知られざる日本の『レーシングカー保険』事情。スーパーGTでシェア最大8割の損保ジャパンに聞く

2023年1月20日(金)11時50分 AUTOSPORT web

 モータースポーツにはレース中の接触やクラッシュにより車両にダメージを受けるといったリスクが付き物だ。そのリスクに対応するべく、近年日本のモータースポーツ界でもレーシングカー保険を利用するチームが増えてきている。


 一般車とは用途もリスクも異なるレーシングカーに向けて販売されている保険とはどのようなものなのか。日本で数多くのレーシングカーに保険を提供する損保ジャパンの榎本欣司氏、そして同社の保険代理店であり、レーシングカー保険の開発にも携わった東海レースマネジメントの山脇氏に、知られざるレーシングカーの保険事情を聞いた。


 モータースポーツの歴史が長い欧州や北米では、レーシングカー向けの保険・ファイナンス手法が充実しており、レーシングカーのリスクマネジメントとして広く保険が活用されている。そのため、FIA GT3車両などのカスタマーレーシングカーを開発・販売する欧州メーカーの中には、保険が付保しやすい車両、保険料が低い車両となるように企画段階から検討するメーカーもあるほどだ。車両を購入するチームにとって、保険を付保しやすい車両であることは、融資購入(ローン購入)が可能となるなど、ファイナンスの自由度を増すことにつながり、ひいてはレース参戦の継続性を高めることにつながるためだ。


 一方、日本で本格的なレーシングカー保険の販売が開始されたのは2017年と歴史は浅い。それまでも、一般車用の保険をレーシングカーに適用するといった事例もあったようだが、当然レーシングカーの特殊性に見合った保険ではなかったこともあり、広く普及することはなかった。


 また日本では、保険業法第186条において『日本に支店等を設けない外国保険業者は、日本に住所もしくは居所を有する人、もしくは日本に所在する財産に係る保険契約を締結してはならない(一部簡略)』と定められている。日本の法人・個人は日本での運用免許を持たない海外の保険会社を利用することはできないことも、日本でのレーシングカー保険の普及を妨げる要因となっていた。


 損保ジャパンのレーシングカー保険への参入は2022年と後発だ。一般ユーザー向けではなく、顧客もレーシングカーを所有するオーナーやチームに限定されるニッチな分野にあえて参入した理由について聞くと「レース産業の発展への貢献とともに、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、保険会社としても下支えしていきたいという考えからです」と、榎本氏。


「レース業界で進められている燃料やタイヤ開発などを通じたカーボンニュートラル社会実現に向けた取り組みを拝見し、そこに保険会社が関わることで、少しでもカーボンニュートラル社会に向けた動きを加速させ、貢献したいという思いがありました」


 参入タイミングは後発にも関わらず、損保ジャパンはスーパーGT、全日本スーパーフォーミュラ選手権をはじめ、全日本スーパーフォーミュラ・ライツ選手権、スーパー耐久シリーズといったさまざまなレースに参戦する車両に保険を提供しており、なかでも43台がシーズンエントリーした同年のスーパーGTにおいては8割近いシェアを誇ったというから驚きだ。そんな損保ジャパンが展開するレーシングカー保険とはどのようなものなのだろうか。

2022スーパーGT第8戦もてぎ GT300クラスのスタート


「一言で言えば、主にサーキット内において競技車両がクラッシュした場合、その損害を補償する保険です。そのため、一般車向けの自動車保険にある対人賠償や対物賠償など、第三者に対する危害・損害を含めた補償ではなく、あくまでも車両本体の補償となります」と、榎本氏。


 具体的には、国内外のFIA国際自動車連盟またはJAF日本自動車連盟公認のサーキット/特設会場においてクラッシュや火災に見舞われた車両本体の損害に対し、損害保険金や臨時費用保険金を支払うというもの。電気的・機械的な故障は補償対象外となり、接触やクラッシュ、火災が起因する場合でも、タイヤ、ホイールといった消耗品や、エンジン、ギヤボックスについては補償対象外だ。


