「これが韓国の伝説的ヒロインの姿か」親日画家の作品を描き直させたら大騒動

2023年6月21日(水)6時0分 JBpress

 いま韓国社会が、文在寅政権下で行われた親日残滓清算運動の“ブーメラン”で騒然となっている。全羅北道南原(ナムウォン)市を代表するある人物の肖像画が「親日画家の作品だった」という理由で撤去されたのだが、その後、新しく制作された肖像画があまりにも期待外れだったため、再び撤去論議が巻き起こるという、実に間抜けな事態に陥っているのだ。

 地元の市民団体は、新しい肖像画を撤去するかどうかを問う住民投票を行うと主張している。


エリート官僚の息子と妓生の娘のラブストーリー

 話題になった肖像画とは、韓国を代表する古小説「春香伝」の主人公である春香(チュンヒャン)のものだ。春香伝は李氏朝鮮時代後期の全羅道南原を背景に、美しい妓生の春香とエリート両班の李夢龍(イ・モンリョン)との身分を超えたラブストーリーだ。

 元妓生の娘・春香と南原府使(地方政府の長官にあたる官職)の息子・夢龍は愛し合う間柄だが、夢龍の父親に中央政府への辞令が出たことで夢龍も南原を離れることになる。夢龍は春香に永遠の愛を誓い、必ず迎えに来ると約束したが、年が変わっても夢龍からは便りすらなかった。

 その間、南原には卞學道という新府使が赴任する。春香の美しさに魅了された卞學道は春香を我が物にしようとするが、春香はこれを拒み続け、ついには獄に閉じ込められてしまう。一方、夢龍は暗行御使(地方官の監察を秘密裏に行った国王直属の官吏)となって南原に派遣されてくる。そこで暴政を行う卞學道を罷免し、春香を妻として迎える——。

 まさに李氏朝鮮時代のシンデレラストーリーであり、韓流ドラマの原型ともいえるこの小説は、李氏朝鮮時代の後期から口伝で伝えられてきた。「パンソリ」(1人の歌手が楽器に合わせて歌う形式の韓国伝統音楽)の演目として伝わってきたが、後には小説にもなった。身分制封建社会で身分を超えた若者たちのラブストーリー、権力に屈しない強い志を持った女性、民を苦しめる悪徳役人に対する正義の審判といった要素がミックスされたこのストーリーは、現代でも大衆か愛され、これまで数多くの映画やドラマといった映像作品や、ミュージカル、オペラといった舞台作品にもなっている。


「ミス春香」は芸能界への登竜門

 そこで春香伝の舞台となった南原市では、1931年から毎年5月に「春香祭」という祭りを大々的に開催している。この祭りで特に注目されているイベントがいわゆる美人コンテストの「全国春香選抜大会」(ミス春香)だ。

 美貌と知性、そして勇気を兼ね備えた春香に似た女性を選抜するこのミスコンは、韓国では芸能界の登竜門として知られている。日本でも活動したユンソナや、映画「風の丘を越えて〜西便制」で主演を務めたオ・ジョンヘなどがこのミスコンでの優勝をきっかけに芸能界入りした。

 ところが、2009年、春香を賛える南原市の社にかかっていた春香の肖像画が親日論争に包まれてしまった。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権で作られた大統領直属の「親日反民族行為真相究明委員会」(05〜09年)が4年間の活動を終えて発刊した報告書の中で、春香の肖像画を描いた金股鎬(キム・ウンホ)画伯が「親日反民族行為者705人」に含まれていたためだ。

 金股鎬画伯(1892〜1979年)は大韓帝国末期に、宮中画家として活動するなど、韓国を代表する画家である。肖像画に優れ、数多くの歴史的人物の肖像画を製作したが、彼が描いた李舜臣(イ・スンシン)、李栗谷(イ・ユルゴク)、申師任堂(シンサイムダン)の肖像画は現在韓国貨幣のデザインにも使われている。

