丸山ゴンザレス 総延長300kmを超えるというパリの「地下迷宮」の奥深くで一服。誰もいない暗い空間に流れていく煙の向こう側に、会ったこともない連中のことを考える

2024年4月25日(木)12時30分 婦人公論.jp


(写真:丸山ゴンザレス)

ジャーナリストの丸山ゴンザレスさん。危険地帯や裏社会を主に取材し、現在はテレビに加えてYouTubeでも活躍中です。その丸山さんに欠かせないのがタバコ。スラム街で買ったご当地銘柄、麻薬の売人宅での一服、追い詰められた夜に見つめた小さな火とただよう紫煙…。旅先の路地や取材の合間にくゆらせたタバコの煙がある風景と、煙にまとわりついた記憶のかけらを手繰り寄せた丸山さんの異色の旅エッセイ『タバコの煙、旅の記憶』より「パリで出会った景色」を紹介します。

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パリの地下


2023年、まだ厚手の上着が必要な春先に花の都・パリの地下にいた。地下鉄ではないし、何かの比喩でもない。文字通りの地下である。

以前からパリに地下空間が存在しているのは知っていた。そこを取材することになった。

通常、パリを訪れる人はファッション、グルメ、美術、歴史、街並みなどのカルチャー目当てのことが多いだろう。俺もこの街のカルチャーとしての地下探索を目的にしていた。それほどメジャーではないかもしれないが、地下探索は歴史のあるカルチャーなのだ。

だから街ゆく人にインタビューして「地下を見たい」「地下探索をしたい」と言っても怪訝な顔をされることもない。それどころか自分も入ったことがあるという経験者に出くわすことも珍しくない。

ただし、「どこから入れますか?」と質問すると「今はわからないな」と一様に渋い感じになってしまう。いざ始めてみると、本当に入り口が見つからない。どうやって地下に降りていいのかがわからない。

実は近年に地下を使った無許可のイベントが開催されるなどの問題があったため、当局も取り締まるようになり、これまで知られていた入口も閉鎖されてしまっているという。現役で出入りできる地下への入り口というのは、少なくなっているのが現状なのだ。

なぜ大都市の地下に空間が生まれたのか


こうした都市の規制はどこでも見られるのでそれほど意外でもなかった。意外性で言えば、パリに地下空間があることの方かもしれない。

では、そもそも、なぜ大都市の地下に空間が生まれたのかというと、ルーツはローマ時代までさかのぼる。


(写真:丸山ゴンザレス)

パリの地下からは石材が採掘できたのだ。象徴的な石造りの街並みは、地下から切り出した石材で生み出されたものだ。セーヌ川を境目にして右岸と左岸のそれぞれに採石場があった。

都市の拡大に合わせて、大量に採石されたため15世紀頃には地上で陥没事故が起きるようになった。

これ以上の無計画な採石は都市の存続に関わるとなり、1776年に王立機関「採石場検査院(Inspection generale des carrieres <IGC>)」が設立された。ここから地下を段階的に補強していくようになった。

この補強の際に生み出されたのがゴールのない無限回廊のようなパリの地下「迷宮」というわけなのだ。

総延長300kmを超えるという。また、パリの地下には墓地としての側面もある。地上にあった墓地だけでは、人口の急増に追い付かなくなった。そこで地下空間に遺骨を移動することになったのだ。

今ではカタコンベ(地下墓地)としてパリ観光スポットとして一部が公開されている。

いつもの通りに判断を重ねていけば道はひらかれる


パリの歴史と密接な関係にある地下空間は、パリの人たちを探索に駆り立ててきた。そこを探索する人たちのことをカタフィール(地下愛好家)と呼ぶ。


『タバコの煙、旅の記憶』(著:丸山ゴンザレス/産業編集センター)

事前に入念な準備をするのが俺のスタイルだが、パリの取材を始めるにあたって案内をしてくれるようなカタフィールとのコンタクトは取れていなかった。

ぶっつけ本番の取材というのは、このようなことは付きものである。現場に来るまでどうにもならない。この地下探索のどん詰まり感は、その状況を実にわかりやすく表している。

