「ダム決壊で水没した町を救え」死と隣り合わせを承知で走る市民ボランティア

2023年6月14日(水)6時0分 JBpress

(国際ジャーナリスト・木村正人)


「誰もが知っている危険性を侵略者は斟酌しない」

[ウクライナ南部ヘルソン市発]6日未明、ウクライナ南部ヘルソン州のドニプロ川のカホフカ水力発電所ダム(高さ30メートル、幅3.2キロメートル)が爆破され、洪水で下流域約600平方キロメートルが水没した。その7割近くがロシア軍占領地域だが、昨年来、ウクライナ軍の渡河作戦に備えロシア軍が爆破を準備していたと指摘されていた。

 ダムを管理するロシア軍が放水などの調整を怠ったため、決壊時のダムの水位は30年ぶりの高さだった。ウクライナのイホル・クリメンコ内相は12日、「10人が死亡し、子供7人を含む42人が行方不明」と発表した。ロシア兵の水死体がオデーサ港に流れ着いたという話もある。4万人超が影響を受け、70万人に飲料水が必要とされる。

 排泄物や産業廃棄物だけでなくロシア軍が仕掛けた地雷も流出し、1986年のチョルノービリ原発事故以来、ウクライナ最大の「エコサイド(生態系破壊)」となった。

 ヘルソン州に隣接するドニプロペトロウシク州の電気技師ジェーカは「侵略者が考えなしに多くの民間人が苦しむ悲しみを引き起こした。水力発電所に多くの影響が出る。ザポリージャ原発への水の供給も滞り、原子炉の冷却に支障を来すことも懸念される。誰もが知っている危険性を侵略者は斟酌しない」と話す。

 カホフカ貯水池はザポリージャ原発の水源だ。水力発電責任者は「水位はすでに12.5メートルまで下がった。集落やザポリージャ原発に水を供給できなくなる“デッドポイント”の12.7メートルより低い」と危機感を募らせる。ザポリージャ原発の職員はいかなる事態にも対処できる態勢をとっている。


「洪水で地雷が漂流し、水底にもたくさんある」

 稼働していた最後のザポリージャ原発の原子炉も予防的措置として他の5つの原子炉と同じ「冷温停止状態」にされた。ウクライナ原子力機関は「プラントが直ちに危険にさらされることはない」とし、国際原子力機関(IAEA)は「原子力安全上のリスクはない」と冷却水喪失による福島原発事故のような暴走リスクを打ち消した。

 ジェーカはヘルソン州ドニプロ川右岸を奪還してから破壊された送電網の復旧に取り組んでいる。作業現場にはロシア軍の攻撃による大きなクレーターもあった。地雷や不発弾が除去された元ロシア軍占領地域の耕作地や野原では5〜10メートルごとに立てられた白旗が作業の安全を保証してくれる“命綱”になる。

 ジェーカは復旧作業の傍ら、看護師のアリョーナや男子テニスの元ウクライナチャンピオンのサイモンと3人で東部ドネツク州にバンを飛ばし、前線の兵士に食料や飲料水、医薬品などの支援物資を届けてきた。ロシア軍の射程内に突入する「ボランティア三銃士」(サイモン)だ。ダム爆破でヘルソン州に7、8の両日、支援物資をピストン輸送した。

「私が送電網を復旧していたところは高台にあり、飲料水が不足している。ダム爆破による大規模停電で多くの人が食料も飲料水も電気もない生活を強いられる。洪水で地雷が漂流し、水底にもたくさんある。非常に危険で誰も対処の仕方を知らない」とジェーカは表情を曇らせた。


「水が引くまで自分の家から動かない」

 危険は地雷だけではない。サイモンは「私たちの車3台を狙うように対岸からロシア軍の砲撃があった。他のバス3台もロシア軍の大砲に狙われた。同じ場所に留まるのは危ない」と話す。ロシア軍はドニプロ川左岸から弾着観測による射弾修正をしている。12日にはロシア軍が避難住民を乗せたボートを攻撃し、3人が死亡した。

 SNSで支援活動を報告しているサイモンは水没したロシア軍占領地域の約30人から救助要請を受けた。ロシア軍は住民が避難する機会を与えていない。

 ロシア兵からも連絡があり「被災者の避難を支援している」と答えると「住民を避難させると問題が生じる」と警告された。事実上の“殺害予告”だった。ウクライナ軍のエンジン付きゴムボートに牽引されたボートで水没地域を巡回する時、兵士から「砲撃があったら水中に飛び込むからスマートフォンは置いていけ」と指示された。

