災害時の避難所が抱える「臭い問題」を解決へ。京都の大学生と企業が生み出したソリューションとは

2024年4月21日(日)21時50分 All About

自然災害の多発する状況を背景に、京都工芸繊維大学 櫛研究室はUCI Lab.とパナソニックと連携して、避難所の衛生環境や避難生活の質向上を目指す「避難所の衛生ストレス解決プロジェクト」を実施。取り組みの内容を紹介します。

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地震や大雨などの自然災害の多発に伴い、避難所生活への備えと支援に関する関心は高まるばかりです。
そこで京都工芸繊維大学 櫛研究室が実施したのが、UCI Lab.、パナソニックと連携し、避難所の衛生環境改善や避難生活の質向上を目指す「避難所の衛生ストレス解決プロジェクト」。
今回は、メディア向けに同研究室と2社が実施したセミナーの様子を紹介します。

「共創デザイン」で衛生ストレスの解決を目指す

被災地では、住民の生命や安全の確保、ライフラインや交通機関の復旧などさまざまな課題があります。その中で最優先ではないものの、気になるのが「衛生ストレス」。
入浴や洗顔、歯みがきなどの日頃の衛生習慣ができなくなり、汚れや臭いが気になるといったストレスのことです。今回のプロジェクトは、このストレスの解決を目指したものでした。

プロジェクトの発起人となったUCI Lab.合同会社 所長の渡辺隆史氏は、プロジェクトの目的について以下のように語りました。
「ニュースなどでも話題になることはあまりないのですが、地震や豪雨などの自然災害にみまわれた被災地では『匂い』が避難生活で感じるストレスの一つの大きな要因になっていることがプロジェクトの中で分かりました。
このプロジェクトは、避難生活における衛生ストレスを、パナソニックの『ナノイーX』による新しい用途開発をデザインすることで、実際に現場で解決することを目指す共創デザインプロジェクトです」(渡辺氏)

プロジェクトの対象となるのは、住民の生命や安全を確保する災害発生直後の「緊急対策期」を経て、避難所対策が中心になる「応急対策期」。
「1週間、1カ月と避難生活が長期化していくと、さまざまな問題が発生してきます。その先には仮設住宅などに移って復旧・復興などを行っていくのですが、その前の『応急対策期』における衛生問題を解決できるようなものを作ろうと定めて展開していきました」(渡辺氏)
セミナーには、京都工芸繊維大学 デザイン・建築学系の櫛勝彦教授も登壇。今回のプロジェクトで実施した「共創デザイン」について次のように語りました。

「社会が成熟して『シェア』という意識が浸透していく中で、企業や行政からサービスや製品が開発されて生活者に提供され、それが消費される。
そういう一方的なものではなく、生活者または企業、いろいろな団体が能動的なプレイヤーとして存在し、その相互的な関係の中で創造することが『共創デザイン』という在り方かなと思っています」(櫛教授)
今回、この「共創デザイン」を行ったのは京都工芸繊維大学 デザイン・建築学系の学生たちです。
「我々デザイナーは課題に対する専門家ではないため、問題状況とその解決に向けた活用にどのような資源があるかについてプレーンな気持ちで探索していく『エクスプローラー』としての役割がまずあります。
さらに、探索して集めた情報を分析して編集する『エディター』としての役割があり、そこで定義付けられた問題を解決し、新たな価値を提供する『アーティキュレーター(表現者)』というのがデザイナーの今の役割なのではないかと思います」(櫛教授)

プロトタイプに貫かれた思いとは


2021年から本格的に活動を開始した今回のプロジェクト。
櫛教授によれば、「最初に授業で取り組み、その後、徐々にメンバーを特定して研究室での取り組みという形で『探索』、『編集』、『表現』といったサイクルを3回以上回しました」とのことです。
2022年には最初のプロトタイプが完成。対象とした課題は以下の3つでした。
・新鮮な野菜やいつもの食器の安全性確保
・洗濯が長期間できない状態での衣類の臭いストレス解消
・一様でない避難所空間での空気のクオリティ改善
この課題に対するソリューションとして、1つ目はパナソニックが開発中のオゾン水生成機を使った「オゾン水サーバー」、2つ目と3つ目はナノイーX発生器を使った「風の洗濯機」「クリップオン空気清浄機」をプロトタイプとして作成しました。

「これらのプロトタイプは一応動くのですが、実際に現場に置いて使っていただくレベルにまでは行き着かない完成度でした。
どうしたらいいかと考え、現実味のある方向としてパナソニックが市販しているナノイーデバイスの商品を活用しながら、臭い問題に取り組もうと考えました。
逆に言うと、臭い問題は取り組める可能性の高い課題だと考えたのです」(櫛教授)
臭い問題の解消に向けて、その後もプロトタイプの製作を実施。櫛教授はその中で大切にしたこととして、「日常衛生を回復するためには日常から使い慣れておくことが重要で、そういう防災デザインが必要だと考えました」と語りました。
「備えは特別ではなく、日常生活からつながっていなければいけない。多様な事態が起こりうる中で、日常から使っているからこそ自分で工夫ができるのではないかと考えて、4つのプロトタイプを作り、フィールドに持ち込みました」(櫛教授)

今回のセミナーには、京都工芸繊維大学 デザイン・建築学系の畔柳加奈子助教も登壇。
「小型のナノイー発生器と市販の商品、あるいは私たちが作ったものを組み合わせて製作しました」
「日常で使っているものを被災時に応用するという考えが4種類のプロトタイプに貫かれています」と語りました。