 韓国の100ウォン玉には文禄・慶長の役戦争で日本軍を破った李舜臣将軍が、5000ウォン札には朝鮮時代の儒学の最高峰だった学者の李栗谷が、5万ウォン札には李栗谷の母親であり、韓国の良妻賢母を代表する申師任堂の顔が描かれているが、これらはすべて金股鎬画伯の手による肖像画を基にしたデザインだ。

 ちなみに、1万ウォン札に描かれている世宗大王(ハングルを創製した王)の顔は、金画伯の弟子で、やはり親日画家の汚名を着せられた金基昶(キム・ギチャン)画伯の肖像画を借用したものだ。


「親日狩り」という狂風

 ただ、親日反民族行為者リストが発表された2009年当時は保守派の李明博(イ・ミョンバク)政権時代だったために、市民団体が主導した親日論争は大衆的な関心を呼び起こすことができず、南原市民も反対したため、春香の肖像画を撤去することに失敗した。

 それが2017年に保守政権から進歩政権の文在寅政権に変わったことで、風向きが変わった。韓国社会では反日感情が徐々に高まり、2019年に「ノージャパン」運動が始まると、地方政府が先頭に立って親日残滓清算に突入することになった。

 当時、「親日反民族行為者705人」に名前が載った音楽家が作ったという理由で全国の学校が次々と校歌を変えたり、学校の象徴だった古松が日本産という理由だけで庭園から掘り出されたりするなど、「親日狩り」の狂風が全国から吹き荒れたのだ。

「韓国のモナリザ」と礼賛されてきた金股鎬画伯の春香肖像画も、市民団体の主導で2020年9月に社から退去されることになった。そのため南原市と市民団体は新しい肖像画製作のための審査に入り、2年以上の歳月を経て、今年5月25日、ついに新しい肖像画が春香の社に奉献されたのだった。

 ところがこの日初公開された新しい肖像画が思わぬ騒動を呼び起こした。地元紙は当時の状況をこう伝えている。


大衆が抱くイメージとかけ離れた肖像画

「南原市の委託を受けて肖像画制作を主導した南原文化院は、これまで肖像画公開を先送りしてきたが、奉安式の際に初めて外部に公開された。春香肖像画製作に所要された予算は1億7000万ウォン余りで、画家には1億2000万ウォンが支給されたと伝えられている。

 ベールを脱いだ肖像画に、好奇心に勝てずに近づいた出席者の間からはため息が漏れてきた。それ以降、撮影された写真などにより肖像画の姿が市民社会に知れ渡っていくと、“これはいったい何のことだ!”という反応が異口同音のように沸き起こった」

「原因は新しく描かれた春香の肖像が中性的な容貌の40〜50代女性と見えるためだ。市民たちは叱責を越え、異口同音で描き直さなければならないという声を出している」(『新全北新聞』6月11日の記事、<“春香の顔がどうした?”春香の新肖像画論難>)

 下の画像の左側が2020年までかけられていた肖像画、右が今回あらたに描かれた肖像画である(註:外部配信先でご覧になれない方はJBpressのサイトでご覧ください)。

 同紙によると、関連市民団体は近く記者会見を開き、新しい肖像画の誤った点を指摘し、再製作を促す立場を明らかにする予定だという。参考までに触れておけば、小説の中で描かれている春香の年齢は17歳だ。

 文在寅政権が政界を去り、尹錫悦政権に代わったことで、韓国社会の「ノージャパン」の叫びは跡形もなく消え、親日狩りの熱風もまた雲散霧消した。ただ尹錫悦政権の後に、またも政権交代となり、共に民主党政権が発足することになれば、その時は再び反日熱風が韓国社会を襲うかもしれない。もしかしたら、今度は親日画家の肖像画が使われた貨幣の「改革」を含む大々的な親日清算運動が起きるかもしれない。

筆者:李 正宣

JBpress

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