「若者は年金がもらえない」は本当か - 明治安田総合研究所が考察
2025年1月28日(火)15時31分 マイナビニュース
明治安田総合研究所は1月24日、年金に関する調査レポート「『若者は年金がもらえない』は本当か」を公開した。なお、本レポートは同社が情報提供資料として作成したものであり、いかなる契約の締結や解約を目的としたものではない。
○若い人ほど年金をあてにしていない
次期年金制度改正の方向性が固まった。今回の制度改正では、被用者年金の適用拡大をはじめ、標準報酬月額の上限や在職老齢年金における支給停止調整額の引き上げなどが検討されている。高齢期の経済基盤の安定や再分配機能の強化などを主眼においた改正だが、SNSでは現役世代を中心に反対意見も目立つ。
連合の調査では、今の公的年金制度に対して「年金がもらえない、減るかもしれないことが不安」、「保険料負担が今後増えるかもしれないことが不安」と感じている人が多い。また、厚生労働省が、老後の生活設計のなかでの公的年金の位置づけを尋ねた調査では、「全面的に公的年金に頼る」もしくは「公的年金を中心とし、これに個人年金や貯蓄などを組み合わせる」と回答した割合が、60〜69歳では87.6%となっている。一方、30〜39歳では65.1%、18〜29歳では55.5%と徐々に低下しており、年齢層が低いほど公的年金への信頼が低下している様子がうかがえる。本レポートでは、こうした年金不信について考察する。
○2004年度生まれの年金額は今の65歳より多くなる
まず、「年金がもらえない、減るかもしれない」という点についてだが、昨年の財政検証における「過去30年投影ケース」で、モデル年金(夫婦二人の基礎年金と夫に支給される報酬比例年金)の所得代替率を見ると、2057年度に50.4%となり、2024年度の61.2%から低下する。これを見る限り、年金がもらえなくなると不安を抱くのも無理はない。一方、生年度別に65歳時点の平均年金月額(物価上昇率で2024年度に割り戻した実質値)を見ると、1959年度生まれは12.1万円で、その後1974年度生まれにかけてやや減少したのち増加に転じ、1994年度生まれは12.7万円、2004年度生まれは13.6万円となる。
さらに分布を見ると、1959年度生まれは月額7〜10万円未満の割合が25.8%と最も多いが、1964年度生まれ以降は10〜15万円がボリュームゾーンとなり、2004年度生まれでは37.5%を占める。これは、女性の労働参加が進展していることなどから、若い世代ほど厚生年金期間中心(厚生年金の被保険者期間20年以上)の人が多くなることが背景にある。
1号期間中心と3号期間中心を合わせた割合を見ると、1959年度生まれの36.3%に対し、2004年度生まれは15.5%まで低下する見込みである。女性の就業率は1959年度生まれが20歳になる1979年には46.7%だったが、足元では54.7%まで上昇しており、労働市場の変化を踏まえると、若い世代の方が年金を作りやすい環境にある。共働き世帯が専業主婦世帯の約3倍になっていることを踏まえると、こちらの方がモデル年金より実態に近い姿と言える。
○年金の支え手を年齢で区切るのは正しいか
次に、「保険料負担が今後増えるかもしれない」という点だが、こうした不安の根底には少子高齢化に伴う人口構造の変化があると考えられる。2025年は昭和22年(1947年)〜24年(1949年)に生まれた「団塊の世代」がすべて75歳以上となる。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、75歳以上が総人口に占める割合は2割近くに上る見込みである。今後も高齢人口は増える見通しで、65歳以上に対する15歳〜64歳の人数は、1980年には7.4人だったが、2010年には2.8人、2040年には1.6人となる。いわゆる「胴上げ型」→「騎馬戦型」→「肩車型」へと変化していく構図である。
