MOTUL AUTECH GT-Rと松田次生が見せた実力。チームの好判断と幸運だけじゃなかった奇跡の勝利

2020年10月29日(木)17時40分 AUTOSPORT web

 ニスモには昨年の夏のトラウマがあった。2019年第5戦富士のことだ。決勝中のアクシデントを見てセーフティカー(SC)導入を予測したWAKO’S 4CR LC500が、ピットロードがクローズになる直前にピットに滑り込み、丸々1周分のマージンを稼いで優勝したのだ。


 これで“通常ありえないシリーズ中盤での連勝”を果たし、WAKO’S 4CR LC500は勢いづいてチャンピオンになった。


 あのとき、WAKO’S 4CR LC500の4秒前を、レースリーダーとして走っていたのがMOTUL AUTECH GT-Rだった。わずかなタイミングの違いで、優勝するはずが3位となり、11ポイントを獲りそこねてしまう。


 あれがなければ、タイトル争いはもっと違った情勢になったはずだった。「だからいつもあのことが頭にあった」と、ニスモの鈴木豊監督は言う。


 そしてその“雪辱”を果たす瞬間がやってきた。22周目のS字でGT300のマシンがクラッシュした姿がモニターに映し出される。そのときMOTUL AUTECH GT-Rはセクター3を走っていた。もともとあと数周でルーティンのピットインをする予定だったため、準備はできている。すぐさまロニー・クインタレッリを呼ぶ。


 ほどなく『SC』のボードが提示され、コース全域がイエローになった。その間のピットワークもロスはない。ピットロード出口のシグナルも青のまま。松田次生がするするとコースインしてみると、そこは低速走行中のカルソニック IMPUL GT-Rの前だった。


 ドンピシャのタイミングで“雪辱を果たした”かたちとなり、ピットは大いに盛り上がる。そこまでジャンプアップしたとは気づかなかったロニーは、「なんでみんなそんなに喜んでいるんだろう」と不思議に思っていたという。そして「モニターを見たら、ポジションが『1』になっていた」と笑う。


 ステアリングを握る次生も、ミラーに映るカルソニック IMPUL GT-Rを見て「周回遅れにならずに済んだ」と思っていただけで、自身がトップで送り出されたとは気づかなかったという。


 それを知らされたのは2コーナー。「マジ?」と驚くとともに「意地でも抑えてやる」と気を引き締めた。自分のケツは自分で拭く。

予選で大クラッシュを喫してしまった松田次生


■世代交代はまだだ、と立ちはだかるベテランの大きな壁


 ランキング9位で今回を迎えたMOTUL AUTECH GT-Rは、優勝が絶対条件だった。ライバルたちはみなハンデがきつく、大量得点は望めない。一方、こちらのウエイトは上限いっぱいの50㎏ではあるものの、燃料リストリクターは絞られていないので直線でのディスアドバンテージはない。


 今季の第3戦では勝っており、マシンの鈴鹿セットは決まっている。すべての条件がそろっているここ鈴鹿は、絶対に獲らなければいけない。


 そういうときに、きっちり仕事をしてくれるのがベテランだ。逆に空回りしたり、プレッシャーに押しつぶされたりするのはルーキー、または「そろそろ……」と言われるベテランである。マシンの持ち込みセットは、重いぶんアンダーはあるものの、走り出しは順調と言えた。


 その流れでQ1突破を期待されたが、次生はまさかのクラッシュを喫してしまう。その瞬間、誰もが最多勝男の陰りを感じたのではないだろうか。

フロント部を破損してしまったMOTUL AUTECH GT-R。幸いエンジンは無事だった


 予選日の夕食は、ロニーとともにお通夜のような雰囲気で過ごした。それでも相棒は「明日がんばろう」と励ましてくれた。次生にとってこの夜の落ち込みは「レース人生一」だったという。この日の次生のブログには、行間から「ご・め・ん・な・さ・い」という思いが読み取れる。


