『岸辺露伴は動かない 懺悔室』3つの魅力。「短編」の原作を長編映画化するための“最適解”とは?

2025年5月23日(金)20時30分 All About

『岸辺露伴は動かない 懺悔室』の3つの魅力を解説しましょう! あらゆる面で実写映画化の「最適解」だと思えたのです。(画像出典:(C) LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社)

『岸辺露伴は動かない 懺悔室』が5月23日より公開中です。本作は荒木飛呂彦による漫画『ジョジョの奇妙な冒険』(集英社)のスピンオフ『岸辺露伴は動かない』の実写化シリーズの最新作で、劇場版としては2023年の『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』に続く第2弾となっています。

シリーズ初見でもOK。リスペクトと工夫に感服!

結論から申し上げれば、「ディ・モールトベネ(非常に良しッ)!」な映画でした。
人気を博したテレビドラマ版の魅力を引き継ぎつつ、今回は「邦画初イタリア・ヴェネツィア、オールロケ敢行」というバリューも加わり、スクリーンに美しい光景が映える劇場版としての見応えも存分。そして、「原作をこう再現し、こう変えたのか!」と、原作へのリスペクトと映画化での工夫に感服しました。なお、今回だけで物語は独立しており、かつ主人公の「人を本として読むことができる特殊能力」をはじめとした設定の説明も十分にされるため、関連作品を見ていなくても問題なく楽しめます。一方、主人公の岸辺露伴という特異なキャラクターのことを原作漫画やテレビドラマ版で知っておくと、より“らしさ”に「ニヤニヤできる」ところもあるので、併せて見るのもおすすめです。
注意点としては、G(全年齢)指定で直接的な残酷描写はほぼないものの、“精神的に来る”タイプの心理表現があることと、イタリア語に日本語字幕が映される場面もあるため、少なくとも漢字が読める年齢以上が推奨、というくらいでしょうか。それでも、後述するようにホッとひと息がつける場面もあり、重くなりすぎないバランスの作品にもなっています。
予備知識をほとんど必要としない、分かりやすい内容でもありますが、それでも『岸辺露伴』シリーズを知らない人、あるいは原作漫画の該当エピソードを読んだことがある人に向けて、ネタバレのない範囲で事前に知ってほしい魅力を3つに分けてまとめてみます。

1:「ポップコーン対決」を完全再現! 全身全霊で挑む大東駿介が素晴らしい

漫画『ジョジョの奇妙な冒険』、およびスピンオフ『岸辺露伴は動かない』シリーズの魅力として、その筆頭は「明確なロジックのある駆け引き」です。
バトルのはじめには「不可解な現象に巻き込まれる」不条理さや恐怖がある一方、その現象の「ルール」や戦いの相手の「能力」を把握した後に、「頭脳戦」や「一進一退の攻防」が展開するのです。今回の『懺悔室』で主人公・岸辺露伴が聞くことになるのは、ある男の告白と、その告白の中で「ポップコーンを外灯のランプより高く投げて、口でキャッチすることを3回連続で成功させる」試練です。劇中でも子どもの遊びそのもので「くだらない」と言われることですが、思わぬアクシデントや、成功させるための工夫もあり、ハラハラして見ることができるでしょう。
感服したのは、原作の「再現度」はもちろん、実写映像作品における「時間感覚」を意識したであろう「編集」です。原作は漫画作品であるので、ポップコーンを投げて落ちてくるまでの短い時間であっても、その間の「心理」を丹念に描くことが可能ですが、リアルな時間の流れがある実写映像で安易に再現してしまうと「なかなかポップコーンが落ちて来ないな」といった違和感を感じてしまう可能性もあったでしょう。しかし、本作はスローモーションを適宜使ってはいるものの、かなり細かいカット割りがされたおかげもあり、試練を強制される「焦り」や、急なアクシデントに対応しなければならない「スピーディーさ」もしっかりと感じられる、「実写映像作品ならでは」のサスペンスフルなシーンに仕上がっていたのです。
後述するように俳優全員が素晴らしいのですが、この試練に挑む大東駿介は今作のMVPではないでしょうか。ポップコーンに必死に「食らいつこう」とする、文字通りに全身全霊で挑んでいることがスクリーンから伝わってくるのです。実際に、渡辺一貴監督は台本にして約9ページ分にわたるこのポップコーン対決に、およそ150カットに及ぶ細かい撮影プランを練っていたそう。「ポップコーンがどのように跳ね上がり」「どう顔に落ちて転がっていくのか」といったイメージを、大東駿介と常にイメージを共有していったのだとか。
また、撮影時にポップコーンを実際に投げてはいるものの、その細かな挙動は後からCGとして足しているため、大東駿介は実質的に「見えないポップコーンを想像して芝居をしなければならない」状況だったのだそうです。
大東駿介がスタッフと共に本気で作り上げたポップコーン対決は、原作で読んでいた人はその再現ぶりに感動し、読んでいない人は新鮮で奇抜なバトルとして楽しめるはず。このシーンを取り上げるだけでも「100点満点の実写化」と断言できます。

