1000億円削減・受信契約145万件減のNHK「誰がなっても大変」な会長人事踏まえ、経営委が問題提起

2025年5月17日(土)7時3分 読売新聞

NHK経営委員会の古賀信行委員長

 NHK経営委員会が4月の会合で、執行部の役員体制のあり方を見直す新たな議論を行った。従来、NHKの役員は出身部局に基づいて割り振られる傾向が強かったが、それを脱却し、公共メディアを実際に運営する上での能力を見極め、“チーム”としてバランスの取れた経営陣の再構築を目指すようだ。古賀信行委員長(野村ホールディングス名誉顧問)は「結論は出ていないが、そういうことも考慮しないと、会長人事も考えにくい」と指摘。執行部に対する経営委のガバナンス(組織統治)能力が問われる中、今回の問題提起は、先行きの見えない財政難に陥ったNHKの経営改革に経営委が積極的に乗り出す意欲の表れなのだろうか。(文化部 旗本浩二)

出身部局でなく人物の「特性」で判断

 議論が行われたのは4月8日の会合。この日は、任期を迎える理事3人の再任案が議題に上がっていたが、その前に役員構成について一般論として議論することになった。役員はこれまで、報道や営業、技術など出身部局のトップクラスが起用されることが多く、それが縦割り型の硬直した組織につながるとも批判されてきた。この点、古賀委員長は会合後に報道陣の取材に応じ、「NHKの役員ってどういう形がいいんだろうかという、そもそもの議論を行った」と説明。個別の人事案について是非を論ずる前に骨格部分を話し合ったという。

 「報道畑とかドラマ畑とか、それまでどんな道を歩んできてもいい。財務分析能力が高いとか、法的な考え方にたけているとか、どういう特性を持っているかを、スキルマネジメントとして踏まえた上で人を見ていきたい。しかし、今までは必ずしもそうでなかった」。古賀委員長はこう明かし、「そういう能力を持った人が集まった経営母体の方が本来はいいと思う」と述べた。

 経営委員は、財界や学識経験者の中から、国会の同意を得て内閣総理大臣によって任命される。12人の委員で構成する経営委員会は、放送の専門家集団である執行部を監督するNHKの最高意思決定機関だ。予算や事業計画などの重要事項を議決し、会長の任免権を持ち、役員人事の同意も行う。受信料を負担する視聴者代表としての性格があり、個別具体的な番組に口出しはできないが、経営のあり方、とりわけガバナンスについては、十分目を光らせることが期待されている。

 しかし常勤委員は1人のみ。あとは委員長も含め非常勤で、会合は原則月に2回しか開催されない。10月の改正放送法の施行で、NHKのインターネット業務が放送と同じ「必須業務」となることを踏まえ、これまで放送に専念してきたNHKは、公共放送から「公共メディア」へと正式に進化し、新時代を迎えるとも言える。だが、経営委のこうした現状では、NHK運営に関するそもそもの知見が各委員に十分蓄積されるとは言い難い。このため、経営委は「主体性に欠ける」と長らく指摘され、2023年に発覚したBS番組の配信予算問題など様々な局面で、執行部に対するガバナンス能力が疑問視されている。

1割値下げで新番組削減、“再放送”も増加

 一方で、NHKを取り巻く経営環境はこれまでになく厳しい。23年10月に受信料を1割値下げした影響で、27年度までの4年間で1000億円という巨額の支出削減を迫られているのだ。現在は赤字予算を組んでおり、27年度に年間5770億円で事業収支を均衡させる計画だ。ただ、人件費や放送設備の維持・補修費などどうしても削減できない費用があり、たった1割値下げでも、支出削減の矛先はカットしやすい番組制作費に向けられるという。このため「新規番組の削減や“再放送”の増加という視聴者の目に見える部分で既に影響が出ている」(元幹部)との指摘がある。

 さらに財源である受信料収入の減少傾向が続き、とりわけ基となる契約件数の減少は深刻だ。地上・衛星を合わせた契約総数は、過去最高だった19年度末の4212万件からコロナ禍などで減り始め、四半期業務報告によると、24年度末は4067万件と5年間で145万件の減少となっている。視聴者の不興を買うこともあった自宅訪問をはじめ、人海戦術の契約取り次ぎ活動をやめたことが最大の要因だが、世帯数の減少やインターネット社会の進展によるテレビ離れが、収支均衡を目指す27年度以降もじわじわと影響してくるのは間違いない。

「会長が一人でやっていくわけではない、経営はチームだ」

 となると、放送波の数や制作すべき番組の選択、ネットをどう活用するかなど、公共メディアの将来像をどう描くかは急務で、執行部の役員体制のあり方を見直すのも当然かもしれない。では経営委は何らかの活路を見いだせたのだろうか。22日の会合後に改めて古賀委員長に尋ねてみたら、古巣の野村ホールディングスで取締役会長も務めた経営者らしくこう答えてくれた。

 「来年は会長人事だってやらなきゃいけないが、会長が誰かという固有名詞でなく、(会長人事は)体制を整備する上での一つのきっかけだと私は思う。そのためには理事の役割についても、もう一度、共通認識を(委員の間で)持ちたいという意識があったんです。NHKは会長が一人でやっていくわけではない。経営はチームだと私は思っている。そのチームを作るにはどうしたらいいか、本当は議論していかなきゃいけない。結論は出ていないが、そういうことも考慮しないと会長人事についても考えていきにくい。そういう認識は出てきたと思う」

