接触多発のGTならでは。確立された判定フローと、『SCかFCYか』の判断基準【スーパーGTレース管制の真実(2)】

2022年3月24日(木)16時58分 AUTOSPORT web

 2クラスが混走し、激しい争いが繰り広げられるスーパーGT。ホイール・トゥ・ホイール、バンパー・トゥ・バンパーのバトルは観客にとって魅力的だが、その“副作用”として車両同士の接触や、予期せぬクラッシュ・トラブルなどもしばしば起こる。


 そんな”難しいレース”をコントロールしているのが、レースコントロール室(管制室)だ。その内部では、いったいどんな作業が行われているのか。スーパーGTでレースディレクター(以下、RD)を務める服部尚貴氏に、スーパーGTのレースコントロール術、そして知られざる管制室の“真実”を聞いた。


 連載第1回となる前回では、レースコントロール室で作業にあたる人々とその組織についてみてきた。


 今回は、レースコントロール室の内部で行われている作業について、以下“車両間の接触”というシチュエーションを例に、ペナルティが科されるまでの作業フローを明らかにしていきたい。


■審査委員も『同じ映像』を見ていることの意味


 車両間の接触についても、基本的には各ポストから上がってくる情報が、検証作業の起点となる。ポストからの報告に基づき複写式の伝票が書き起こされてコントロール室内の各部署に情報が共有され、以降は1件ごとに付与された『伝票番号』にて検証作業が進められていく。


「『何号車と何号車が接触』と報告が上がってきます。このとき、基本的に一番大事なのは時間で、何時何分何秒に起きたのかを報告してもらう。それがあれば、いまはほぼ映像で確認することができます。現場(ポスト)では一瞬のできごとなので、『対象車両は“黒っぽいクルマ”とかでもいいから、時間だけはしっかり』とお願いしています」と服部RD。


 この時刻を頼りに、検証チーム(副競技長とドライビング・スタンダード・オブザーバー=DSO)が映像の検証に入る。


 この検証には、サーキット側が管理するコースの定点カメラのほか、GTA管轄となるTV中継カメラの映像(公式映像)も使用される。TVカメラ(公式映像)については、中継に使われていないすべてのカメラの映像も確認できるようになっている。接触が映っている映像すべてがピックアップされ、何度も繰り返してスローにしたり、一時停止したりして、検証されていく。


 ドライブ行為の検証・判定については、スポーティング規則内の『SUPER GTドライバーズ ガイド』に、その判定基準が明文化されている。すなわち、『ブレーキング開始地点からターンイン開始地点までの間でのブロックの禁止』『コーナー入口で、後続車両が先行車両のホイールベース内にまで進んだ場合、先行車両は後続車両の走行ラインを残さなければならない』などである。


 これら当該車両間の位置関係、そしてスポーツマンシップに則っているか等から総合的に判断され、判定が下されていく。


「まずは、DSOの判断ですね。アクシデント(セーフ)か、インシデント(アウト)かが分かりやすいものは、まずそこでチェックをしてもらいます。そして“難しい”案件と、インシデントとなる案件については、競技長とRDの方にも映像が回ってきて、そこで最終判断を行います」

エキサイティングなシーンの多いスーパーGTでは、そのレースをコントロールする側にとっては難しい判断が連続する


 以上が基本のフローだが、DSOを兼務する服部RDは、セーフにする案件も含め、検証チームが確認している映像すべてに目を通している。


「自分の前のモニターにも流れるので、『伝票番号●番はこれね、はい確認しました』という具合ですね」


 競技長とRDに最終判断が回ってきた案件について、インシデントと判定しないものには黒白旗が提示されることがある。スーパーGTにおいては“警告”として運用される黒白旗の提示については、RDが判断を下す立場にあるという。


 そしていわゆる“アウト”、インシデントと判定したものに関しては、通告書が書き起こされ、これが審査委員会へと回ることになる。


 審査委員会室は、レースコントロール室とは厳格に区別される。レースコントロールが行うのは(インシデントかどうかの)『判定』であり、ペナルティという『裁定』を下すのは審査委員会の役目だからだ。


 審査委員会室には審査委員が控えるが、スーパーGTでは、服部RD/DSO含む検証チームが確認しているモニターの映像を、そのまま審査委員会室でも同時に流しているという。つまり審査委員も、レースコントロールが判定する材料となったスロー映像や一時停止画像を、その目で確認できるというわけだ。


「難しい案件については、その場で審査委員会室に連絡して『いま流しているこの映像の件、こういう理由でインシデントにします』と説明したりします」


 ただ、審査委員会によって判定が覆されることも「ゼロではない」という。


「『もう1回見てくれ』ということはあります。そういうときはこちらから改めて理由を説明すれば、たいてい『なるほど』という話になりますね」


 審査委員会が過去の判例などに基づきペナルティの内容を決定すると、それを“執行”するのはまたレースコントロールの役目となる。


 以上がペナルティを科すまでの流れとなるが、決勝レースともなれば1周目から複数の伝票が飛び交い、レースコントロールではひっきりなしにこの作業が続けられているケースもあるという。