年金財政にとって支え手を増やすというのは重要な視点となる。2024年の出生数は70万人を割る見込みで少子化対策は喫緊の課題である。一方、財政検証の結果を見る限り、支え手を年齢で区切って年金制度を悲観的に捉えることには注意を要する。厚生年金の保険料は適用事業所で働く場合には原則70歳まで負担する。そのため、年金の支え手を考える場合には、就業者と非就業者の割合を見ることも必要となる。非就業者(15歳以上のみに対する就業者の人数を見ると、1980年は1.6人、2010年に1.3人、2040年に1.7人と、先行きも含めほとんど変わらない。
○社会的扶養vs.私的扶養
保険料は、2004年の改正で現役世代の負担が過度にならないよう、国民年金17,000円、厚生年金18.3%(労使折半)の上限が定められ、2017年度以降は同水準に固定されている。それでも2017年度以前と比べれば保険料率は高いため、年金不信も手伝って世代間格差を嘆く声が散見される。保険料率を下げることは不可能ではないが、その分給付水準も下がることになる。加えて、少子高齢化という人口構造が存在する限り、公的年金による高齢者への社会的扶養の仕組みが家族間による私的扶養に取って代わるだけの可能性がある。私的扶養が可能な高所得世帯は問題ないにしても、終身にわたって年金が受け取れる長生きリスクに対応する機能や、所得再分配機能が失われれば、仕送り費用の増加や、高齢期の生活資金の枯渇に直面する人が出てくることが予想される。
また、公的年金には将来の給付水準を下支えするためのバッファーとして積立金があるが、これは過去の保険料から給付に回らなかったものが運用されて増大したものである。そのため、前の世代から将来世代への給付と見ることもできなくはない。賦課方式ではなく、積立方式で運営すべきとの意見もある。しかしながら、積立方式にも運用リスクはあるほか、移行期間中は将来の自身の年金資金を積み立てるとともに、現在の受給者への保険料支払いが必要とり、「二重の負担」が生じる。また、賦課方式は、現役世代の賃金が財源となるため、インフレが生じても賃金が上昇すれば、それに応じた年金が受け取れるが、積立方式にはそうした仕組みがないため、インフレの影響をより大きく受けてしまう。そもそも年金受給者が、現役世代の生産する財・サービスを消費するという構造は賦課方式でも積立方式でも変わらないため、少子高齢化の影響を受ける賦課方式の問題点が完全に解決するわけではない。
○長生きリスクが顕在化してからでは遅い
公的年金が「保険」である以上、老齢や障害などのリスクに備えるためのものであり、金銭的な損得のみを基準とすることは適当ではないと考える。もちろん、年金制度に全く問題がないわけではない。例えば、財政検証では「過去30年投影ケース」における長期の経済前提として、実質賃金上昇率を+0.5%に設定しているが、実績は2001〜2022年度平均で▲0.3%となっており、甘さがある点は否めない。1974年度生まれにかけて平均年金月額が減少するのは、デフレ下におけるマクロ経済スライドの適用を見送ったことでこれまでの受給者の給付水準を引き下げることが出来なかった影響も大きい。
ただ、年金制度に依存せず、保険料を引き下げれば現在の可処分所得は増加するが、将来の自己負担も増す可能性が高い。現在と将来のどちらを優先するかは個々人の価値判断だが、公的年金は健康保険と異なり、支払いから給付を受けるまでの時間軸が長く、恩恵を実感しにくい点が不信感を募らせる要因になっているようにも思える。想定以上に長生きすることで老後のために蓄えた資金が足りなくなり、生活が困窮するリスクは顕在化してから対応するのでは遅きに失する。
ここ最近は国民負担率の上昇などに伴い、公的年金制度に限らず、社会インフラ全般の価値を軽視する風潮が出てきているように感じられる。公的年金制度は不信感が募れば募るほど保険料の未納者が増えるなど上手く機能しなくなる。「ねんきん定期便」や「公的年金シミュレーター」、各種資料の整備など厚生労働省による年金に関する情報提供体制は整備されてきているものの、不信感はいまだ払拭できていない。個人の自助努力によって資産形成するほかないというのもiDeCoやNISAが盛り上がりを見せている理由のひとつだが、公的年金は高齢期の所得を保障するうえで柱としての役割を果たすものである。制度に対する正しい理解を促すためにも、将来世代の年金教育を含めた広報の強化が必要だと言える。