生み出された4種類のプロトタイプ

今回のプロジェクトで最終的に生み出された4種類のプロトタイプは以下の通りです。
・消臭保冷バッグ
・スポット消臭カバー
・組み立て消臭クローゼット
・即席消臭コーナー
それぞれどのようなものか見ていきましょう。

1つ目は、保冷バッグ内にUSB給電で駆動するナノイーX発生器を入れて使う「消臭保冷バッグ」。モバイルバッテリーにつないだナノイーX発生器を中に入れて使います。
「被災時には、例えばボランティア活動をされている方が繰り返し使うけれども、なかなか洗えないアイテムなどをこちらに入れると消臭効果が得られます。
日常の使い方としては、臭いの強い食材や、なかなか洗えないヘルメットなどを運ぶときに使うことを想定しています」(畔柳助教)

2つ目は、ハエなどの虫から食事を守る「蠅帳(はいちょう)」にナノイーX発生器を入れて使う「スポット消臭カバー」です。

「開いた状態で中にナノイーX発生器を入れることで、下の空間を消臭できます。
日常においては、子どもやペットがもどしてしまった際、応急処置的に拭き取った後に使うとか、なかなか洗えない布団やソファーなどの匂いを取るために使えます。
ソールが汚れていて靴箱にしまいたくないスポーツシューズなどを、玄関の土間に置いたままかぶせるという使い方も想定しています」(畔柳助教)

3つ目は、プラスチック段ボールにナノイーX発生器を入れて使う「組み立て消臭クローゼット」です。

「プラスチック段ボールでできており、たたむと45センチ四方くらいで大きめのトートバッグに入るサイズになります。
日常的な使い方としては、例えばレジャーで煙の匂いが付いたアウターを入れる、洗いにくいウールの衣類を毎晩かけておくといったことを想定しています」(畔柳助教)

4つ目は、デスクの上にブルーシートをかぶせて密閉空間を作り、ナノイーX発生器を入れて使う「即席消臭コーナー」。
「ブルーシートを長机にかぶせて、下の空間にナノイーX発生器を入れることで、中の空間全体を消臭できます。繰り返し使って臭いが付いてしまった長靴やヘルメットのほか、長机の下のバーを使えばタオルなども掛けられます。
これは家族ごとというより、避難所全体で一箇所設けて共有で使うことを想定しています」(畔柳助教)

これらに共通する使い方のコツは、ナノイーXが中にとどまるように通気性のない素材で覆ってできるだけ密閉すること、臭いを取りたい対象物の間隔を開けてナノイーXが満遍なく伝うようにすることだそう。
「空間内におけるナノイーXの濃度が一番のポイントになるので、臭いがなかなか取れなければ時間を延長する、あるいはナノイーX発生器を追加することで効果を高められます」(畔柳助教)

避難所生活の臭いを除去へ。フィールドワークの結果は

できあがった4種類のプロトタイプは、本当に避難所生活で出た臭いを消臭できるのでしょうか。2023年12月、福岡県の大牟田市、八女郡広川町に赴き、フィールドワークを実施したといいます。
フィールドワークについて渡辺氏は、「被災地における臭いは、なかなか言えない、我慢している人がたくさんいて、これに取り組むことにとても共感をいただきました。
このプロトタイプを紹介することで、現場ならではの未解決だった悩みが顕在化されたり、新たなお話やアイデアを聞けたりと非常に有益でした」と語りました。
福岡県八女郡広川町は2023年7月に水害が発生。その際に使用していた道具類の臭いが実際に取れるかどうかを実験しました。

持ち込んだプロトタイプは消臭保冷バッグと即席消臭コーナー、組み立て消臭クローゼットの3つ。実験にはバンド部分が汗で濡れてしまうヘッドライト、倉庫に処分予定で保管されていた古いタオルなどを用いました。

渡辺氏は結果について、「6段階臭気強度法という方法で実験を行いました。比較対象と1以上の差があれば、ほとんどの人が差を実感できるというものです。
3つとも3前後の臭いが良くなる効果が得られて、最後の方は『ほぼ素材の臭いしかしない』という声も聞かれました。
現場の方に『正直こんなに効果が現れるとは思っていませんでした』と非常に驚かれましたし、実験をずっと続けていた我々の方でも驚くほどの効果がありました」と語りました。
プロジェクトと広川町の社会福祉協議会は、2024年夏に共同実証実験を行う予定とのことです。
「これらのプロトタイプを現場でも実際に使ってもらい、さまざまなフィードバックをもらって夏に向けて改善していきます」(渡辺氏)
パナソニックの「ナノイー」や「ナノイーX」は、空気清浄機など同社のさまざまな製品に搭載されており、特に閉鎖空間では除菌・消臭ができることが知られています。
ハンガータイプの「脱臭ハンガー」、靴に入れて使える「靴脱臭機」、今回のプロジェクトに用いた「コンパクト脱臭機」など、それらを用いた「電気脱臭機」もラインアップ中です。
今回の「共創デザイン」は、生活者の困りごとを探索して解決する方法を探り、我々の日常生活でなじみのある普通の生活アイテムを組み合わせて実現させるものでした。
被災地の避難所という非日常空間において、老若男女が難なく使いこなせるという意味で、かなり秀逸なデザインだったのではないでしょうか。実証実験の先に、こうした取り組みが社会に実装されていくことを期待したいです。
(文:安蔵 靖志(デジタル・家電ガイド))

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