苦手なもてぎを克服したGRスープラ。ブレーキング時のリヤスタビリティアップが果たした功績

2021年8月7日(土)16時49分 AUTOSPORT web

 2021スーパーGT第4戦もてぎを2位で終えた宮田莉朋は、泣いていた。


「ピットに戻ってきて『すみません!』ってね。だから言ったんです。『(マックス)フェルスタッペンになれと。(ルイス)ハミルトンにずっと負け続けてもチャンスが来たんだから、お前にも来る。山本(尚貴)選手はチャンピオンだし、後ろから見ていて操作も分かっただろう』とね。正直、僕も悔しかったですけど」


 WedsSport ADVAN GR Supraの坂東正敬監督は、第2スティントの激戦を微妙な表情で振り返った。宮田は、山本がドライブするSTANLEY NSX-GTの背後にピタリとつけ、何度も横に並びかけた。しかし、最後まで昨年のチャンピオンを抜き去ることはできなかった。


「抜けなかったのは予選での100分の5秒差、まさにそのものだったと思います。莉朋も言ってましたけど、去年こんなに悔しい思いってなかったんですよ。でも、悔しいと思えるところに来れたというのは、1歩階段を上ったということだし、次もっといいレースをすれば勝てるねって。自分としては、今日は(国本)雄資を褒めてあげたい。スタート後牧野(任祐)選手をどこで抜くか、昨晩遅くまでシミュレーションしていたと思うんですよ」


 予選2番手からスタートした国本は7周目、トラフィックに詰まり一瞬スピードが鈍った牧野を、5コーナーでアウトから鮮やかに抜き去った。その直後「オレかっこいいでしょ」と、無線で声を弾ませたという。国本はその後もリードを保ち、実質首位で自分のスティントを走り切った。


「レースなんでそう簡単には勝てないですし、今日の2位はうれしいです」と国本。「牧野選手よりも、そのさらに前のGT300を見ながら走っていました。5コーナーでは去年立川(祐路)さんにアウトから抜かれていて、抜くための材料はありました(笑)。今回はタイヤもクルマも良かったですし、いいレースができました」

2021スーパーGT第4戦もてぎ STANLEY NSX-GT牧野任祐をオーバーテイクするWedsSport ADVAN GR Supra国本雄資


 STANLEY NSX-GTとWedsSport ADVAN GR Supra。サクセスウエイトではSTANLEY NSX-GTが12kg重かったとはいえ、実力はほぼ互角だった。ピットでWedsSport ADVAN GR Supraがタイヤ交換ミスをせず、給油時間もわずかに短かったら、勝負どころでFCY(フルコースイエロー)が2回も出なかったら、最後の対戦相手が山本ではなかったら……。考え得る敗因がひとつでも少なかったら、WedsSport ADVAN GR Supraが優勝していた可能性は充分にあっただろう。


 ではなぜ、昨シーズン一度も6位以内に入れなかったWedsSport ADVAN GR Supraが、優勝争いをできたのだろうか? GRスープラの中では軽いほうだとはいえ、ウエイトを10kg積んでいた。国本が言うように、タイヤとクルマの両方が良かったことが、躍進の理由である。もちろん、ドライバーの力量も忘れるべきではないが。


 タイヤについては6月にヨコハマがもてぎで行ったテストで、高い路面温度にマッチするタイヤを見つけた。新しいコンパウンドを採用し、ピークグリップだけでなく耐久性の面でも長足の進歩を果たしたと坂東監督はいう。


「予選に関しては前回ポールでしたし、今年3戦中2戦でスープラ勢トップでした。『決勝ではどうせタレるんでしょ』と思われていたかもしれないですし、確かに最後はリヤをセーブしないとダメな状況でしたが、それはFCYが2回入ったせいもあると思います」


 ヨコハマの新タイヤはウォームアップにやや時間を要し、内圧が上がり完全に発動するまでに5周程度要した。だからこそ、前半国本は7周目まで待ちベストな状態で勝負を仕掛けたのだが、後半で首位山本を追いかけていた宮田は、重要な場面でFCYによりスピードを落とし、タイヤの温度が下がってしまった。FCY明けで差を拡げられ、再び追いつくまでに5周程度かかったのは、タイヤの特性によるものだ。


 また、山本との接近戦が続き、直後を走り続けたことでダウンフォースを充分に得られず、後半はタイヤのデグラデーションが進んでしまったのも事実。前半トップに立ち、クリーンエアで走り続けた国本は「タイヤのタレはなかった」と証言する。


 ただし、それについては、あえて宮田の接近を許した山本の知略と精神力を称えるべきだろう。山本は宮田を抑え続けるなかでタイヤと燃料をセーブし、最後の要所でパフォーマンスをフルに発揮して突き放した。長いあいだ山本の真後ろにつき、タイヤとブレーキを酷使しただけでなく、エンジンの冷却性能も下げてしまった宮田は、山本から学ぶことが多かったに違いない。

