世界に誇る日本の宇宙半導体、ルネサスがインターシルブランドにこだわるワケ

2024年5月20日(月)6時35分 マイナビニュース

月の越夜を想定していなかったJAXAのSLIM
2024年1月20日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小型月着陸実証機「SLIM」が月面着陸に成功。また、当初の設計では月の越夜を想定していなかったものの、4月末までに3回の越夜に成功したことも話題となった。
月は約14日間(地球時間換算)の昼と約14日間(同)の夜が交互に訪れる。大気がない月面は日中の温度は120℃ほどまで上がり、夜は-170℃ほどまで下がる過酷な環境であり、越夜のためにはなんらかのヒーターを搭載し、機体を保温する必要があるとされてきた。SLIMは、もともと月面着陸後の数日間の運用を想定してミッションを終了する予定で開発された小型の機体で、越夜を想定したヒーターなどは搭載されておらず、越夜に耐えられるか否かの温度試験なども行っておらず、各種コンポーネントが耐えられるかは未知の挑戦と言えた。
そうした未知の挑戦の1つとして半導体が耐えられるか否かといった問題があった。一般的な宇宙用半導体デバイスは民生向けと比べてより広範な動作温度範囲-55℃〜+125℃とされるが、高温領域はともかく、ヒーターなしの越夜時の月面温度は保証外の領域と言えた(ただし、この動作温度範囲は、デバイスが“動作”している時であり、電力が供給されていない場合は、また別と言える点が今回のSLIMの越夜の成功に貢献している可能性がある)。しかし、実際には各種デバイスは越夜に耐え、4月末時点で3回の越夜に成功。5月中下旬にかけて4回目の越夜に挑んでいる状況にある。
インターシルブランドで宇宙を支援するルネサス
このSLIMにインターシルブランドの耐放射線ICを提供したことを明らかにしたのがルネサス エレクトロニクスである。
インターシル(Intersil)は元々ルネサスが2017年に買収した米国のアナログ半導体メーカー。現在のルネサスの方針としては買収したメーカーの製品はルネサスブランドとして提供されるが、宇宙向け半導体のみ「インターシル」のブランド名を残して提供を継続している。
なぜ、インターシルのみブランド名を残しているのか。同社セールス&マーケティンググループ 営業統括部 Vice Presidentを務める迫間幸介氏は、「航空・宇宙・防衛という括りで、米国の国防総省などとも買収前より付き合いがあり、ブランドとしても浸透していることもあり、今後もブランド名として残すことをコミットしている」と、その背景を説明する。
旧インターシルは1961年よりCMOSプロセスによるICの提供を開始したが、その3年後の1964年にはもう耐放射線ICをリリースしており、宇宙航空分野に関するノウハウは実に60年にもわたって培ってきた老舗といえる。
宇宙産業の活発化に併せて製品ラインナップも拡充
近年、地球低軌道を中心に民間企業による宇宙を活用するビジネスが急増。宇宙用半導体ニーズも高まりを見せているが、実はそうした企業の多くが民生向けの半導体を宇宙に応用している。というのも、インターシルのみならず、多くの半導体メーカーが宇宙用として提供する半導体は、耐放射線性や温度範囲、パッケージなどに至るまで宇宙用として信頼に足りるレベルに仕上げられているため、桁違いに高くなってしまうためである。
地球低軌道で衛星コンストレーションを構築する小型衛星などは、運用年数は長くても数年であり、数も相当数が用意されることから1機がダメになったらすぐにサービスそのものが終わるといったことはサービスを本格的に開始した後は起こりにくい。それであれば、故障も想定した半導体を買って使うことも選択肢に入ってくる。しかし、JAXAや米国航空宇宙局(NASA)などが深宇宙探査などに活用しようという探査機などの場合、もしくは有人宇宙で活用しようという宇宙船などでは、運用期間が10年を超すこともざらにある中、万が一にも故障が発生すれば、修理や代替が困難であり、コストをかけてでもできる限り故障の頻度は減らしたいというニーズがでてくる。そのため、そうした専用の半導体を複数購入し、さらに内部での試験などで筋の良いものを選別し活用することになる。
ルネサスとしてもインターシルブランドとして提供する宇宙用半導体の多くは、そうした長期運用が求められる衛星や探査機などをターゲットに据えたものとなる。
とはいえ、そうした長期運用の衛星や探査機であってもニーズが多岐にわたっており、現在同社では「RH Hermetic」「RH Plastic」「RT Hermetic」「RT Plastic」という4種類のパッケージを提供して、そうした広がるニーズに対応を図っているほか、パッケージ形状についても昔から宇宙用半導体として活用されてきたセラミック+金めっきパッケージのほか、最近では樹脂(プラスチック)パッケージにも対応するようになってきた。宇宙用半導体規格としても近年、QML Class Pが制定され、プラスチックパッケージを高信頼性半導体向けに本格的に活用できるようになってきたことが背景にある。
