慶應義塾大とエア・ウォーター、GI-POF極細内視鏡「Cellendo Scope」の医療応用研究を紹介

2025年4月25日(金)11時50分 マイナビニュース



慶應義塾大学とエア・ウォーターはこのほど、共同で開発した、世界初となるGI-POF(屈折率分布型プラスチック光ファイバ)技術を応用した注射針レベルの極細ディスポーザブル内視鏡の活用に関する医療応用研究についての共同記者会見および共同研究発表会を、大阪府摂津市のエア・ウォーター健都にて開催した。
GI-POF極細内視鏡に関する取り組みの詳細
GI-POF極細内視鏡は、2023年4月に、慶應義塾大学の医学部整形外科学教室の中村雅也教授、新川崎先端研究教育連携スクエアの小池康博特任教授とエア・ウォーターによって共同で発表された。以降、両者は連携して、画質向上にかかる光学レンズ性能の向上に努め、得られた成果については国内外の医学系・光学系学会や展示会などで共同で発表、現在は整形外科領域における新たな関節内視鏡として、量産品質向上と薬機法認証に向けた準備を開始している。
さらに、2023年の発表後、当初想定されていた関節内部の観察のみならず、耳科分野や革新的がん光治療技術など、さまざまな医療分野において極細内視鏡の応用研究を実施。注射針レベルの細さは患者の痛みや感染リスクの低減につながり、効率的な医療の提供、ひいては医療費の適正化への寄与が期待される。
今回開催された、GI-POF極細内視鏡「Cellendo Scope」の共同記者会見および共同研究発表会では、これまでの研究開発成果を報告するとともに、各医療応用研究の取り組みが紹介された。
記者会見ではまず、エア・ウォーター 代表取締役会長・CEOの豊田喜久夫氏が、GI-POFの生みの親である小池康博特任教授との出会いのエピソードを披露。「(小池)先生から、注射針の中に入れるレンズを開発している」という話を聞いて、「とても想像がつかなかった」と当時の心境を振り返った。そして、この技術の海外流出を危惧する小池特任教授の言葉に賛同し、エア・ウォーターにて製造体制を構築するに至ったという。
2020年からプロジェクトをスタートし、2023年に一度発表されているが、「今回は驚くほど成長している」という豊田会長は、「これが日本の医療業界にとって、どのような形になるか。極めて素晴らしいものができました」と、その仕上がりに自信をのぞかせた。
「GI-POF」とは何か?
続いて、GI-POFの発明者として世界的に知られる、慶應義塾大学 特任教授(KPRI所長)の小池康博氏が、「GI-POF社会実装への期待」と題し、特別講演を実施。そもそも「GI-POF」とは何かということを含めた開発の経緯から、これからの社会実装に向けての期待が語られた。
POFは「Plastic Optical Fiber」の略で、すなわちプラスチック製の光ファイバを意味するが、小池特任教授は、従来のSI(Step-Index)型と呼ばれるPOFと、GI(Granded-Index)型のPOFの違いについて解説。
SI型は、屈折率の高いコアを屈折率の低いクラッドで覆った2層構造となっており、光はファイバ内を反射しながら伝播していく。
そのため、非常に鋭いパルスを入れると、まっすぐ進む光は早く到達するが、反射して進む光は距離が長くなるため、遅れて到達することになり、出射波形は入射波形と比べて大きく崩れてしまう。「これは高速な伝送ができないことを意味する」と小池特任教授が説明した。
その一方で、高速な伝送を目的としたGI型のPOFは、中心部分の屈折率が一番高く、周辺に行くに従って下がっていくという屈折率分布を採用。そのため、入った光は反射せずに、くねくねと曲がりながら伝送することになる。
蛇行した光は、もちろんまっすぐ進む光よりも距離は長くなるが、周辺部分を進む光は屈折率の低いエリアを通るため、光の進む速度が速くなる。したがって、屈折率を理想的な分布にすると、すべての光が同じ時間で到達することができるため、入射波形と出射波形の差ができず、高速な伝送が可能になるという。
「実際に光を入れてみると、非常にきれいなカーブが見られる」という小池特任教授は、大学院時代に初めて見た際に「美しいと思ってしまった」と振り返った。しかし、光が見えるということは、光が散乱していることを意味しており、伝送距離が非常に短くなってしまう。「屈折率分布をつけるということと、透明にするということは両立する」との信念の下で研究を続けた小池特任教授だが、「10年間まったく成果が出せなかった」と語った。
小池特任教授はアインシュタインの「光散乱に関する揺動説理論」やデバイの「散乱理論」などを学びながら研究を続けている際、米国ベル研究所に誘われ、「過剰光散乱」がどうして起こるかなどを研究。その結果、日本に戻ってから2年後、ついに低損失のGI-POFの開発に成功することとなった。
