HARMANの「Sound United」統合がオーディオ業界にもたらす影響 業界再編の呼び水になる可能性も
2025年5月9日(金)15時5分 ITmedia PC USER
HARMAN InternationalがMasimoのコンシューマーオーディオ部門を買収する
当然ながら、オーディオ業界における事業環境も変化を続けており、長い歴史を持つ(そして現在も多くのファンを持つ)オーディオブランドの再編も静かに進められてきた。5月6日(米国東部夏時間)に発表されたSamsung Electonics(サムスン電子)傘下のHARMAN International(ハーマン)によるSound Unitedの買収は、こうした動きの中でも特に大きな動きといえる。
Sound UnitedはMasimoのコンシューマーオーディオ事業部門で、傘下には日本発祥の「デノン(DENON)」、米国発祥の「Marantz(マランツ)」の他、イギリスの名門スピーカーブランド「Bowers & Wilkins(B&W)」といったオーディオファンなら誰もが知る、評価の高いブランドを保有している。
一方のHARMANも「Harman International」「JBL」「AKG」など複数のブランドを保有する、世界で最も影響力のあるオーディオメーカーだ。そこにSound Unitedの持つブランドが“合流”するインパクトは大きい。「耳なじみのあるブランドが買収された」というロマンチックな感情以上に、オーディオ産業全体の再編がさらに進んでいく大きなきっかけとなるだろう。
本件は競合メーカーへの影響も避けられず、勢力図が塗り替わり、製品開発の方向性を変え、最終的に消費者の選択肢にも影響を及ぼす可能性が大きい。
●あなたの知らない「HARMAN帝国」
先に少し触れたが、HARMANは世界で最も影響力のあるオーディオメーカーだ。オーディオ業界の人間ならば、同社がオーディオ業界の巨人であること良く分かっているだろう。
保有ブランドの1つである「JBL」は、かつては高音質スピーカーの代名詞だった。昭和のオーディオブームでは“ジムラン”の名称で親しまれたJBLブランドは、現在はカジュアルなワイヤレススピーカーを中心とした市場で大きなシェアを持ち、Bluetoothスピーカーではグローバルでトップシェアを誇る。
JBLよりも少し上の高級路線という位置付けで、HARMANのルーツともいえる「Harman Kardon」ブランドのオーディオ機器は、BMWやMercedes-Benz(メルセデス・ベンツ)の純正音響システムにも採用されている。「AKG」はスタジオ用マイクロフォンやヘッドフォンでその名を知らないものはいないだろう。
ハイエンドオーディオの世界では「Mark Levinson」を傘下に収めており、高価格帯のワイヤレスヘッドフォン、Lexus(レクサス)向けのカーオーディオとして富裕層やオーディオマニアが好んで選んでいる。「Infinity」「Revel」「ARCAM」「Lxicon」などもHARMAN傘下のブランドだ。
車載システムを得意としてきた歴史的経緯もあり、HARAMANは傘下のブランドをさまざまな形で自動車メーカーに提供している。デンマークの「Bang & Olfsen(B&O)」も、カーオーディオ部門はHARMANに売却しており、B&OブランドのカーオーディオはHARMANから供給を受けている。
HARMAN帝国を手に入れたサムスン電子
HARMANが持つブランドポートフォリオを2017年に約80億ドルで手に入れたのが、サムスン電子だ。同社はそれ以前からHARMANに出資していたのだが、自動車業界へのサプライヤーとして参入する“要”の戦略として、同年に完全子会社化した。
HARMANの強みは、単に多数のブランドを保有することだけではない。先述したように、ポータブルスピーカーからハイエンドオーディオ、カーオーディオ、そしてプロ向け音響機器まで、音響の多様な分野で確固たる地位を築くブランドを持ち、それぞれのブランド価値や企業文化を守りながら共存させてきた点にある。
しかし、そんなHARMANのブランドポートフォリオでも、完全無欠かというとそうでもなかった。今回、HARMANがSound Unitedの買収に動いたのは、そんなポートフォリオの“穴”を埋め、あらゆるニーズにワンストップで対応できるようにするための動きといえる。
●「Sound United」が保有するブランドは
ではHARMANが買収する「Sound United」は、どのようなブランドを保有しているのだろうか。
Sound Unitedは元々独立した企業で、2022年に医療機器を取り扱うMasimoによって買収された。
