3千万円で未来のチケット、ドイツの新興企業が挑む人体冷凍保存技術の最前線

2025年2月8日(土)21時0分 カラパイア


Photo by:iStock


 現在の医療技術では治療が不可能な人体を冷凍保存することで、未来の医療技術の発展に賭ける。SFではおなじみだが、実際に第二の人生を手に入れるため、この技術に託す人々はいる。


 ドイツのベルリンを拠点とするトゥモロー・バイオ(Tomorrow.Bio)社は、生体凍結保存技術を提供している新興企業だ。


 その「未来のチケット」の価格は約20万ドル(約3千万円)。ちょっとした家1軒、もしくは高級車の値段だが、富裕層にとってはお手軽価格だ。


 すでに700人以上が登録し、数人の遺体が冷凍保存されている。2025年にはアメリカ市場にも進出予定だ。


 科学、倫理、そして人生観が交錯するこの技術は、本当に「死を超える」ことができるのか?トゥモロー・バイオ社の冷凍保存技術に迫ってみよう。


人体冷凍保存最前線に立つドイツの新興企業


 トゥモロー・バイオ(Tomorrow.Bio)[https://www.tomorrow.bio/]社の使命は、人間の遺体を冷凍保存して、いつの日か蘇らせること。費用はおよそ20万ドル(3000万円)だ。


 あとは毎年、55ドル(約8千円)の年会費を支払えば、将来の医学の進歩によって蘇生できる日まで、その体を極低温で凍結させ保存してくれる。


 体全体を凍結する覚悟がない場合、、8万3000ドル(約1260万円)で脳だけを凍結することもできる。


 トゥモロー・バイオ社の創設者のひとり、エミル・ケンジオーラ氏は、元がん研究者だが、がん治療の進歩があまりに遅すぎると感じて、この人体冷凍保存技術を提供する会社をたちあげた。


 ミシガン州で世界初の冷凍保存研究所「クライオニクス研究所[https://karapaia.com/archives/52159816.html]」が開設されたのはおよそ50年前のことだ。



 この技術が画期的な未来の技術だと信じる人と、実現は不可能だと笑い飛ばす人との間で議論の分裂を引き起こしているが、ケンジオーラ氏によれば、冷凍保存への欲求は高まっているという。


これまでの実績と懐疑論


 トゥモロー・バイオ社では現在、3〜4人の人間と5匹のペットを冷凍保存中で、700件ほど予約がすでに入っているとのことだ。


 2025年中には全米に事業を拡大する予定だという。


 だが、これまで冷凍状態から生き返った人間はひとりもいない。


 たとえ、死の眠りから覚醒したとしても、脳に重度の損傷を負った状態で蘇生する可能性があるという。


 人間と同じくらい複雑な脳構造をもつ生き物が生き返ったという証拠がないことから、この冷凍保存の概念はバカげていると、ロンドン大キングスカレッジ校の神経科学教授クライヴ・コーエン氏は言う。


 ナノテクノロジー(プロセス要素をナノスケールで実行する)あるいはコネクトミクス(脳のニューロンの包括マッピング)が今ある理論生物学と現実のギャップを埋めるという意見は空手形にほかならないと考えている。



トゥモロー・バイオ社で行われている冷凍保存の様子  image credit:Tomorrow.Bio[https://www.tomorrow.bio/]


トゥモロー・バイオの見解


 こうした批判があっても、トゥモロー・バイオの野望は揺るがない。


 生前、同社と契約を完了した人が実際に亡くなると、ただちに同社の冷凍保存車が現場に急行する。


 契約者の遺体はこの車の中に運ばれ、冷凍保存処理が始まる。処置の間、遺体は氷点下まで冷却されるが、その後、凍結防止剤が投与される。


 同社は、一時的に心臓が停止したがその後再び動き出したケースがあるため、絶対不可能とはいえないと意気込んでいる。


 1999年ノルウェーでスキー中の事故で臨床的には2時間死んでいたアンナ・バゲンホルムという女性が、その後生き返った例があるのだ。


氷点下になっても、遺体をカチカチに冷凍するのではなく、極低温保存するのです。そうしないと体のあちこちに氷の結晶ができ、組織が破壊されてしまいます


 ケンジオーラ氏は説明する。


それを防ぐために、凍結してしまう可能性のある体内の水分をすべて凍結防止剤に置き換えるのです。


これはジメチルスルホキシド(DMSO)と不凍液などに使われるエチレングリコールが主成分の溶液です。この処置を施せば、特殊な冷却曲線で急速にマイナス125度からマイナス196度まで遺体を冷却できます


 マイナス196度にした後、遺体はスイスにある保管施設に移送され、そこで「蘇生を待つ」ことになるという。



未来の医療技術に託す


その後、将来のある時点で医療技術が進歩してがんや患者の死の原因となった病が治療可能になったら、冷凍保存された遺体を解凍して蘇生させるというのがこの技術のプロセスです(ケンジオーラ氏)


それが50年後なのか、100年後なのか、1000年後になるのかは誰にもわからない。


結局のところ、時期はたいした問題ではありません。温度さえきちんと維持できれば、事実上無期限に冷凍状態を維持できるのですから。


現在、実証されていないことでも、効果があるかもしれないことはたくさんあります。ただ、誰も試したことがないというだけなのです(ケンジオーラ氏)



いつの日か、冷凍保存された人が蘇る日はくるのか?


