「サッカーが難しい、しんどい」柿谷曜一朗の発言に共感する人も多いのでは?“息苦しさ”のある現代サッカーにドロップキック!
2025年2月24日(月)12時0分 ココカラネクスト

柿谷の言葉はサッカー選手の本音だろう(C)産経新聞社
今はサッカーが難しい。しんどい。サッカーをさせられている。90分間でやることが決められている。その中で個を出せ、と言うのはわかるけど、放っといてほしい。ミーティングでもようわからん戦術が山盛り。サカつくやん。サッカーがホンマに難しくなった。
柿谷曜一朗が引退会見とその後の囲み取材で語った「現代サッカーへのアンチテーゼ」は、かなりのインパクトがあった。「柿谷らしい」「彼ならではの言葉」と受け取った人もいるかもしれないが、筆者は特別なものとは思わない。おそらく、サッカー選手の7割は柿谷に同意するのではないか。
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筆者は2022年に元大宮の監督、現在は山形でコーチを務める岩瀬健氏の著書『サッカー指導者は伝え方で決まる』の構成に携わった。その本の帯にはこう記されている。
「選手の約7割は指導者の理論を欲していない」——。
戦術に興味を持ち、研究し、それを選手に落とし込めるのが有能な指導者だと思っている人は多いかもしれない。だが、実は選手はそれを欲していない。ロジックを噛み砕けばいいというものでもなく、そもそもロジックが要らない。7割の選手はそれが本心だ。彼らにとって、指導は「おせっかい」に近い。
ロジカルに話し、指導者の言うことをすぐに理解する選手は、兎角良い選手に見えがちだ。しかし、それと実際にできることは別。考えること、興味があること、実際にできることがハイレベルにマッチしていた中村憲剛のような選手は奇跡に近く、大半はもっとアンバランスだ。みんな凸凹がある。人離れした身体能力、神業の技術を持つ選手が、ロジックに対して苦い顔をすることなど、この分野では日常である。
そうした「ロジックを欲しがらない7割の選手」が持つ才能や能力を、漏らさず生かすためには、フィーリングを掴むコツのような伝え方が必要。だが、最近の指導者はインプットばかりに熱中し、アウトプットが疎かになっていないか。選手の顔を見ていないのではないか。そうした時代の趨勢を踏まえ、当時、自戒を込めて著書のテーマに選ばれたのが「伝え方」だった。
今回の柿谷の明け透けな言葉から、真っ先に思い出したのが当時の本である。指導サイドのロジックに疲れた様子はまさに、だった。
しかし、こうした選手の本心がメディアに載るのは珍しい。当然だ。現役の選手がそれを正直に言えば、自身の評価に関わるから。「戦術のわからん選手」と思われるのはデメリットでしかない。監督批判と受け取られる恐れすらある。だから柿谷の発言に7割の選手が同意するであろう実態も、表には出ない。
だが、あの発言は特別ではないし、天才の秘め事でもなかった。柿谷は言いにくい普通のことを言っただけ。選手の多くが感じている、普通の感覚を、火の玉ストレートで。最近のサッカーが少し寂しく、虚しく思えてしまう嘆きだった。
しかし、「現代サッカー」が常に変わり続けるのも確かだ。
監督の戦術が色濃く反映されたポジショナルなサッカーは、機能美を感じさせる。しかし、構造があるだけに分析されやすい。実際に昔、あるJクラブの分析担当者は「構造のあるチームは分析しやすい」と語っていた。その可変や手札をどれだけ増やしたところで、イタチごっこの末に捕まっていく。
逆にそうした構造が緩いチームほど、同じ状況でも選手のアイデア次第でいつも違う判断に至るため、分析泣かせであると。だからと言って、構造が何もなく、選手が好き勝手にプレーするだけの無秩序なチームは隙だらけで弱い。これも確かだ。
そこで最近はポジショナルな構造と、リレーショナル(相互関係的)な選手の創造性をミックスさせるアプローチが再評価されている。別段、新しいことではない。レアル・マドリーを指揮するカルロ・アンチェロッティは、随分前からその志向でチーム作りを行ってきたし、遡ればヨハン・クライフがプレーした1970年代のオランダ代表もクライフの自由な発想に呼応して味方が動くことで、構造の安定性と、予測不可能な連係を生み出していた。身近な例では、トップ下に乾貴士が立つ清水エスパルス、中盤に鎌田大地が入った森保ジャパンもそれにあたる。
類まれな能力を持ったクリエイティブな選手と、ロジカルに構造を理解してチームを支える選手。言い換えれば、7割の選手と3割の選手をどうミックスさせ、どう伝えて、チームとして成立させるのか。それはちょっと、わくわくする。
柿谷曜一朗。若い時期は人間的な成長を促してくれた指導者と共に、そして晩年は現代サッカーに抑圧され、息苦しさを隠さず、35才で現役を終えた。「サッカーが難しい」「サッカーがしんどい」。彼のようなタイプに、そう思わせずチーム作りを進められる指導者が、これからは重宝されるのではないか。これは半分、願いでもある。
[文:清水英斗]