日本のオーディオファンからすると、Sound Unitedは「ディーアンドエムホールディングス」を買収した会社と言えば通りがいいかもしれない。ディーアンドエム(D&M)は、「デノン」と「Marantz」の頭文字で、その名の通りデノンと日本マランツの経営統合によって2002年に生まれた会社だ。
デノンは1910年創業で、ミドル/ミドルハイクラスのプリメインアンプなど、コンポーネント形式の伝統的なオーディオ製品が広く知られている一方で、さまざまなジャンルの製品を手掛けてきた。世界的に市場は縮んでいるものの、特にAVレシーバー市場ではヤマハと共に大きな世界シェアを持つ。
Marantzは1950年代に米国で生まれた高級オーディオブランドだ。しかし1970年代半ばから、機器設計を始めとする事業の軸足が日本(日本マランツ)に移り、世界に普及した。
先述の経営統合により、デノンとMarantzは長らく同じ企業(資本)のもと展開しているが、音作りや製品作りの独立性は高く、両ブランドは共通する市場で異なるユーザー層を抱えている。
Sound Unitedが保有するブランド(メーカー)の中で、最も特別なものが高級スピーカーメーカー「Bowers & Wilkins(B&W)」だ。1966年の創業以来、ハイエンドオーディオ市場の頂点に君臨してきた。
さらに、Sound Unitedは北米市場に強い「Polk Audio」、高品質なホームシアタースピーカーで知られる「Definitive Technology」、超高級アンプブランド「Classe」なども傘下に収めている。
そして、今回HARMANがSound Unitedを買収する上で大きな意味を持ちそうなのが、マルチルーム音楽ストリーミングのプラットフォーム「HEOS」だ。HEOSはSound United傘下の製品で共通して採用されており、宅内全体、あるいは店舗全体をカバーするオーディオシステムを簡単に構築できることが特徴だ。ある意味で、Sonosの強力なライバルである。
つまり、HARMANにとってSound Unitedの買収は「老舗・名門ブランド」を手に入れると共に、各ブランドが持つ独自の「音作り」や「音響技術」、音作りを出発点とした「顧客基盤」、それに「オーディオ機器のネットワーク化技術」の基盤と、幅広いものを手に入れられる。
得られる有形/無形の資産価値を考えると、3億5000万ドル(約510億6000万円)という買収額は決して高くはない。
●Sound Untiedを仲間とすることで“隙間”がなくなる
Sound Unitedの買収について、HARMANのデイブ・ロジャーズ氏(ライフスタイル事業部プレジデント)は「ホームオーディオ、ヘッドフォン、ハイファイ(高品位オーディオ)、カーオーディオといった主要カテゴリーにおける事業の足跡を拡大する戦略的ステップだ」と表現している。
これまでカーオーディオとポータブルスピーカー、ヘッドフォン、イヤフォンに強みを有していたHARMANは、Sound Unitedの買収によってホームオーディオとハイファイ分野の有力ブランドを新たに獲得することで、あらゆるオーディオ領域をカバーできる“総合企業”となる。
もう1つの狙いとして想定されるのが、技術とプラットフォームの統合だ。Sound Unitedが有するHEOSを、HARMANの親会社であるサムスン電子の製品群でサポートすればシナジーを生み出せるだろう。
サムスン電子はGalaxyブランドで展開するスマートフォンだけでなく、日本ではなじみは薄いがスマートTVでも世界的には強みを持っている。同社のスマホやスマートTVがワイヤレスネットワークを介してHARMAN/Sound Unitedのオーディオデバイスとつながるのは、かなり大きな強みとなるはずだ。
またサムスン電子の製品に、価格帯ごとに異なるブランドのオーディオ技術を組み込むといったことも可能だろう。パナソニックがTVに自社の「Technics(テクニクス)」部門が設計したスピーカーを組み込むのと同じように、サムスン電子のTVにB&Wのスピーカーが組み込まれるようになる可能性がある。
加えて、カーオーディオ分野のさらなる強化にもつながるだろう。HARMANの収益の柱は、自動車向けオーディオシステムの自動車メーカーへの販売にある。
自動車メーカーは、それぞれに“独占的な”オーディオ技術を求める傾向にある。高級車ならなおさらだ。
Harmanの自動車向けオーディオブランドには「Harman Kardon」「JBL」「Mark Levinson」「AKG」「B&O」があるが、ここにB&Wも加われば、さらに幅広い自動車メーカーや車種、およびグレードへの展開が可能となり、差別化された音響体験を提案できるようになる。自動車メーカー側から見ても、1つの窓口から多くのブランドにアクセスできる利点は大きい。
●オーディオ業界の再編が加速する?