冷凍保存技術に関心のない人にとっては、こうした考えは妄想あるいはディストピアの中間のような感じがするかもしれませんが、原理的には不可能な理由は思い当たりません


 ケンジオーラ氏はこう言うが、冷凍保存からの蘇生に成功した人はまだひとりもいない。


 成功の可能性を示す動物での比較研究も不足している。


 現在、不凍液を注入することでマウスの脳を保存することは可能なため、人間の脳も無傷のまま保存できる日が来るかもしれないという期待はある。


 しかし、このプロセスは動物の心臓がまだ動いているときに行われ、その後、その動物は死んでしまう。


 ケンジオーラ氏は、冷凍保存に対する抵抗感は、死者をよみがえらせるという考えが非常に奇妙に思えるという感情に行きつくからだと言う。


 だが、ほとんどの新規医療技術はそれが主流になる前には疑いの目で見られるものだ。


人の心臓を採取して別の人間に移植するという技術だって一見、非常に奇妙に思えますが、現在では毎日のように普通に行われていますよ。だから冷凍保存技術もそうしたリストに加わる予定のひとつに過ぎないのです(ケンジオーラ氏)


動物実験での成功例は人間にも同様の効果があるのか?


 線虫の一種であるC. elegansを冷凍保存して蘇生すると、完全に生前の機能を取り戻すことができるという研究結果は、生物全体が死を超越できる心強い証拠だと、ケンジオーラ氏は考えている。


 齧歯類の臓器再生の証拠もある。2023年、ミネソタ大学ツインシティ校の研究者たちがラットの腎臓を最長100日間冷凍保存し、温め直して凍結防止剤を取り除き、5匹のラットに移植したところ、30日以内に腎臓の完全な機能が回復した。


 冷凍保存分野は規模が小さく、資金もそれほどないため、現在効果が実証されていない多くの方法がある。


 誰も試していないというだけで、本当は効果があるかもしれないとケンジオーラ氏は希望を捨てない。


 だが同様に、一度試してもまったく効果がない可能性もあるし、齧歯類や線虫には適用できても、人間にはだめという医学研究のケースはたくさんある。


 人体冷凍術は、健康寿命を延ばす長寿の話でもちきりの延命分野の一部だ。


 このテーマに関する書物やサプリメントなどは無数にあるが、定期的な運動や健康的な食事以外では、実用的な研究はほとんど行われていない。


 前述の神経科学教授、コーエン氏は、冷凍保存技術を否定的にとらえている。


 「不凍液への誤った信頼と生物学、物理学、死の本質に対する誤解」であり、心臓が止まれば、細胞は分解し始め、大きな損傷を引き起こす。


 冷凍保存された遺体が温められたら、死んですぐに起こっていた分解が再び始まるだけだというのだ。


 コーエン氏は、ポイントは極低温保存だという。


 極低温で保存された組織や臓器などを長期保存して後で使うという技術のことだ。また、延命のカギは死そのものを逆行させることだと考える者もいる。


 2012年、ニューヨークのある蘇生主義者の医師は、患者の心肺停止後、アフターケアを優先したところ、蘇生率が33%まであがったという。



倫理的な問題も


 人の脳を超低温で冷却することと遺体に対する倫理的懸念が、この分野に陰を落としている。


 今現在、顧客の遺体はスイスの非営利団体の施設に保管されており、それが遺体
の保護を保証しているというが、何世紀も経ってから顧客の子孫が突然、会ったこともないご先祖さまの遺体を管理しなくてはならなくなったとき、実際にこれがどのように機能するのか、予想がつかない。


 冷凍保存技術の支持者は、その人が死因となった病の治療法がいずれ見つかることを期待しているが、その保証はない。


 また、なんらかの理由で、地球での二度目の人生がすぐに短縮されないとも限らない。法外な費用の問題もあり、多くの家族が不確実な望みのために遺産を費やすことに、あまり乗り気にはならないだろう。


「自分で選択して決める自由は、ほかのあらゆる倫理的考察に勝ると思います」ケンジオーラ氏は言う。


85歳で、あと3年ほどしか残された時間がないのに、2隻目の豪華ヨットを買う人も多い。それを考えると、もう一度、この世に戻る可能性のために大金を投資するのは、なにもおかしなことではないと思えます(ケンジオーラ氏)


未来への賭け、冷凍保存技術は成功するのか?


 ケンジオーラ氏によると、冷凍保存技術の顧客のほとんどは60歳以下だという。顧客のひとり、ルイーズ・ハリソン氏(51)は契約を結んだのは好奇心からだという。


死んでも将来生き返るかもしれないという思いに惹かれました。それは一種のタイムトラベルのようでしょう。可能性がわずかでもあるのなら、理論的な選択なのではないでしょうか(ルイーズ・ハリソン氏)


 ハリソン氏によると、確かにこの決断に対して眉をひそめる人たちもいたという。


でも、目覚めたときに知り合いが皆、いなくなってしまったり、世間がすべて変わってしまっているわけでしょう?」と言われます。


でも私は諦めません。人生で大切な人を失うこともありますが、たいていは生き続ける理由を見つけるものですから(ルイーズ・ハリソン氏)


 最近のコロナパンデミックによって、人々がより死を意識するようになり、遺体を保存しようという動きも支持されるようになったようだ。


 そのためか、トゥモロウ・バイオは強気で、1年以内に記憶、アイデンティティ、人格の神経構造を保存、2028年までに氷点下から可逆的に遺体を保存することを目標と掲げている。


 「思惑どおりにことが運ぶ可能性がどれくらいあるかは言えません」ケンジオーラ氏は言う。「でも、少なくとも火葬よりもその可能性は高いことは確かです」


References: Tomorrow[https://www.tomorrow.bio/] / Is this the $200,000 ticket to cheating death?[https://www.bbc.com/future/article/20250115-cryonics-the-start-up-that-wants-to-freeze-you-in-suspended-animation] / Frozen in Time: Berlin Startup Offers Cryogenic Preservation for Second Chance at Life[https://marksmendaily.com/technology/berlin-startup-offers-cryogenic-preservation-for-a-second-life/]

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