3年に1度の“風物詩”

 稲葉延雄会長の任期は来年1月24日まで。稲葉氏が続投するのか、新たな会長を選ぶのか。それはNHKの外からか、中からなのか——。この20年、会長人事は任期である3年ごとに繰り広げられてきた、いわばNHKの“風物詩”だが、任命するのは経営委だ。正式には今夏、経営委に会長指名部会が発足することで議論がスタートし、まずは稲葉会長の成果の評価が俎上(そじょう)に上る。

 同時に水面下の動きとして、新たな候補者探しも秋以降本格化する。08年に20年ぶりの外部会長としてアサヒビール相談役から就任した福地茂雄会長の選考時には、経営の効率化や不祥事撲滅といった公共放送改革を断行する上で外部の目線が不可欠との観点から、当時の経営委員が複数の財界人と面談を繰り返した。11年には、JR東海副会長だった松本正之氏が福地氏の後を継いだが、この直前、就任を一度は内諾した別の候補者が、選考を巡って経営委に不信感を募らせ、土壇場になって就任を拒絶。混乱の中、経営委は窮地に立たされたが、ぎりぎりのところで松本氏就任にこぎ着けた経緯がある。

 この混乱を受けて経営委は、任期満了の半年前に会長指名部会を設置し、じっくりと選考を行う仕組みを作った。松本氏は、現行受信料制度となった1968年以来初の値下げに踏み切ったほか、年功序列型から能力重視型への移行、全国一律給与制の見直しなど実績を残した。それらの成果を踏まえ、経営委は会長続投の方針を打ち出したが、松本氏が拒否。それで14年に就任したのが日本ユニシス特別顧問だった籾井(もみい)勝人氏で、その後も常勤経営委員で三菱商事副社長も務めた上田良一氏、みずほフィナンシャルグループ元社長の前田晃伸氏、そして元日本銀行理事の稲葉氏と経済界出身の会長が続いている。

「最終的に決着するまで神経戦だ」

 いずれの会長人事でも影響力を及ぼしてきたのが首相官邸や総務省の意向で、経営委も候補者を選ぶ際に考慮せざるを得ない。必ずしも自分たちの腹案とは異なる人物を推されることもあり、会長選びの渦中にあった元経営委員は「最終的に決着するまで神経戦だ」と漏らしていた。

 ただ、会長の年間報酬は3092万円(25年度)と、財界トップクラスの人物の報酬額より格段に低く、しかも兼職が禁じられる上、国会で厳しい質問にさらされるリスクもある。かつて会長候補者として名前の上がったある財界人を取材した際は、「言いたいことも言えなくなってしまう。やるわけないだろ」と一蹴された。しかもこの20年、経費の不正請求から報道番組での不適切演出まで、不祥事が後を絶たないのがNHKだ。あえてそこに身を投じ、火中の栗を拾う人物を見つけるのは容易ではなく、逆に言えば会長選びで精魂尽き果ててしまい、その後の役員体制にまで考える余力がなかったのが、これまでの経営委だったとも言えよう。

 古賀委員長が強調する。「会長が代わる時はある程度、体制も組み替えていかないといけない。だから会長はこの人でいいか悪いか、そればっかりやっていて本当に(経営が)回るのか。会長がこんなに立派な人なら、周りはこんな固め方をしてきちんと運営できるようにしてやらないと、会長だって(経営)できないでしょう。会長の任期は3年って決まっていて、3年で代わらなきゃいけないですから、その議論をどっかで始めなきゃいけないはずなんです。その時に人だけを見て、いいか悪いかばかりやっているのとは違う経営のあり方を考えないといけないんじゃないか。そういう議論をやってみたんです」

取締役会との違い、会長の決定権が強い組織

 会長以下の役員を一つのまとまった組織として捉える考え方は、少なくとも経営委員長の記者会見ではこれまで聞かれなかった。これには放送法上、会長が「業務を総理」し、副会長や理事といった役員は、会長を「補佐」するとされていることも影響している。つまり、何事においても会長の決定権が強く、執行部は、株式会社の取締役会のような合議体としては位置付けにくいのだ。だからこそ会長人事がある度に、候補者その人ばかりが注目されるとも考えられる。

 今回の議論のきっかけとなった理事3人の再任案は最終的に同意された。しかし、とりわけ職員だけでも約1万人に及ぶ公共メディアを運営する上で、会長以下の役員を“チーム”と捉える発想は理にかなっているのではないか。職員の間からは「1000億円削減が重くのしかかり、誰が会長になっても大変」との声も上がっている。夏以降議論が始まる会長人事と合わせ、経営委がどれだけ主体的に新体制のあり方を具体化できるか、それとも出身部局に応じた選抜という元通りのやり方が続くのか注目される。

 今月13日の会合後、取材に応じた古賀委員長は、NHKの存立基盤となっている放送法の規定についても「(改正するのは)最後は立法によるが、いろんな議論をやったらいい」と、NHK内部だけでない国民的な議論も訴えた。受信料に基づく組織の運営が危機に直面する今、求められているのは前例踏襲を排した新たな発想なのかもしれない。

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