成果が出なかったころは孤立化してしまったという小池特任教授だが、「それからの私の研究室は非常に活性化した」とのことで、1992年以降、伝送可能速度×伝送距離に関する世界レコードを塗り替え続けているという。
極細ディスポーザブル硬性内視鏡の開発
そして、病院などで高速GI-POFの導入が始まったが、「当初はオーバースペックな面があった」とのこと。しかし、それから十数年が過ぎ、生成AIの時代に入ったことで通信データ量が増大する。2015年ごろまでは、いわゆる「ムーアの法則」に従って、2年でデータ量が倍になるという流れだったが、Chat-GPTが発表されたころからトラフィック量が急激に増加し、「2年どころか3、4カ月で倍になるということになった」ことから、さらに高速なPOFが必要となり、「1本ではなく束にしないといけないような時代」に突入している。
GI-POFには、非常に高速な通信が可能であるほか、非常に高精細な映像を伝送できるという特徴があり、この特徴を生かし、世界初の極細ディスポーザブル硬性内視鏡の開発がスタート。
「これはプラスチック光ファイバというより、何かわからない針みたいなもの」と小池特任教授が評するGI-POFレンズは、入射光がレンズの中でいくつかの焦点を作りながら進むことで、凸レンズによるリレーレンズと同じような特性を持っているのも大きな特徴となっている。
従来のファイバスコープと比較しても、GI-POFレンズを使った内視鏡は非常に高精細で、クリアな映像を伝送することが可能。また、シンプルな構造かつ低コストであるため、ディスポーザルでの利用が可能であり、0.1mmまで細くできるため、18G針にも通せるほか、低侵襲で縫合も不要なため外来でも利用できるので、医療への展開が期待される。
GI-POFは、「高速光データ伝送」と「高精細映像伝送」という、まったく用途の異なる2つの機能を備えているとともに、「高速光データ伝送」という点では、生成AIのために莫大なデータ伝送を必要とするデータセンターにおいて、ガラス光ファイバよりもビットエラーレートが数桁低いことからも大きな注目を集めている。
その一方で、「高精細映像伝送」という点から、世界初の高精細内視鏡として応用されたのが、今回エア・ウォーターと共同研究開発された「GI-POF極細内視鏡」であり、今後もエア・ウォーターと慶應義塾大学医学部との相互連携が主軸となり、大きく社会実装が実現されることに期待を寄せつつ、特別講演を締めくくった。
GI-POF極細内視鏡「Cellendo Scope」とは
続いて、エア・ウォーター 執行役員 ウェルネス開発センター長の加藤哲也氏が登壇し、今回共同開発されたGI-POF極細内視鏡「Cellendo Scope」についての詳細が紹介された。
加藤氏はGI-POFレンズの強みとして、「直径0.5mmの細さ」「樹脂製であり、ガラスのように割れる心配もない安全性」、「この細さでありながら高解像度」である点を挙げた。
さらに、注射針よりも細いので、注射ができる箇所であれば、どこでも体の内部を見ることができるという利点があり、現在、耳・胸・膝についての共同研究が進められている。そのほか、脳や脊椎などにも展開の可能性があり、「新たな医療の可能性を提供できる」と、加藤氏はその提供価値の大きさを強調した。
GI-POF極細内視鏡の製品化については、照明との一体化に成功し、実際の医療現場において扱いやすいように意匠デザインにもこだわりをみせている。商品名となる「Cellendo Scope(セレンドスコープ)」は、「細胞(Cell)まで見える内視鏡(Endoscope)」という意味を持っており、顕微鏡のような画像が手軽に観察できる点を大きく訴求する。
「これまでは手術前に内視鏡観察やMRI検査が必要だったが、Cellendo Scopeにより、さらに適切な診断・治療が可能になる」という加藤氏。これまでのように全身麻酔などの必要はなく、病院外来をはじめ、クリニックなどでも使用可能であり、同氏は「患者の負担軽減」「感染症リスクの軽減」「医療費の適正化」などを期待される効果として列挙した。
医療用として開発が進められている「Cellendo Scope」だが、「もっといろいろなニーズがあるのではないか。特に産業用途にいろいろな可能性があるのでは」と言及した加藤氏。そういったアンメットニーズを探求するために、評価用の機体を使ってレンタルを開始。
期間は2025年5月〜12月末で、料金は1台当たり月額6万円(税別)が予定されている。加藤氏は、応用可能性について「自動車関連」「道路・インフラ」「工場関連・研究施設」「農業・新分野関連」などを挙げ、非破壊検査の手法となりうる可能性について大きな期待を示した。