2021スーパーGT第4戦もてぎ 表彰台登壇の際に山本尚貴とグータッチする宮田莉朋


■「ショックだった」5%負けていた燃費差


 次に、GRスープラの進化について見ていきたい。昨年のもてぎでの2戦、とくに11月の2戦目は、ウエイトハンデを考慮してもGRスープラが決勝でもっとも苦しんだ1戦だった。その理由としては、ブレーキスタビリティの不足、中低速コーナーでのダウンフォース不足、燃費性能が挙げられる。


 それについては各チームだけでなく、車両開発を担うTCD(トヨタカスタマイジング&ディベロップメント)も危機感を覚え、オフのあいだに「もてぎ対策」に重点を置き開発を進めた。


 トムスの東條力エンジニアは「昨年は、規則変更で失われるであろうフロントのダウンフォースを取り戻そうとした結果、思った以上に空力バランスが前に寄りすぎてしまったようです。そうなると、ブレーキングのエネルギーが大きく、トラクションも重要なもてぎでは厳しい。エアロは変えられないので、いろんなアイテムを組み合わせながら改善を進めてきました」という。


 つまり、リヤタイヤのグリップが薄くなりやすかったということだ。もてぎはそもそも路面のグリップが低く、予選などタイヤがいい状態ならばカバーできるが、決勝で摩耗が進むとリヤがどんどん弱くなっていく。ブレーキングでは突っ込めず、立ち上がりでトラクションもかかりにくいというのが、昨年苦戦した大きな理由である。


 ブレーキスタビリティを高めようと、ウイング角度やレーキアングルで空力バランスをリヤに移すと、フロントが軽くなりコーナーではアンダーステアが出やすくなる。それを補うためにTCDと各チームはシミュレータも駆使し改善に努めた。90度コーナーで走りを観察したところ、ブレーキスタビリティも、立ち上がりのトラクションもNSX-GTと遜色なく見えた。また、中速区間でも回頭性、スタビリティともに一部のGRスープラを除けば非常に良かった。


「今年のクルマはリヤの安定感を出しつつ、しっかり曲げられます。低速コーナーにボトムスピードを上げて入っていけるし、うまくトラクションもかかる。曲がりながらリヤがドシッとしている感じがあります」と、国本のコメントもポジティブだった。

2021スーパーGT第4戦もてぎ WedsSport ADVAN GR Supra(国本雄資/宮田莉朋)


 車両開発を担うTCDの湯浅和基氏は、次のようにレースを振り返った。


「昨年のもてぎに比べたらだいぶ良くなりました。ヨコハマとブリヂストンではタイヤの潰れ方が違うのですが、走っているときの車高はかなりそろったと思います。リヤの車高を下げた状態で、なんとか曲げられるようなセットを目指しました。S字のアンダーも昨年より出ていなかったですし、この方向で間違いないと思います。ただ、ブレーキングでまだドーンと行くことはできず、そこは今後の課題です」


「車体屋さんを褒めてあげてください」と、同じくTCDでエンジン開発を担当する佐々木孝博氏は言う。


「昨年は減速時に、レーキがついていて後輪が空転してしまうためロックしやすく、オフスロットル状態でもアンチラグを強めてトルクを入れることで後輪を回してあげる必要がありました。でも、そうすると燃費は悪くなります。昨年、ホンダさんが21、22周目でピットに入ったのを見てショックを受けました。計算すると、厳しく見て5%負けていたと思います。そこで、オフの間に燃費の改善に努めましたし、今回のもてぎではアンチラグをあまり強めないで走ることができました」


 5%という大きな差をよく取り返したといえるが、それでもWedsSport ADVAN GR Supraの分析によると、STANLEY NSX-GTのほうが給油時間は若干短かったという。


「パワーはどちらも変わらないと思います。うちはドラビリ(ドライバビリティ)を重視するため常にアンチラグを使っていますが、ホンダさんはアンチラグを弱めたり使わなかったりしていると思います。後半にFCYが2回入って彼らはかなり燃費を稼ぐことができ、アンチラグを使える領域に入ったんじゃないかなと思っています。だから、抜き切れなかったというのもあると考えています。我々は最初からアンチラグを常に使う前提なので、FCYはあまり関係ありませんでした」


 つまり、NSX-GTは2回のFCYで燃費がかなり楽になり、終盤アンチラグをアドバンテージとして使うことができたという見立てである。


「改善の余地はまだあると思います。今年もう1回もてぎがあるので」


 以上のように、昨年鬼門だったもてぎで、GRスープラはNSX-GTと対等に勝負ができるレベルまで総合力を高めたといえる。11月開催の2回目のもてぎ、そして高負荷サーキットの次戦鈴鹿で、力関係がどのようになっているのか、タイトル争いを考えると非常に興味深いところである。


※この記事は本誌『auto sport』No.1557(2021年7月30日発売号)からの転載です。

2021スーパーGT第4戦もてぎ 国本雄資(WedsSport ADVAN GR Supra)
2021スーパーGT第4戦もてぎ 宮田莉朋(WedsSport ADVAN GR Supra)
auto sport No.1557の詳細はこちら


AUTOSPORT web

「スープラ」をもっと詳しく

「スープラ」のニュース

「スープラ」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