 水位が5〜6メートルに達している所もあり、2階ベランダから釣り糸を垂らしていた住民や屋根の上に逃れていた人も「水が引くまで自分の家から動かない。とにかく飲料水とパン、食べ物をくれ」と助けを求めた。ヘルソン州に家があり、家族も近くには友人もいる。自分の住まいから離れたら、仕事もないと住民たちは口々に不安を訴えた。

「私たちは食料、飲料水、医薬品、衣服を運んだ。人々を避難させようとしたが、拒否された」とジェーカも言う。

 実は筆者と妻の史子(元日本テレビロンドン支局勤務)はダムが爆破される前の5月18日、ヘルソン市の病院に医薬品を届けるサイモンと戦闘外傷救護を兵士や市民に指導している元米兵マーク・ロペスの人道支援活動に同行した。


ヘルメットとボディーアーマー着用、血液型を確認しファーストエイドキットも携帯

 そのときは宿泊先のクリヴィー・リフからバンに乗り込み、ドニプロ川に出た。そこでヘルメットとボディーアーマーを着用し、血液型を確認。ファーストエイドキットも携帯した。ドニプロ川右岸を走ると対岸から爆煙が立ち上るのが見えた。今回爆破されたカホフカ水力発電所ダムの脇を通り過ぎた。ひどい悪路だった。ドネツク州はこの3倍は凸凹しているという。

 橋が破壊されていると迂回した。検問のたびウクライナ兵にパスポートの提示を求められた。ヘルソン市にたどり着いた最後の検問所で長時間待たされた挙げ句、「医薬品を届ける医師にこの検問所まで迎えに来てもらえ」と言われ、最終的に「パトカーが先導するから戻れ」と命じられた。問答無用だった。往復10時間の人道支援の旅は徒労に終わった——。

 そんな経緯があったので、ダム爆破の後にサイモンがヘルソン州の支援に行ったと聞いて「同行できないか」と尋ねた。サイモンには以前から何度も「マサト、ドネツク州の支援に同行しないか」と誘われていた。そのときには、ゼロポジションからわずか1.5キロメートルの距離まで近づくと聞いて「日本からウクライナに届ける車いすがまだ500台も残っているから」と逡巡していた。

 ただ、今回はそのサイモンの反応が違った。「ヘルソン行きは非常に危険だ。マサトが同行するとバンにその分、支援物資を詰めなくなる」と断ってきた。サイモンは前回のヘルソン行きの時、耕作地に立てられた白旗を指して「ここは地雷や不発弾が除去されているから送電網の復旧や農作業が安心してできる」と教えてくれた。肥沃な黒土に大型トラクターが畝を作っていた。


「すべてウクライナ勝利のため」

 サイモンとジェーカ、アリョーナの“ボランティア三銃士”がドネツク州の激戦地バフムートなどの兵士らに支援物資を届け始めたのは約半年前から。

「チームを組むようになったのは志が同じだからだ。1人よりチームの方が強い力を発揮できる。ヘルソン市だけでなく、洪水の影響を受けているヘルソン州全体を支援することが肝要だ」(サイモン)

 しかしヘルソン州は早々に切り上げ、ドネツク州の支援に復帰するという。「洪水は世界中のメディアの注目を集め、ペットの犬や猫が救助されただけで大きなニュースになる。しかしドネツク州の激戦地バフムートだけでも死者は1日10人ぐらい出ている」とサイモンは声を落とした。

 アリョーナは冬の間、手作りの乾燥機をドネツク州に持参して兵士のブーツを乾かして回った。ジェーカは「ドネツク州は戦争で苦しんでいる。前線がどのような状況かはロシア軍を利する可能性があるので答えたくない。アリョーナとサイモンの3人で前線の兵士に支援物資を届けるようになったのは、すべてウクライナ勝利のためだった」と話した。

「支援はいつも危険と隣り合わせだ。誰もが恐怖に怯えている。私たちもまた人であり、怖い。どうして危険を顧みずに支援活動を続けるかだって…。支援が必要な人を助けたいだけだ。ウクライナ人である私たちを置いて他に誰がそんな役割を引き受けてくれる。私たちが欲しいものは平和だけだよ」とジェーカは語る。

筆者:木村 正人

JBpress

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