんですよね。
前田 初めて世界と触れていくっていう感覚ですよね。フラットであり、ある意味残酷である。むき出しで、無垢。初めての出会いを通して子供たちの世界が広がっていく感じが、僕はすごく映画的だなと思っているんですよね。未だに戻りたいですもん、子供に。
朱川 僕もですよ。あの頃の感覚に戻って、70年の大阪万博とか行ってみたい。
前田 今も膝カックンとか仕掛けたくなるもん(笑)。肩ポンポンして頬っぺたに指をきゅって刺すやつとか。
朱川 わかります(笑)。
会った途端に「あ、駒子や!」
——大人になってからの物語が繰り広げられるなかで、映画オリジナルのキャラクターが複数登場します。ファーストサマーウイカさんが演じる、兄妹の幼馴染でお好み焼き屋の看板娘の駒子もそのうちの一人です。
朱川 京都の撮影を見学させてもらったんですが、みなさんの演技の爆発力がすごかったです。直接お会いしたのは鈴木さん、有村さんと鈴鹿(央士)さん、ファーストサマーウイカさん、オール阪神さんでしたが、みなさんぽーんと話に勢いをつけてくれるというか。特にウイカさんはそういうところがあると思うんですよ。見方によればただの大阪の姉ちゃんなんですが、こういう姉ちゃんがいるから、いい。
前田 キャスティングにおいてもウイカさんと(鈴鹿)央士くんは早い段階から決まっていましたね。会った途端に「あ、駒子や!」となりました。
——そんなウイカさんたちの姿を見て、新たな物語が生まれたと聞きました。
朱川 撮影現場が「書きたくなる」空気に満ちてたんですよ。
前田 うれしいですね。
朱川 『花まんま』の着想元として、金子みすゞさんの「花のたましひ」という詩があります。その最後の一行に花は散った後も子供のままごとのご飯になるというところがあって、そこから弁当箱にお花が詰まっている「花まんま」をイメージして書いたんです。そして『花まんま』には書けなかったですが、いつか金子みすゞの詩で言われているような、何でも人にあげちゃう人の話を書きたいと思っていたんですよ。その人のイメージは何となくできてたんですけど、この人を動かすにはどうすればいいかなって答えが出なくて。
ウイカさんが演じる駒子に会った時に、その答えが見えました。「こんな姉ちゃんがおったら、全部連れてってくれるやん」って。ちゃきちゃきと引っ張っていってくれるキャラクターがいれば、書きたかったキャラクターも書けるとわかったんです。
——そうして生まれたのが書き下ろしの新刊『 花のたましい 』の表題作「花のたましい」だったんですね。
朱川 ウイカさんが演じてくださった駒子を視点人物に、映画よりも少し前の時点のお話を書きました。智美という腐れ縁の幼馴染とのちょっと切ない物語です。そうして書いてみると、駒子の横にいた、オール阪神さん演じる三好のおじさんの子供時代も書きたくなって、どんどんどんどん広がっていきました。
——2篇目の「百舌鳥乃宮十六夜詣」ですね。
朱川 オール巨人さんも主人公・俊樹の勤める工場の社長役でご出演くださっていますが、オール阪神さん演じる三好のおじさんの話を書くなら、そちらにも出てきてもらわないとと。僕の中でお二人を別々にするという考えはなかったので(笑)、子供のころからの友達という設定にさせてもらいました。僕らしい不思議なお話になったと思います。
3篇目の「アネキ台風」は、『花まんま』の主人公・俊樹が“アニキ風”を吹かせるタイプなので、それなら対比として“アネキ風”を吹かせる主人公も書きたいなと思って書きました。
何よりの賛辞をいただいたような気持ち
——4篇目「初恋忌」はそれまでの3篇と比べるとちょっと独特な作品ですよね。
朱川 『花まんま』にはある事件で若くして亡くなった女性・繁田喜代美が登場します。小説では喜代美の過去についてはあまり書かなかったけれど、もちろん彼女にも子供時代があって、彼女のことが好きな男の子とかもいたんだろうなと思って。それを今回書いてみようと思ったんです。
前田 僕は「アネキ台風」と「初恋忌」が特に好きでした。実は映画製作中に、喜代美(演・南琴奈)の成人式の写真も撮ったんですよ。結局映画には入れなかったんですが。「初恋忌」を読んだら入れておいてあげたかったなと思いました。
朱川 そんなものも用意してたんですか! たしかに見たかった気持ちにもなりますね。
前田 朱川さんと同じで、喜代美にもちゃんとそういう時代があって、みんなで成人式をお祝いしたりした思い出があったっていうことを映画で描けたら、繁田家も救われるんじゃないかなと僕も思っていたんですよね。
先ほど朱川さんが映画を見て「幸せな気持ちになった」とおっしゃいましたが、それはこちらも同じで。僕らが作った映画への返答として、こうして新しい物語を本にしてくださったというのが、何よりの賛辞をいただいたような気持ちです。次に何を返せばいいのかなと思うくらい。物語を書くってものすごくエネルギーが要るし、情熱も必要じゃないですか。だからもう驚きでしたし、出来上がったものを読んでみんなしてダーッて泣いて感謝感激雨霰でしたよ(笑)。
朱川 ありがとうございます。映画と小説、どちらにも触れることで、あの世界がもっと広がってくれたらうれしいですね。
映画『花まんま』情報
〈■2025年4月25日(金) 全国公開
■キャスト:鈴木亮平 有村架純
鈴鹿央士 ファーストサマーウイカ 安藤玉恵 オール阪神 オール巨人
板橋駿谷 田村塁希 小野美音 南 琴奈 馬場園 梓
六角精児 キムラ緑子 酒向 芳
■原作:朱川湊人『花まんま』(文春文庫) ✿第133回直木賞受賞
■企画協力:文藝春秋
■監督:前田 哲(『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』『そして、バトンは渡された』『九十歳。何がめでたい』ほか)
■脚本:北 敬太
■イメージソング:AI「my wish」(UNIVERSAL MUSIC / EMI Records)
ⓒ2025「花まんま」製作委員会〉
小説『花のたましい』情報
〈■2025年3月24日(月)発売
■定価:1650円(本体1500円+税10%)
■全4篇収録(「花のたましい」「百舌鳥乃宮十六夜詣」「アネキ台風」「初恋忌」)
■ISBN:978-4-16-391952-2
■ 詳しくはこちらから 〉
(第二文藝部)