 エンジンとギヤボックスが補償対象外である理由は、車両の構成要素のうち金額も大きく、これらを補償対象に含めるとチームが支払う保険料も高額になってしまうためだ。つまり、エンジンとギヤボックスを補償対象外とすることで、チームが支払う保険料を抑えることができるメリットがある。ただ、チームからの要望もあり、損保ジャパンではオプション(保険料増額)でギヤボックスについても補償対象とすることも可能だ。


 損保ジャパンのレーシングカー保険は1年または短期契約となる。保険料はぞれぞれの見積もりに応じて変動するが、補償限度額は500万円〜6000万円、1事故あたりの免責金額は50万円からとなる。また、保険料の支払いは原則一括払いだ。

2022スーパーフォーミュラ第10戦鈴鹿 スタート


■「クラッシュした瞬間に保険金が払われるような」次世代型保険開発への挑戦


 レーシングカー保険に加入し、損害保険金や臨時費用保険金の支払いを受ける前には、通常の一般自動車保険よりも細かい事故報告書が必要だ。さらに損害箇所の写真、車載映像に加え、損保ジャパンではロガーデータ(事故前後5秒間)の提出も推奨している。


 ロガーデータの提出は損害査定での使用のほか、次世代型保険の開発に役立てるためだ。クラッシュ発生時のロガーデータから横方向、水平方向、垂直方向のGを解析。数値化されたデータを蓄積し、将来的には「クラッシュした瞬間に保険金が支払われるような」次世代型保険の開発を目指しているという。


 現状、レーシングカー保険も一般車保険と同様に損害報告書やその他資料の提出に加え、損害調査業務を行うアジャスターが工場に足を運んで、車両の損傷を目視した上で査定を行っている。この手法では、どうしても損害発生から支払いまでに時間がかかるため、場合によってはチームのキャッシュフローにも影響を与えかねない。開発が進む次世代型保険では、これらのリスクを減らし、損害額の速やかな確定、そして査定コストの削減により保険料の引き下げにもつながる可能性があるとしている。


 すでに地震保険などでは損害と因果関係のある指標(震度など)の変動状況により、アジャスターが損害調査を行うことなく損害発生直後に損害保険金を支払える『パラメトリック型保険』が確立されている。このパラメトリック型のレーシングカー保険を実現し、将来的には一般車保険に応用することが目標だと榎本氏は語った。保険という目に見えない分野ではあるが、モータースポーツを通じて開発に挑む試みは、クルマ作りにも通じるところだろう。

2022スーパー耐久第2戦『NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース』の決勝スタート


 最後に、2017年から日本向けレーシングカー保険の開発に携わってきた山脇氏に、レーシングカー保険の開発を手掛けたきっかけを聞いた。長年リスクマネジメント業務に携わってきた山脇氏は、スーパー耐久シリーズに参戦するレーシングチームのマネジメントも手掛けており、チーム側のニーズにも知見がある。


「各チームさん、それぞれで活動予算の中にクラッシュ予備費を組み込んでいると思います。ただ、その予備費をオーバーする年もあれば、まったく使わない年も出てくると思います。年度によって上下する固定費/予備費を保険料にすることで、参戦費用を平準化できると考えたことが、この保険開発のきっかけです」


「また、クラッシュによる損傷で参戦予算がなくなってしまうようなケースもあると思います。そのようなリスクをなるべく減らせるよう、シリーズ戦から参戦台数が減らないように支えたいという思いがあります。そういったところで私たちの保険も、モータースポーツ界に貢献できていると考えています」


 レース車両の損傷や大クラッシュは、ときにチームの存続問題にもつながる。チームにとってのリスクを軽減するレーシングカー保険は、スーパーGTやスーパーフォーミュラをはじめとする、国内レースに出走する参戦台数を維持するという点でも大きく貢献していると言えるだろう。表立ってはその仕事ぶりが目に映らないレーシングカー保険ではあるが、レース産業を持続させるために欠かせない存在に違いない。

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