「すごく奇妙で大胆な内容、自分が楽しく演じる姿が目に浮かんだんです」ヒュー・グラント(64)がホラー作品『異端者の家』出演を決めた“納得理由”
2025年4月26日(土)7時20分 文春オンライン
英国作家デイヴィッド・ミッチェル原作の『クラウド アトラス』が公開されたのは2012年だった。19世紀から未来まで、数百年の時空をこえた世界を舞台にした複雑な構成の物語で、インディー映画としては最大の制作費をかけた作品だ。キャストは各時代で異なる人物を一人で6役を演じた。その一人であるヒュー・グラントの演技に圧倒されたというのが、二人組監督スコット・ベックとブライアン・ウッズだ。『クワイエット・プレイス』の脚本家としても知られる二人は、新作『異端者の家』にグラントが出演することを熱望した。

“自分が楽しく演じる姿”が目に浮かぶ役だった
近年グラントは悪役や汚れ役、そしてなさけなくもおどけたキャラクターなどを好んで演じ、好評を得ている。役者ヒュー・グラントのルネッサンス! という声まであるほどだったが、本作では、さらに新たな役に挑み最高の演技を見せてくれる。ロマ・コメの大スター、上品英国紳士という二枚目俳優のイメージを打破し、ふっきれた演技が痛快だ。
斬新な作品で近年映画界をけん引するA24の制作するホラー映画でもある本作に、出演した理由を話してくれた。
「この作品には、かなりコメディの要素があると思います。私の演じたミスター・リードは、自分は面白い人間だと思いこんでいます。おそらく大学の教授として教鞭をとっているような人物で、自分は気軽に生徒と冗談をとばす気さくな先生だと思いこんでいるふしがあります。彼の冗談はあまり面白くないのに、常にうけようと努力している点が滑稽です。こうした設定に興味が湧きました。彼が面白くしようと努力すればするほど、より不気味で、次第にそれが誇張されていく……。初めて脚本を読んだとき、この役は絶対にやらなければならないと思いました。すごく奇妙で大胆な内容、自分が楽しく演じる姿が目に浮かんだんです」
いろんな意味で大胆な作品となった
その大胆な内容というのは、テーマが宗教的、哲学的である点なのか、それとも映画作りの作法という意味なのか。
「いろんな意味での大胆ですが、特にキリスト教というテーマに取り組んでいる点ですね。アメリカの映画市場は巨大ですが、国民はキリスト教徒が大半を占めています。キリスト教に関わらず、宗教という課題が真っ向から映画で語られることはまれで、多くの場合変にひねられて不気味に取り上げられたり、ホラーにされたりする。十字架や信仰心とかについて語ることを避けているというか……。多くが宗教という課題に惹かれつつも、それについて語ることを恐れてしまっています。その点が興味深い。
同時に本作はジャンルを超えた映画でもあります。ホラーそれともスリラー、何だろう? と思わせる内容がとても新鮮です。映画作りのルールを破っていますね。例えばホラー映画では野外ロケ・シーンが多く使われる、といったような常識的なルールに縛られていない点でもです」
グラントの考える、映画に重要なもの
英国娯楽映画のヒットメイカー、「ワーキング・タイトル・フィルムズ」の看板スターとして、『ノッティングヒルの恋人』(99年)や『ラブ・アクチュアリー』(03年)などに出演してきた。いずれも大ヒットしロマ・コメの世界的スターとなった彼だが、今回A24作品に出演することをどう考えたのだろうか。
「映画というのはバランスが重要ではないでしょうか。全く娯楽性がない作品の演技は面白くないし、独りよがりで自己満足的になります。逆に、面白い演技で映画を大ヒットさせて儲けてやるぞ、ということが目的であれば、あまり刺激的な演技はできないですよね。だからこそA24のような会社が、貴重なのだと思います。オリジナルで、型破りで、融通性を持ちかつ奇妙であることで、映画界に新しい波紋を広げている。それは素晴らしいことだと思います」
映画よりも舞台のほうが得意
モルモン教の若い二人の宣教師を相手に、ミスター・リードはすべての宗教は一つに集約される、という理論をボード・ゲームやロック・ミュージックに関連させて延々と説く。大学の講義のような長い台詞を、彼は楽しんでいるように映ったのだが……。
「確かにそうですね。僕は、常に映画より舞台のほうがくつろいだ気分を感じています。舞台はシーンに一貫性があります。ステージのこちら側でひとつの演技をし、その後あちら側で演じるというような、その方が好きなんです。映画は、多くのシーンを撮影し後に編集し一つの作品が完成します。役者にとっては全体が見えない分どうしても断片的に感じられ、僕はそれがあまり得意ではないのです。
今回は12ページ分の長い台詞を一気に自分のものにできました。また、カメラがとても流動的で舞台の演技のように楽しく、上手くやれたなと感じました」