 その間、メカニックは修復に追われていた。マシンはエンジンのフロント側、フロア、さらにウイングまでも壊れていたという。それでも夜の11時前には作業が終了し、終礼の場で鈴木監督は「レースはできる。気持ちを前に、できる限りのことをやろう」とスタッフに声をかけた。


 翌朝、次生とロニーの表情を見た鈴木監督は、「次生は多少気持ちが切り替わっていたように見えた。ロニーは『ベストを尽くすぞ』という戦う強い意志が見えた」という。とはいえ、さすがに追い抜きが難しい鈴鹿を最後尾からスタートするので、そう簡単には順位を上げられない。


 だが、それも陣営にとってラッキーだったかもしれない。もっと中団を走っていれば、ピットインのタイミングが間に合わなかったかもしれないからだ。それ以外にもレースの神様は多くのラッキーをもたらしてくれた。


 クラッシュ映像が映し出されてからSC導入までのタイムラグが絶妙だったこと、SCラン中のカルソニック IMPUL GT-Rの前にGT300がいたこと(このマシンがいなければ、カルソニック IMPUL GT-Rの車速はほんの少し速くなり、MOTUL AUTECH GT-Rは前でコースインできなかったかもしれない)、次生のアウトラップがSCランだったこと(通常のアウトラップであれば、タイヤが温まっているカルソニック IMPUL GT-Rに抜かれていたかもしれない)など、考えうる幸運をすべてかき集めたかのような状況だった。

2020年スーパーGT第6戦鈴鹿 MOTUL AUTECH GT-R(松田次生/ロニー・クインタレッリ)


 チームの好判断とたくさんのラッキーのおかげで、次生の前日のミスはリセットされた。あとは自分の腕でそれを守り切るだけだ。だが、後ろのマシンは自分よりウエイトが44㎏も軽く、エンジンも“正真正銘”の2基目。


 ステアリングを握る平峰一貴は、いまノリに乗っている若者だ。ある意味、「来季のエースカーのシート争奪バトル」のようにも見える。「次生さん、そろそろ世代交代しましょうよ」と言わんばかりに。だがベテランは大きな壁となって若者の未来を潰す。


「ウエイトはこちらのほうが重いのでブレーキングは厳しい。だから立ち上がりでしっかり離そうと気をつけた。あとタイヤのグリップは良かったので、ピックアップさえなければ大丈夫だろうと思った。ピックアップが取れたら、後ろは離れていったし」


 ピックアップが付くたびにマシンを振り回して取り、また付いては取ってを繰り返す。そしてGT300のマシンを追い抜く際は、間合いを計算しながらクリアしていく。終盤、後輩のタイヤはやがてグリップダウンが始まり、さらに後続のマシンに迫られることになる。


 こうして、次生は最多勝の自己記録を『22』に伸ばすことに成功した。「奇跡」の文字がふさわしい勝利だが、では果たしてMOTUL AUTECH GT-Rは速かったのか。運が良かったから勝てただけであり、実力は備わっていなかったのか。


 次生が予選で仮に無事ダンロップコーナーを通過し、それなりのグリッドだとしたら、勝てたのだろか。それは2位平峰一貴の言葉が物語る。

松田次生の巧みなワザにより優勝を阻まれた平峰一貴


「向こうのタイヤのピークがくる前に抜こうと思ったけどできなかった。その後、次生さんは僕に隙を与えることもなかった。純粋に向こうのほうが、僕たちよりパフォーマンスが高かったです」


 次生がクラッシュ直前にマークしていたセクター1のタイム『1分28秒789』は、Q1の全体ベストであり、まさしく実力そのものであった。終盤食い下がった後輩に、パルクフェルメでは「しつこいな、お前」と声をかける。


 星野一義監督から祝福を受けると、「勝ってすみませんでした」と、なぜか謝る次生の引退は、「そろそろ」ではなく、「まだまだ」先のようである。

GT500クラス最後尾から大逆転勝利を遂げたMOTUL AUTECH GT-R

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