何せ足の下には常に地下空間が広がっていて、空間の場所はわかっているのに入ることができないのだ。もどかしいというよりも諦めたりやる気を失ったりしないようにメンタルコントロールが重要なのである。

何日も地下に潜れるか、潜れないかで行ったり来たりが繰り返し、ストレスが溜まっていった。

駆け出しの頃だったら、ここで問題を大きくしそうなものだが、すでに40代後半に入ってきた俺にとっては、これまでの経験で対処できることである。どんな状況にあっても気持ちの昂りを抑えて目の前の現実とこれまでにインプットしてきた情報を元にしていつもの通りに判断を重ねていけば、多少なりとも道はひらかれると思う。

実際、パリの地下への道については、様々な偶然が重なって突如として潜ることができたのである。

こんな幸運の波、乗る以外の選択肢などありはしない


パリの中心部から探索を続けていると、数ヶ月前にYouTubeでチェックしたアメリカ人がパリの地下に潜った時の映像と同じような場所を見つけた。

「ここかも!」と口には出さないが、記憶を頼りに歩いていったところ横穴を発見できたのだ。しかも、そこにはこれから地下に潜ろうというカタフィールの若者が二人現れたのだ。

こんな幸運の波、乗る以外の選択肢などありはしない。


(写真:丸山ゴンザレス)

二人も日本から取材に来たことを伝えると快く案内役を買って出てくれたのには感謝しかないはずなのに、そんな殊勝な気持ちも長くは続かなかった。入り口の狭さと通路の天井の低さから体を折りたたんで歩くのだが、体力が想像以上に奪われる。

若者二人は関係ないとばかりにずんずん進んでいく。

彼らはプロのガイドではない。俺のことを見捨てても誰に咎められることもないのだ。一方でこちらは置いていかれたら終わりと思って必死で食らいついた。

途中何度も頭を天井にぶつけた。被っていたキャップの天ボタンがズタズタに裂けるほどの衝撃で頭皮にも血が滲むほどだった。

地下空間を歩き始めて2時間が過ぎたぐらいで、ようやく目的の場所に到着した。そこは葛飾北斎の富嶽三十六景をモチーフにした見事なグラフィティのある場所だった。通称ビーチ。

ここに来たかった。参考資料を漁っている時に釘付けになったアート作品である。

「俺は捨てないよ」と


目的の場所に到着して、ほっとするとタバコが吸いたくなってきた。ここまで若き案内人たちに食らいついてきたことで休憩らしい時間はなかった。いくら広大だとはいえ密閉空間で喫煙するのは憚られた。

ポケットからタバコを取り出して若者たちに「吸っていいか?」と伝える。顔が曇った。

やはり密閉空間ではまずかったかと思ってポケットに戻そうとすると、「地下ではどこからガスが出ているかわからないから気をつけて」と予想外の注意がきた。

これまでとは違った驚きがあったが、「みんなを危険に巻き込んでまで吸うことはないよ」と伝えると、若者の片方が地面を見ながら何かを探している。目的のものが見つかると指差して言った。

「この辺なら誰かが吸ってるみたいだから大丈夫だよ」

吸い殻が落ちていた。俺は先人の喫煙者に対して微妙な気持ちになった。そして、自前の携帯灰皿を取り出しながら「俺は捨てないよ」と彼らに言った。暗がりでわからなかったが、うっすらと笑ってくれたような、そんな気がした。

地面に置かれた、いや、元からそこにあったのかもしれない岩の上に腰をかけた。ゆっくりとゆっくりと息を吸ってから口をペットボトルの水で湿らせた、それからタバコに火をつけてみる。

誰もいない暗い空間に流れていく煙の向こう側に会ったこともない連中のことを考える。

地下に魅せられるのは俺だけじゃない。そのことが安心と充足感を俺に与えてくれた。

※本稿は、『タバコの煙、旅の記憶』(産業編集センター)の一部を再編集したものです。

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