 接触案件は基本的に時系列で処理していくことになるが、ピット上で起きた事象(ピット作業違反など)はテクニカルを司るチームが検証を担当するため、作業は別系統となる。ピットにいるテクニカルスタッフはヘルメットに取り付けたカメラで動画を撮影しているが、レースコントロールではリアルタイムで確認できないため「何かあったときは、急いで持ってきてもらう」という。


 また、(ポストからの報告は無いが)チームから『疑義調査依頼書』が提出された案件も検証する。要するに、ドライバーからチームに「●号車と当たった!」いう報告が寄せられ、それをチームがレースコントロールに訴えた場合だ。現在は参戦エントラントとレースコントロールを結ぶチャットアプリ上で書類が提出されるが、この場合も接触が起きた時系列とは別に検証することになる。


 なお、表彰台に絡む接触判定については、表彰式前にその結果を出せるよう、「レース終盤には優先順位を上げて」検証することもある。「お客さんにはちゃんとした結果としての表彰台を見てもらいたい」というのがその理由だ。

富士スピードウェイのレースコントロール室(2016年スーパーGT公式テスト)


 繰り返しになるが、GTAがRDやDSOなどの派遣役員制を導入しているのは、ジャッジ等の平準化のためだ。シリーズとして確固とした判定基準を持ち、それを毎回運用することで参加者と観客に対し、より分かりやすいレースを目指している。


 だが、サーキット側の競技団も当初は、GTAの派遣役員制導入には懐疑的な態度を示すこともあったといい、協業は必ずしも最初からうまく行っていたわけではない。サーキット側からしてみれば、数多くの大会を成功させてきたという自負があったことも想像できる。


 それでも難しい接触判定等に際し、ときにチームがコントロール室に駆け込んでくることがあっても、服部氏ら派遣役員が矢面に立って説明をするようになると、徐々に関係性が変わっていった。


「我々はきちんと基準を示し、説明することができます。ある意味、競技団としてはそのあたりのストレスが減った面もあったでしょうし、徐々に『やっぱり(派遣役員は)必要だね』と意識が変わっていったと思います」


 服部氏が前任の南洋一氏からRDを正式に引き継いだ2018年頃には、「完全に信頼関係ができている時代」となり、現在のスムーズで互いに協力的な仕事環境につながっているという。


■FCY導入時の“グレーゾーン”対策


 以上のように、接触の判定に主に関わるのは副競技長/DSOと、競技長/RDということになるが、RDとしての服部氏としてもうひとつ、大きな役割を担うのがレースの非競技化、すなわちフルコースイエロー(FCY)/セーフティカー(SC)/赤旗導入の決定だ。


 2クラスが混走するスーパーGTではSCが導入された際、クラス内での位置関係の公平性を保つためにホームストレート上での整列作業が必須となっている。このため、ひとたびSC導入となると最低15分はレースに『間』が入ることになり、安全性とエンターテインメントの両立という面で、シリーズは長年課題を抱えている状態だった。


 2021年からは、全車が一律80km/hで走行することを義務付けるFCYが本格導入されたことで、この課題は一部で解決に向かった。


「FCYかSCか、という基準は、安全性の面と、どれだけレースを止めることになりそうかという時間の面で、決めています」と服部氏。


「時間の面で言えば、5分以内ですべて処理ができるのであれば、FCYでいいと考えています。5分以内というのは、クルマが牽引できる状態。バリアの開口部に近いところにちゃんと止めてくれて、ギヤもスタックしていなくて、すぐにコースから出せるならFCY。サスペンションが曲がっているとなると、吊り上げが必要になってくるので、SCにする方向です」


 FCYの導入により、服部氏としては「選択肢がひとつ増えて、だいぶ楽になった。ただ、なんでもかんでもFCY、と乱用するつもりはありません」と言う。


 現在、FCYの導入に際しては、ボード提示と同時に追い越しが禁止となりカウントダウンが開始、ボード提示から約10秒後までに80km/hに落とすことが求められている。


 昨年、このカウントダウンとその前後の時間において、前車との間隔を詰めたり、追い越さないまでも横に並んだりといった“グレーゾーン”を突く行為が、一部で問題視されることがあった。


「基本的に、カウントダウンが『ゼロ』になった瞬間に80km/hになっていなければいけません。GPSの車速と、そのクルマが何秒でどれくらい落としたかというのがリアルタイムで、数字で分かるようになっているので、FCY導入時はDSOがそれを全部チェックして、まずはDSOが判定します。今年も、どう見てもアウトなものはどんどんペナルティになります」


 今季に関しては、FCYの運用規則がより細かく定められた。これらによって、“グレー”な状況が減ることを願いたい。
(第3回へつづく)

スーパーGTでレースディレクターを務める服部尚貴氏。ドライビング・スタンダード・オブザーバーも兼務する。

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