「シンプルに立ち返ることが、ファン拡大の秘策」モータースポーツの長所と弱点 後編【大谷達也のモータースポーツ時評】

2020年3月3日(火)15時46分 AUTOSPORT web

 モータースポーツだけでなく、クルマの最新技術から環境問題までワールドワイドに取材を重ねる自動車ジャーナリスト、大谷達也氏。本コラムでは、さまざまな現場をその目で見てきたからこそ語れる大谷氏の本音トークで、日本のモータースポーツ界の課題を浮き彫りにしていきます。


 第4回は『さまざまなスポーツと対比させてみえてくる、モータースポーツの魅力と弱点(後編)』がテーマです。不利な条件を吹き飛ばす、ほかのスポーツにはないモータースポーツ独自の魅力と、ファン拡大への道標について語ります。


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 前回はサッカーやラグビーを例に挙げながら、私の考える「多くの人々がファンになるポテンシャルを秘めた競技」についてご説明しました。ポイントは大きく分けてふたつです。


 第1のポイントは「ルールがシンプルで、誰でもひと目見ただけで試合の状況が掴めること」、そしてふたつめは「全般的には“強い者が勝つ”という原則が貫かれていながらも、適度な偶然性が織り込まれていて、ときに大きな番狂わせが起きる可能性を秘めている点」にあります。


 では、このふたつの基準から見たときにモータースポーツはどう評価できるのか、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。


 みなさんは、モータースポーツのルールはシンプルだと思いますか? 長年のファンであれば細かいルールまでよくご存じで、あまり難しいとは感じないかもしれませんが、一般の人から見ればモータースポーツのルールはとても複雑でわかりにくいと思います。


 何段階かに分かれた予選のフォーマット、ピットストップに関する規定、セーフティカーが導入されたときの手順などは、モータースポーツファンの初心者にさえわかりにくいはず。


レーシングカーに関するテクニカル・レギュレーションまで含めれば、長年のファンにもわからないことは少なくないでしょう。


 もうひとつの「番狂わせが起きる可能性」はどうでしょうか? プロのレーシングドライバーがサーキットで専有走行をすれば、一定のペースで走り続けるのはさほど難しくありません。タイヤの摩耗やコンディションの変化を除けば、おそらく誤差はコンマ2、3秒程度でしょう。それくらい彼らは正確にドライビングできるのです。


 つまり、偶然が入り込む余地はあまり大きくないのです。ここに「ライバルとのバトル」という要素が加わればもう少し変化が起きるでしょうが、現代のモータースポーツでバトルが演じられることは、そう多くはありません。


 その主な原因がダウンフォースにあることは、みなさんもご承知のとおりですが、では、ダウンフォースを極端に小さくしたレースが可能かといえば、これにもさまざまな困難が予想されます。


 もうひとつ、モータースポーツがファンを惹きつけるうえでネガティブな要素として、選手がヘルメットを着用していることが挙げられます。試合中の選手がどんな表情を浮かべているかを見るのは、スポーツ観戦の醍醐味といっても間違いではないでしょう。


しかし、モータースポーツではヘルメットの着用が義務づけられているため、ドライバーの表情は窺い知れません。これが2輪レースのようにライダーの姿が見えれば観客にもその様子が伝わるかもしれませんが、4輪レースではこれも期待できません。このため、ファンが感情移入しにくい状況を生み出しているといえます。


 つまり、私が考えた基準で評価すると、モータースポーツは多くのファンを惹きつける要素があまり多くない競技という結論に辿り着くのです。

モータースポーツではラリー競技などを除きそのほとんどでフルフェイスヘルメットが使用されており、外からはドライバーの表情がわかりにくい。車内となるとなおさらだ。


■モータースポーツは人間の五感を刺激する唯一無二の世界


 では、モータースポーツは人気がないのでしょうか?


 いいえ、そんなことはありません。F1日本グランプリには決勝日だけで7〜8万人のファンが詰めかけますが、Jリーグが開催されるスタジアムで7万人を収容できるのは日産スタジアムだけ。


 野球場では甲子園球場が最大ですが、その数は5万人に達しません。つまり、モータースポーツの人気は、決して低くないのです。


 多くの人気を獲得するうえで不利な条件が多いモータースポーツがいまも高い人気を誇っているのは、「モータースポーツがほかのスポーツにない魅力を備えているから」といえます。


 具体例を挙げましょう。まず、スポーツとしての要素とテクノロジーの要素がこれほど高い次元でバランスされているスポーツはほかにありません。スピード感も、モータースポーツに優る競技はないでしょう。人によっては音や匂いに惹かれるという方もいるはずです。こうした要素が、モータースポーツに内在する「不利な条件」を補って余りある魅力を生み出しているのです。


 とはいえ、F1を含め世界中の多くのモータースポーツで人気の低迷が囁かれています。私自身は、30年前にはなかったインターネットがこれだけ普及しているのだから、娯楽としてのモータースポーツのシェアが一定数失われるのは仕方のないことだと思っていますが、一方でモータースポーツの人気を拡大する余地は残されているとも考えます。


 この問題には世界中の専門家が長年取り組んでいるのですから、私がとやかく口を差し挟むべきではないのかもしれません。けれども、モータースポーツで実施されるさまざまな施策のなかには、私が挙げたシンプルな原則を満たしていないものも多く見受けられます。


 競技の仕組みが複雑なためシンプルな解決策は見いだしにくいのかもしれませんが、複雑化は複雑化を呼び、大多数のファンを遠ざける危険性を秘めています。いまこそ基本に立ち返り、シンプルな施策でモータースポーツの魅力を掘り起こす努力が求められているような気がします。

SUPER GT×DTM特別交流戦 レース1スタートシーン


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