ウクライナが「迎撃不可能」なミサイルを連続撃墜、大戦果に潜む2つの懸念

2023年5月22日(月)6時0分 JBpress

(数多 久遠:小説家・軍事評論家、元幹部自衛官)

 ロシア軍の航空機発射弾道ミサイル「キンジャール」を、ウクライナ軍が次々に迎撃、撃墜しています。5月4日に1発、5月16日には6発ものキンジャールを撃墜したようです。

 迎撃に使用されたミサイルは、自衛隊も使用するパトリオットで、落下した残骸から弾種はPAC-3CRI(廉価版PAC-3)だったと思われます。

 ロシアが「迎撃不可能」と豪語していた極超音速ミサイル、キンジャールを迎撃したことで、パトリオットとウクライナ防空網の頑強さが見事に示されたことになりました。

 しかし、筆者は、実際にパトリオットを含む防空システムに触れていた者として、このニュースに諸手を挙げて喜ぶことはできません。重大な懸念が2つあるからです。

 それらの懸念について、的中しないことを祈りつつ以下で解説します。


【懸念1】ロングスパン型の飽和攻撃か

 1つ目の懸念は、「ロシアが『飽和攻撃』の変形を戦術として採用し、防空網の突破を狙っている可能性がある」ことです。

 パトリオットをはじめ、ウクライナに供与されている「NASAMS」「IRIS-T SL」など現代の防空システムは、高い迎撃確率を持っています。しかし、実際に防護が可能な範囲は、公表されている最大射程よりもかなり狭いことが普通です。

 パトリオットPAC-3であっても、防護範囲は決して広くはありません。キーウに配備されているパトリオットは、大統領府、各省庁など、ウクライナが国として抵抗を継続するために重要な場所を防護していたと思われます。その結果として、住宅街は必ずしも十分な防護ができません。これは他の都市でも同じで、防空システムは、行政や軍事工場を中心として防護していたと思われます。

 今まで、たびたび市街地に被害が出ていた理由は、この状態で市街地が狙われたからかもしれません。あるいは、ロシア側は防空網を突破できないことを知りつつ、ウクライナが市街地の被害に耐えかね、防空システムを市街地に移すことを狙っていた可能性もあります。

 こうしたことを踏まえると、今回、キーウを狙ったキンジャールの全弾を迎撃できた理由は、ロシアが市街地攻撃を止め、重要施設だけに集中攻撃を加えてきた結果かもしれないのです。


ロシア側に漏れているウクライナの残弾不足の状況

 他にも、私がこのような懸念を抱く理由があります。

 4月にアメリカでの機密漏洩が話題となりました。21歳の空軍州兵が、ゲームに関するインターネット上の掲示板に、自慢をするために機密情報を冗談っぽく掲載していたのです。

 漏洩した機密情報には、ウクライナの防空システム配置や残弾が分かるものが含まれていました。そして悪いことに、この機密情報によれば、ウクライナに配備されている防空システムの残弾が乏しく、尽きる可能性があることが記載されていました。キーウを守るパトリオットユニットは1つだけで、残弾が乏しいことまでロシア側に露見していたのです。

 当然、ロシアもこの情報を見ているはずです。もう少しミサイルを撃ち込めばウクライナ側のSAM残弾が尽きる可能性を認識し、そこを突いてきた可能性があります。

 ロシア軍はそこまで認識した上で、パトリオットなどの弾道ミサイル迎撃能力の高いSAMでなければ迎撃できないキンジャールを集中使用し、パトリオットの残弾枯渇を狙ったのかもしれません。

 空軍州兵が漏洩した機密情報は2月中のもので、3月の見込みまで含めて記載されていました。攻撃が行われたのは5月に入ってからなので、ウクライナやアメリカなどが対策に動いていたとは思われますが、結果として全弾迎撃できたものの、かなり危険な状態だった可能性があります。

 実際、迎撃を行ったパトリオットユニットの一部は、落下してきたミサイルの破片で損傷したようです。軽微な損傷で、運用を継続することが可能だった上、既に修復されているとのことですが、剣の切っ先が額をかすめたような状態だったことが分かります。

 6発のキンジャールが撃ち込まれた5月16日に先立つ5月8日、ロシアは35発ものイラン製シャヘド136ドローンを集中的に撃ち込んでいます。これも、ウクライナ側のSAM残弾を枯渇させるための作戦だったと見てよいでしょう。

 最近では、ロシアの作戦能力を軽視した言説が多く見受けられますが、実際には油断のできない作戦が展開されています。

 なお、この残弾不足の防空システムに対し、無駄にミサイルを射耗させて残弾枯渇を狙う作戦は、航空自衛隊が演習を行う際にも、対抗する攻撃側(敵側)の作戦として取り入れられていることがよくあります。

 最近になって一般のニュースでも聞かれるようになった「飽和攻撃」は、防空システムの同時対処能力の限界を超える攻撃を短時間に集中させることで、防空網を突破する攻撃手法です。

 ロシアがウクライナで採用している残弾を枯渇させる戦術は、飽和攻撃と呼ぶべきものではありません。しかし、「ミサイルの再搭載や補給が間に合わない間に攻撃を集中させ、防御を突破する」という観点では“ロングスパン型の飽和攻撃”とも言えます。


【懸念2】核兵器使用に向けた威力偵察か

 もう1つの懸念は、「ロシア軍によるキンジャールの集中使用が、キーウに核を撃ち込むための威力偵察かもしれない」ということです。

 キンジャールは最大で500キロトンの核弾頭を搭載可能と見られています。そしてポイントとなるのは、通常、核弾頭は目標の上空で起爆させるものだということです。

 起爆高度は、核弾頭の威力によって異なります。500キロトンは現代の核弾頭としてはかなり強力なもので、最適起爆高度は1キロを超えます。

 キンジャールは全弾撃墜できたものの、一部は迎撃が遅れ、破片によりパトリオットが損傷しています。もし今回、迎撃できた高度が核弾頭の起爆高度よりも低い場合、弾頭が核であれば、迎撃前に核弾頭が作動していたことになります。

 今回、パトリオット自体が目標にされていたとの情報もあります。

 ロシアは、パトリオットが最も迎撃しやすい地点を攻撃したことになるのですが、今回、パトリオットにとってベストとなる迎撃高度を確認することを目的に、キンジャールを使用した可能性があるのです。たとえ核弾頭の効果が低下することになっても、最適起爆高度よりも高い高度で起爆させることで、パトリオットによる迎撃を無意味なものにすることも可能なのです。

 この可能性は、ウクライナも懸念していると思われます。

 キンジャールによる攻撃が行われた翌日の5月17日、ウクライナ保安庁(SBU)は、この攻撃を撮影し、SNSを使って公開したインフルエンサー6人を摘発しています。今までも、ウクライナ政府は、攻撃の様子を公開しないように注意喚起しています。ですが、今回の摘発の早さと、彼らが謝罪する様子をYouTubeで流すという対応は異例です。

 それだけ、今回の攻撃と迎撃の様子がロシア側に伝わることが、ウクライナにとって危険だと認識していたことになります。

 広島でのG7で、各国の首脳がそろって原爆慰霊碑に献花しました。ロシアに対して、核の使用を許さないという強い決意を示したことになります。

 ロシアが危険な冒険に踏み出さないことを祈るばかりです。

筆者:数多 久遠

JBpress

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