参考:宇宙でも活用が進むプラスチックパッケージ、TIが主導した新規格「QML Class P」とは?
「ルネサスとしても、パッケージの規格については最新の動向を把握しており、必要とされるものはその仕様に沿って提供していく体制が整っている」(迫間氏)と、技術的に最先端に対応していることを強調。提供できる製品ラインナップとしても、「高精度アナログ」「パワーマネジメント」「ディスクリート」「RF&タイミング」「ミックスドシグナル」と多岐にわたる。しかも、ミックスドシグナルに至ってはルネサスが買収後に新たに開発した製品群とのことで、「当面、耐放射線ICのラインナップとしてプロセッサそのものは提供しない(編集注:かつてJAXAの小惑星探査機『はやぶさ(初代)』には同社の前身となった1社である日立製作所が関わったSH-3が採用。宇宙用半導体ではなかったが3重冗長系を採用することで安全性を担保していた)が、買収したIDTの製品を宇宙用に発展応用させたRFアンプやRFアッテネーター、シンセサイザ、バッファなどRF&タイミング製品を拡充していく予定」とするほか、半導体メーカーとしては表立って推奨はしないが、ユーザーが同等性能の民生品を購入して、それを用途に応じて使い分けたり、ほかの民生用半導体と組み合わせて活用するといった使い方も現状では想定しており、さまざまな角度から顧客のサポートにつなげていきたいとしている。
あらゆる日本の宇宙ビジネスにコミット
インターシルとしては1990年代より日本でも宇宙向けビジネスを展開してきており、JAXAの宇宙探査プロジェクトにも半導体が採用されてきた実績がある。公にされている範囲でも、2007年に打ち上げられた月周回衛星「かぐや(SELENE)」、2009年より始まった国際宇宙ステーション(ISS)への補給ミッションを担当する「こうのとり(HTV)」、2010年に打ち上げられた準天頂衛星、2018年に打ち上げられた温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号(GOSAT-2)」、そして2023年に打ち上げられた小型月着陸実証機「SLIM」と、いずれも長期運用、高信頼性が求められるミッションばかりである。
迫間氏は「宇宙ビジネスは失敗がつきもの。だからこそ半導体デバイスはミスがないものを提供していく」と高信頼性の半導体を提供する意義を説明する。また、「民生分野でも信頼性は必要であり、高信頼性に対する取り組みの経験がそうしたサポートにもつながる。ソリューションとして提案したり、ForgeFPGA(ルネサスが手掛けるFPGA)を活用して部品点数を削減することでリスクの低減を図ることもできる。信頼性そのものについても、これまでの技術を活かしつつ、パッケージング技術を共通化するなどによりリスクを減らして信頼性を高めるといったこともできる」と、単に宇宙分野に限らず、さまざまな同社のビジネスにその取り組みが波及していくことを強調する。
同社は2024年1月1日付で、総合半導体メーカーとして日本発のグローバルカンパニーになるべく組織体制の変更を行った。トータルソリューションカンパニーを目指した組織再編であり、そのために「アナログ&コネクティビティ」「エンベデッドプロセッシング」「ハイパフォーマンスコンピューティング」「パワー(電源)」の4プロダクトグループを発足させている。例えばパワーでは自動車も衛星も民生機器にも必要な製品群を開発し、ソリューションとして各セグメントに分かれた形で拡販していく方向性を指向する。また、それらを駆動させるためのソフトウェアやファームウェアも組み合わせてPoCとして提供していくことで、ユーザーにそれを活用してもらい開発負担を減らすことを目指す。「ユーザーの宇宙ビジネスにおいては、全体に占める半導体の割合はそれほど大きくないが、最高峰の宇宙利用における信頼できるデバイスを開発、提供していくことはコミットしていきたい」と迫間氏は宇宙ビジネスでもソリューションプロバイダー、しかも日本でもっとも信頼される半導体ベンダーとしての価値を踏まえた存在となることを目指すとする。
現在、日本ではJAXAと三菱重工業(MHI)が基幹ロケット「H3」の試験機2号機の打ち上げに成功、6月末には3号機の打ち上げを計画しているほか、火星衛星のサンプルリターンミッション「MMX」も2026年に打ち上げられる予定となっている。一方の民間もispaceによる月面着陸への挑戦や、インターステラテクノロジズ(IST)やスペースワンといった新興ロケットベンチャー、アストロスケールによるデブリ除去の実証など、さまざまな新たな宇宙ビジネス(ニュースペース)の動きが活発化しており、政府としても宇宙活用に本腰を入れる動きを見せている。世界でも自国の衛星を持ちたいと開発を進める動きが活発化してきており、今後、宇宙の活用が世界的な潮流になっていくことが予想されている。そうした宇宙活用時代、NASAやJAXAに選ばれてきたという長年の実績と信頼性を武器にどこまでルネサスのインターシルブランドがグローバルで存在感を増していけるか、今後の動向に注目である

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