2:原作の「その後」を描いた物語

本作は実写化作品としては最新作ですが、原作の『懺悔室』は『岸辺露伴は動かない』シリーズの中では最初に描かれたもの——つまりは「原点」です。
そして、その原作は“全49ページ”という短編作品。そのまま2時間弱の映画作品にするのはあまりにもボリューム不足なため、どう映画化するかを不安に思った原作ファンは多いでしょうし、映画化における最大の課題でもあったでしょう。しかしながら、脚本を担当するのは『スーパー戦隊』シリーズのほか、数々のアニメで原作ファンからの信頼を得てきた小林靖子。同氏は『岸辺露伴は動かない』実写シリーズはもちろん、『ジョジョの奇妙な冒険』のアニメ版のシリーズ構成も手掛けていたため、作品の理解度やリスペクト、物語の構成力も含めて「間違いない」人選です。今作も、さすがの実力で「やってくれて」いました。あらゆる面で「これが『懺悔室』の映画化の正解」と思える、素晴らしい脚色だったのです。
前述したポップコーン対決までは原作を忠実に再現しているともいえるのですが、その後は原作を既読の人にとっては「未知の領域」。ここを安易な展開にすると「蛇足」になってしまいそうなところを、原作の持つ精神性、特に「幸せの絶頂のさなかに“絶望”を味わう呪い」という最重要の要素を「掘り下げて」いたのです。詳細を記すとネタバレになるので、なんとか確信部分を伏せつつ記すと、玉城ティナ演じる「マリア」というキャラクターがキーパーソンになっており、序盤に岸辺露伴と出会う時からメインの物語につながる「布石」をしておき、やがて彼女こそが「幸福になる呪い」への「対抗」を体現する存在となっていくのです。
その物語は、原作で一種の「後味の悪さ」を残していた結末に対し、「アンサー」として解釈できるものでした。「幸福」が「襲ってくる」という、それだけを聞くと不可解な言動にも、新たな描写を加えたことによって大きな説得力を与えています。原作を読んでいた人にとっては「そうそう、『懺悔室』はこういう話なんだよ!」と膝を打つ思いになるでしょうし、知らずに見た人も「人生の不条理さ」や「因果応報」を示した物語から、確実に「持ち帰る」ものがあるはずです。
さらには、ヴェネツィアという場所の「影の歴史」、有名なオペラ『リゴレット』など、メインの物語に絡まるそれぞれの要素には、「うまい!」と感嘆するばかり。物語の「背景」に至るまで、とことん考え抜いたからこその完成度といえるでしょう。

3:「仕事」にも向き合った作品だった

映画化に当たって掘り下げた部分が、岸辺露伴というキャラクターの“らしさ”とも密接に絡んでいるのが、今作の素晴らしさでもあります。例えば、岸辺露伴は『ジョジョの奇妙な冒険』の劇中で「この岸辺露伴が金やちやほやされるためにマンガを描いてると思っていたのかァーッ!! ぼくは『読んでもらうため』にマンガを描いている!『読んでもらうため』ただそれだけのためだ」と宣言するなど、漫画家という自身の仕事ついて、ストイックかつ(極端ではあるものの)確かな信念を持つキャラクターです。
そんな岸辺露伴は、今作で「幸福(幸運)になる呪い」を知り、かつ自身にもその呪いがかけられたことを確信すると、「ここまでナメられたのは久しぶりだ」とはっきりと怒りをあらわにします。
客観的には「幸福や幸運が連続するってうれしいじゃん」と思うところですが、その後に彼は、その幸運が漫画家である自分にとって、はっきり「屈辱」だと言うのです。これは普遍的な「仕事」についての寓話(ぐうわ)ともいえます。確かに、仕事において運に左右されることはあり、幸運に感謝することはあれど、真に大切なのは「自分自身の努力や選択で仕事をしている」ことなのではないかと、岸辺露伴の言葉から思い知らされる構造になっているのです。それは、劇中で仮面職人として働くマリアにも、そして仕事をしている全ての人にも通ずることだと思えました。

改めて思う「実写化の最適解」の理由

改めて、この『岸辺露伴は動かない』シリーズは「実写化の最適解」と思えるところがあります。中でも、「怪奇テイスト」ともいえる、色味を抑えたシックな画作りおよび美術が素晴らしく、おかげで実写化作品でよく「難点」として挙げられる「コスプレ感」はほぼありません。
柘植(つげ)伊佐夫による、人物デザイン監修や衣装デザインはもちろん、いい意味で不安感をあおり「おどろおどろしさ」を感じられる菊地成孔による音楽の力も大きいですし、今回はヴェネツィアの光景の魅力もとてつもないものでした。
そして、やはり本作の立役者は主演の高橋一生。彼の一挙手一投足からにじみ出る“変人らしさ”と、知性や信念の強さが見事に同居し、俳優・高橋一生の持ち味がそのまま生かされつつ、原作の岸辺露伴らしさも存分に感じられました。しかも、今作から新たに加わった玉城ティナ、井浦新、戸次重幸、大東駿介といった俳優それぞれが、まるで“もともと荒木飛呂彦の世界に存在していた”かのようなはまりっぷりと熱演で、もうたまりません。
さらに、飯豊まりえ演じる担当編集者の泉京香が、いつもにも増して天真らんまんそのもので、殺伐とした物語の中ではホッとひと息をつける、いるだけで「安心できる」存在なのもうれしいところ。劇中で岸辺露伴は泉に表向きには「塩対応」をしているようで、実際は信頼しているし、本当に助けになっていることが分かる言動にも、ニヤニヤしてしまいます。そして、現実の飯豊まりえは『岸辺露伴は動かない』の縁もあって高橋一生と結婚をしているのですが、そのことをメタフィクション的に捉えたかのような「祝福」の場面も劇中にはあります。そちらにもぜひ期待をしてみてください。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
(文:ヒナタカ)

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