近年は心に闇を抱えた役や汚れ役を好んで演じているようだが。
「人間は辛いことや苦しみを経験すると、自己をねじ曲げ屈折して変化してしまいます。そうした人物を演じる時が俳優として楽しいと感じます。心に闇を抱えた役を演じるのが一番望むことなんです。何重にも重なっている心の層を少しずつはがしていく。そうすることで深奥にあるその人の核を取り出すというのでしょうか」
グラントのこれまでの役者人生
ロマ・コメの出演で有名になったグラントだが、これまでの役者人生を振り返ってもらった。
「20代で演技を始めたころ、唯一得意としていたのは、おかしな声をしたばかげた役を演じることでした。それを生かして二人の友達と劇場をまわってコメディ・ショーをしていました。とても順調でしたが、突然ジェームズ・アイボリーの『モーリス』(87年)に出演することになったのです。その後主演映画が次々に舞い込んでくるようになりました。
自分とは全くかけ離れたキャラクターを演じるのは楽しいことですが、『フォー・ウェディング』(94年)や『ノッティングヒルの恋人』などは僕とは全く違います。でも僕自身に近いキャラクターを演じていると思われがちでした。これまで誇りに思える映画に多く出演しましたが、ハンサムで恋をしている男とか狭いジャンルの役しか演じていないなとも感じていました。
最近は今回のように心に屈折がある役を演じることを楽しんでいます。この後にホラー出演の予定はありませんが、本作が最後ではないと思っています」
日本で『モーリス』が大ヒット
『モーリス』はグラントの日本での人気を決定づけた作品だ。日本にまつわる当時の思い出はあるだろうか。
「あの映画の大ヒットには驚きました。80年代には日本に行く機会はありませんでしたが、多くの女性ファンから、ファンレターが届きました。当時はロンドンのアールズコートにある小さなフラットに住んでいたのですが、毎日のように郵便受けに何百ものファンレターが届いたものです。その多くには折り紙、千羽鶴が入っていたのをよく覚えています」
ヒュー・グラント 1960年、ロンドン生まれ。オックスフォード大学在学中に俳優デビュー。『モーリス』(87年)でヴェネツィア国際映画祭の男優賞を獲得しブレイク。その後『フォー・ウェディング』(94年)を皮切りに、『ノッティングヒルの恋人』(99年)、『ブリジット・ジョーンズの日記』(01年)、『ラブ・アクチュアリー』(03年)などに出演し、“ロマンティック・コメディの帝王”と称される。近年では『パディントン2』(18年)や『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』(23年)などで、印象的な悪役としても存在感を示している。
INTRODUCTION
A24が新たに仕掛ける脱出サイコ・スリラー。監督・脚本は『クワイエット・プレイス』の脚本で注目を集めたスコット・ベック&ブライアン・ウッズ。宣教に訪れたシスターを並外れた頭脳で翻弄する男に扮するのは、 “ロマンティック・コメディの帝王”として知られるヒュー・グラント。近年では『パディントン2』などの悪役として新たな地平を拓いているが、本作でその真骨頂を発揮。優しい笑顔の裏側に凶暴性を秘めた演技は、第82回ゴールデングローブ賞を始め名だたる賞にノミネートを果たした。
STORY
シスターのパクストンとバーンズはモルモン宣教師。森に囲まれた一軒家を訪れると、出てきたのはリードという気さくな男性だった。2人は神の教えについて説明をするが、あらゆる宗教に精通しているリードは「どの宗教も真実とは思えない」と持論を展開する。不穏な空気を感じた2人は帰ろうとするが、玄関の扉は閉ざされており携帯の電波は繋がらない。リードが指し示す2つの扉の一つを開けると、地下に降りていく階段があった……。2人は異端者の家から脱出することができるのか。
STAFF & CAST
監督・脚本:スコット・ベック、ブライアン・ウッズ/出演:ヒュー・グラント、ソフィー・サッチャー、クロエ・イースト/2024年/アメリカ・カナダ/111分/配給:ハピネットファントム・スタジオ/© 2024 BLUEBERRY PIE LLC. All Rights Reserved.
「長い間、宗教を扱った映画をつくりたいとスコットと話していて、詳しく調べていたんです。人生の大きな疑問は常に我々を取り巻いているし、カルトには幼い頃から興味がありました。宗教と科学が交差するスタンリー・クレイマー監督の『風の遺産』や、宗教とSFを融合させたロバート・ゼメキス監督の『コンタクト』のような作品をつくれたらいいと考えていました」(ブライアン・ウッズ監督)
(高野 裕子/週刊文春CINEMA)