冒頭で触れた通り、オーディオ業界は堅実な成長が予測されている。CESの主催者としても知られるCTA(米国コンシューマーテクノロジー協会)によると、コンシューマーオーディオ市場の規模は2025年で約608億ドル、2029年には700億ドル規模になると予想している。
「HARMAN+Sound United連合」の誕生は、そんなオーディオ業界により大きな再編を促す可能性がある。
特に影響を受けそうなのは、ワイヤレスオーディオで独自の立ち位置を持つ独立系ブランドであるSonosだ。同社はWi-Fiスピーカーで大きなシェアを持っているが、HARMANがSound UnitedのHEOSを活用するようになれば、かなり強力なライバルとなりうる。
Sonosは独自のエコシステムとユーザーエクスペリエンスが強みだが、その洗練度をさらに高め、差別化を図る必要があるだろう。
Bose(ボーズ)もまた、HARMAN+Sound United連合によって新たな競争圧力に直面するだろう。
プレミアムヘッドフォン/スピーカー市場において、BoseとHARMAN(JBL/AKG)は長年のライバルだ。B&Wブランドが加わることで、HARMANはこの分野での存在感がより高まることになるだろう。
ノイズキャンセリング技術やデザイン性、ブランドイメージではBoseにも強みはあるものの、高級路線は薄い。何らかの形で戦略を立て直す必要があるかもしれない。
ヤマハはAVレシーバーを得意とし、Sound United傘下のデノン/Marantzと競合している。HARMANがSound Unitedを手に入れることで、ヤマハはこの分野でより強い競争にさらされるだろう。
ここまで紹介してきたメーカー(ブランド)は、事業の一部または全部の譲渡/譲受といった方法で再編を行う可能性も否定できない。
ソニーについては、HARMAN(あるいは親会社のサムスン電子)と“全方位的な”競争が発生するだろう。手持ちの“コマ”に微妙な違いがあるため、ソニーとHARMAN/サムスン電子がどのような競合関係になるかは予測しにくい面もあるが、少なくとも「スマートフォンとの統合体験」において比較されることは増えるだろう。
●HARMANとSound Unitedの製品ラインアップに変化は生じるのか?
HARMANによるSound Unitedの買収による変化は、短期的にはそれほど見られないだろう。傘下の各ブランドが、いずれも強いアイデンティティーを確立しているからだ。それぞれの各ブランドにある“らしさ”を失えば、ブランドにロイヤリティー(忠誠)を感じているユーザーの離脱を招いてしまい、その価値は意味をなさなくなる。製品の値段や販売チャネルも、急激に変わる可能性は低い。
しかし中長期的に見ると、部品の調達や生産面での協力、技術の交流が進み、結果としてブランド間のコラボレーション製品が登場する可能性もある。ブランド間で重複する製品がある場合は、一部ラインアップの整理を進めるだろう。ブランドごとに価格帯や得意ジャンルを分け、重複する製品セグメントは1つのブランドに寄せる、といった格好だ。それぞれに接するユーザーの嗜好に合わせた製品開発や価格設定を進めていくだろう。
例えばワイヤレススピーカーを取ってみると、JBLブランドは「ポータブルスピーカーとパーティースピーカー」、B&Wブランドは「高音質ハイエンドモデル」、デノンブランドは「高音質志向ながらもコストパフォーマンスを重視し、ホームシアターとも連携可」といったようなすみ分けが考えられる。
またAppleが行っているような、スマホを起点とした統合的な体験価値をグループ全体に広げることも期待したい。
●広大なブランドポートフォリオを生かす道
今回のHARMANの買収劇を見て、ファッション業界における「LVMH」や「Kering」といった例のように「全方位のブランドを1つの企業(傘下)にまとめる」という戦略なのかと想起した人もいるかもしれない。
LVMHやKeringのような「ブランドコングロマリット」は、さまざまな価格帯/カテゴリー/顧客層をカバーする多数のブランドを持株会社として(場合によっては自ら)投資/支配し、マーケティングの最前線は各ブランドに任せるという二層構造で成長してきた。
これらのブランドコングロマリットは、エントリー価格帯のブランドで若年層を「養育」し、人生の節目や収入の増加に合わせて上位メゾン(ブランド)へと「誘導」することで、LTV(顧客生涯価値)を最大化する戦略を実施している。成長の方向は多様だが、どう成長したとしても、“行き先”となるブランドを複数用意しておくことが肝要なのだ。
Sound Unitedの獲得を通して、HARMANはLVMHやKeringと同様の「隙間のないブランド階層」と「経営の設計図」を手に入れたといえる。オーディオへの接点を持ち始めた消費者が、オーディオ製品への興味の方向が変化したとしても、そこに好みのブランドがあり続ける——ちょっと言い過ぎだろうか?
HARMAN幹部の意識の中には、そうしたプランがきっとあるのだろう。