3つの医療応用研究を発表
共同記者会見に続いて行われた「共同研究発表会」では、現在行わている、GI-POF極細内視鏡を活用した3つの医療応用研究の内容が紹介された。
GI-POF技術を応用した硬性関節鏡システム開発
まずは、慶應義塾大学医学部 整形外科学教室 特任教授の名倉武雄氏と慶應義塾大学医学部 整形外科学教室 助教の小池一康氏が登壇し、「GI-POF極細内視鏡の開発 GI-POF技術を応用した硬性関節鏡システム開発のためのユーザビリティ評価と機能評価」について紹介した。
まずは、小池助教がGI-POF極細内視鏡の特徴をあらためて解説。「情報をたくさん送れるだけでなく、画像そのものを伝えることができる」点を大きな特徴として挙げ、一般的な内視鏡と比較して、ガラスのリレーレンズを使わないためコストを抑えられる点を強調した。
また、先端に小型のカメラが取り付けられているタイプの内視鏡は、「構造自体はシンプルだが、カメラの性能や画質は限定的であり、カメラ自体が高価なため、ディスポーザブルにするのは難しいことに加えて、カメラよりも細い内視鏡を作ることは物理的に不可能」と、小池助教は指摘した。
その一方で、共同開発が進められているGI-POF極細内視鏡は、対象に合わせてカメラを変更することが可能であるほか、挿入部自体がシンプルなので低コストかつディスポーザブルにできるため、患者が多いときに滅菌作業などの負担を軽減可能だという。加えて、装置自体もシンプルなので、「手術室に限らず、外来や訪問診療など、いろいろなシチュエーションで利用できる」と、小池助教は述べた。
医療への応用に関して、名倉特任教授は「患者数が多く、臨床で最ものぞく関節」として「膝関節」を挙げた。現在、画像技術としてレントゲンやMRIなどが活用されているが、同特任教授は「レントゲンは骨だけしか見えないが、MRIという技術によって、本当にいろいろなものが見られるようになった」ことについて「革命的な画像技術」と高く評価した一方で、「画像を見るだけでなく、なぜ直に覗くかと言えば、直に見ないとわからないことが多い」という現状を明かした。
かつては切開して中を見ていた膝関節についても、関節鏡の出現によって、非常に小さなキズで観察が可能となり、患者の回復も早いため、最近は手術もほとんど、内視鏡経由で行われるようになったという。それでもやはり入院は必要であり、名倉特任教授は「患者への負担を考えるのであれば、より小さな侵襲かつ簡明にできることは大きなメリットになる」と指摘。かつ低コストであれば、「治療する我々にとっても非常に大きい」との見解を示し、「究極的には外来で利用できるようになるのが理想」と、同特任教授はGI-POF極細内視鏡に大きな期待を寄せた。
極細内視鏡の耳科分野応用
続いて、国立病院機構東京医療センター 臨床研究センター 聴覚障害研究室 室長の神﨑晶氏が「極細内視鏡の耳科分野応用 - 難聴めまい・顔面神経麻痺に対する患者さんに向けて-」と題した研究を発表。“難聴"はもちろん、耳の奥にある三半規管が影響する“めまい"、そして同じく“顔面神経"も耳の奥にあることから、「すべて耳鼻科の範囲」であるという。
神﨑室長は「耳の疾患はすべて重要」としつつも、「難聴は健康寿命を損なう疾患であり、45〜65歳の中年期に放置すると認知症の最大のリスク」と指摘。耳の内部構造を紹介しつつ、「細い内視鏡で薬を投与する時代が来る」と予見していた神﨑室長は、「突発性難聴」への応用について説明した。
原因不明で、急に耳が聞こえなくなる突発性難聴に対しては、標準治療として点滴や内服のステロイドの投与が行われるが、全身投与で効果がない場合は、鼓膜を切って、直接耳に薬を投与する局所投与が推奨されている。そして、ヘルペスウイルスや帯状疱疹ウイルスに顔面神経が感染して起こる「顔面神経麻痺」についても同様の処置が行われる。
局所投与の場合、鼓膜を切開し、内視鏡で患部を確認しながら、薬剤を内耳や顔面神経に直接投与することになるが、内視鏡での確認が必要な理由について、「100人に30人くらい、薬を入れられるところを骨や膜が邪魔をして、直接投与できない」という問題点を言及。
内視鏡の重要性を示しつつ、通常の内視鏡は直径2.7mmのため、鼓膜の切開部が大きくなり、「鼓膜に穴が残るリスクがある」という神﨑室長。また従来の極細径内視鏡は1〜1.5mmとなっているが、低解像度のため、患部の観察が困難。
