「山の神」になりたかった男が花の2区で日本人最高記録…第101回箱根駅伝、創価大・吉田響が衝撃の快走を振り返る
2025年1月7日(火)6時1分 JBpress
(スポーツライター:酒井 政人)
「山の神」候補が2区に登場
「1時間8分台を出して、『山の神』になりたいです!」
そう言い続けてきたのが創価大・吉田響(4年)だ。東海大1年時に5区を区間2位と好走。創価大に転校して臨んだ前回は出雲と全日本の5区で区間賞を獲得するも、箱根の5区は低体温症に苦しみ、区間9位に終わった。
吉田といえば、上り坂や向かい風、それからロング区間に強さを発揮するイメージだったが、今季は出雲と全日本で“スピード区間”の2区に登場。駒大・佐藤圭汰が保持する区間記録を目指して突っ走った。出雲は区間2位に32秒差をつけるダントツの区間賞。全日本は区間記録に4秒差まで迫っている。
最後の箱根駅伝。補欠登録されていた吉田は5区ではなく、2区に投入されたのだ。そしてドラマを作ることになる。
吉田響は17位でスタートすると、個人順位は横浜駅前(8.2km地点)で11位、権太坂(15.2km地点)で10位。出雲と全日本の走りからする物足りない印象だったが、すべては計算通りだった。
「戸塚の坂でタイムを落とす選手が多いので、自分は15kmまでは余裕を持って走って、残り8kmでタイムを押し上げて、先頭集団を拾っていくイメージで臨みました」
権太坂までに6人を抜き去ると、さらに6人をかわす。そして残り約3km。戸塚の坂が圧巻だった。21.6kmで駒大・篠原倖太朗(4年)をとらえると、青学大・黒田朝日(3年)の背後に迫っていく。
戸塚中継所は区間記録を大幅に塗り替えた東京国際大のリチャード・エティーリ(2年)の9秒後に黒田が駆け込むと、その10秒後に吉田響が登場。吉田は黒田がマークした日本人最高記録を1秒上回る1時間05分43秒を叩き出した。
吉田は従来の日本人最高記録(1時間05分57秒/東洋大・相澤晃)だけでなく、区間記録(1時間05分49秒/東京国際大・ヴィンセント)を上回り、衝撃の13人抜きを演じたのだ。
「前半抑えていく作戦でしたが、なかなか前を追えずに苦しい展開になりました。でも後半になるにつれて少しずつ前の選手を回収して走ることができたので、それがモチベーションになって、きつくなっても元気に走ることがでました。最後の坂は絶対負けたくない、という思いでした。上り坂の強い黒田選手に少しずつ近づけていたので、そこは自信になりましたね。5区の経験も生きました。自分の理想通りのレースができたんじゃないかなと思います」
そう話すと笑顔を見せたが、満足はしていなかった。
「区間新記録と日本人最高記録を出せてホッとしたんですけど、自分の仕事である先頭まで順位を押し上げることができませんでした。区間賞を獲得することができなかったのは本当に悔しいです」
「山の神」の称号をあきらめて、チームのために2区にまわったエースは自分を責めていた。そして複雑な心境を吐露した。
「自分は『山の神』になることを目標に頑張ってきて、今季も全部そこにつなげる意識でやってきました。でも、理想と現実のギャップがずっと埋まらなくて、本当に苦しい一年間だったんです。全日本大学駅伝が終わって、自分のパフォーマンスを発揮するには5区より2区の方がいいんじゃないか、と監督から言われて、5区か2区の選択をずっと迫られていました。12月中旬の下田合宿あたりまで、自分はどっちに行っても絶対に走れるような気持ちでいました。区間新を出して『山の神』になるという気持ちを押し殺して、チームを勝たすために、最後は笑って終われるように、絶対に2区で区間新を出してやろう、という思いで走ったんです」
吉田響が狙っていたのは1時間05分20秒
信じられなかったのが吉田響の設定タイムだ。当初から区間記録(1時間05分49秒)を大幅に上回る「1時間05分20秒」をターゲットにしていたのだ。
「設定タイムは相澤選手と黒田選手の記録を参考にしたうえで、ラスト3.1kmの戸塚の坂を自分は8分30〜40秒まで引き上げて、大幅な区間記録を狙っていました。自分は5区をやってきたので、その自信と希望的観測です。最初の10kmを28分20秒で通過して、15kmもその流れ、ペースを維持するイメージで、最後の8kmはどの選手もペースが落ちているので、そこからペースアップをして、最後の戸塚の壁で全員を抜いてやるんだ、という作戦でした」
最後の3.1kmは9分02秒かかった分、目標タイムには届かなかったが、ラストの追い込みは強烈だった。
「区間賞は獲れませんでしたけど、日本人最高記録は作ることができました。卒業後も競技を続けていくので、そこは自信になりますね」
「山の神」を超える存在になれたか? と問うと、吉田はしばらく考えて、「そこはちょっと難しいなと思います」と答えた。本人のなかでは、2区で快走しても、物足りなさが残っているようだった。
しかし、タイムのうえでは、早大・渡辺康幸、順大・三代直樹、順大・塩尻和也、東洋大・相澤晃ら“伝説のランナー”たちを越えたことになる。
今後はプロランナーとしてロサンゼルス五輪のマラソンを目指していくという吉田。彼が活躍することで、今回の記録の“価値”がさらに高まっていくだろう。そして「山の神」を凌駕するような存在になるかもしれない。
筆者:酒井 政人