それに対して、極細かつ高解像度のBI-POF極細内視鏡「Cellendo Scope」は、この治療における患部観察に最適だという。「内耳に治療薬を届かせる」という点での有用性に加えて、突然のめまいや難聴が生じる「外リンパ瘻」についても、内耳からリンパ液が漏れているかどうかを確認する際にBI-POF極細内視鏡「Cellendo Scope」が有用であるとの見解が示された。
極細内視鏡と機能性ナノ材料活用した革新的がん光治療技術の創製
ここまで紹介した、変形性膝関節症などの「膝関節」や難聴などの「耳科分野」については、2026年の上市を目標に研究が進められているが、基礎研究として今後の展開に大きな期待が寄せられる「極細内視鏡と機能性ナノ材料活用した革新的がん光治療技術の創製」については、北陸先端科学技術大学院大学 物質化学フロンティア研究領域 教授の都英次郎氏が発表を行った。
生命化学材料研究を主軸とした難病の診断・治療法の開発を進める都教授は、「ナノスケール、もしくはマイクロスケールの医療用デバイスロボットに着目。ロボットのシャーシには、ナノカーボンやガリウムなどの液体金属、安全性の高いバクテリアなどを使用して、がん治療などへの活用を目指している。
物理的な特性や化学的な安定性から「非常に有用な材料」とするカーボンナノチューブだが、カメラのフラッシュなどをナノカーボンの粉末にあてると、火花を散らして爆発する「ナノカーボン光発熱作用」に注目しているという都教授。
「ナノカーボン光発熱作用」はモレキュラーレゾナンス、分子共鳴と呼ばれるもの。医療においては、体を透過する近赤外の光を使って反応を引き起こすことで、体の中で薬を作る技術にも応用され、光をあてると、狙った量のタンパク質やペプチドを発現することが可能だという。
また、光をあてることで神経、ニューロンの発火を起こすことも可能であるが、この実験を学生が行った際、発火現象とともに、細胞が死んでしまうという事象が確認されたという。これはカルシウムのオーバードーズが起こることが原因であり、「この原理原則をうまく利用すれば、がんの細胞死を誘発する新しい治療法ができるのではないか」との示唆から、都教授は「フォトサーモジェネティクス」というアイデアを提案した。
そのほか、体の中で発電するナノデバイスについても説明が行われた。ペースメーカーなどの医療用デバイスは、一部バッテリーで動作しているが、その寿命はおよそ10年と言われており、体内からデバイスを取り出して、再充電して、再び体内に戻すのは、患者への負担が大きいという。つまり、体の中で活性させることでその負担をなくすという発想となっている。
こういったナノ制御システムを使って、悪性腫瘍の診断、治療法の確立を目指す都教授は、今回の共同研究との接点について、「Cellendo Scopeを使って、ナノ粒子に何が起こっているのかを実際に見ること」を目的の一つとして挙げ、「実際に見ながら診断しつつ、同時に治療も行うというシステムを作りたい」との展望を明かす。
そして、Cellendo Scopeの最大の特徴は「穿刺できる」ことであり、超音波などで見づらい骨内やマッシブな脂肪で包まれている箇所も観察が可能で、直接見ながらレーザーなどをあてて、光発熱作用を用いて狙ったがんを徹底的に排除する。都教授は「診断と治療を同時に行える、革新的な光ナノテクノロジーをぜひ創出していきたい」との意気込みを明かした。
共同研究発表会の最後に、エア・ウォーター 代表取締役社長・COOの松林良祐氏が登壇した。同氏は「2年前のプレス発表と比べて技術的に進化している」と評価しつつ、同時に用途の広がりを感じ、「非常に勇気づけられた」と、今後さらに開発に力を入れていくことを約束した。
そして、今回の発表内容は医療分野を中心としたものだったが、松林氏は産業分野、特に「非破壊検査」での活用についても言及。
「われわれの事業の中でも、ガスを流す配管の中や設備の中など、細かいところを見る用途があるのでそこでも使っていける」と今後の展望を示し、医療以外で力を入れている半導体の分野などでは、設備や機器が高額であることから、「外から壊さずに見ることができるのは非常に有用である」との見解を示し、「しっかりこの製品を形にしていきたい」と締めくくった。

マイナビニュース

「内視鏡」をもっと詳しく

「内視鏡」のニュース

「内視鏡」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