豪華客船を舞台に、格差を問う。

2023年2月12日(日)11時0分 ソトコト

カールとヤヤは、ファッションモデル同士のカップル。超売れっ子のヤヤは、カールの何倍も稼いでいる。ヤヤはモデルにとどまらず、豪華客船から招待を受けるような人気のインフルエンサーで、そのお供として彼女とクルージング旅行へと出かけるカールは、フラットに言って彼女より格下だ。
海の上で非日常を満喫しているのは、けた外れの金持ちばかり。有機肥料でひと財産を築いた自らを”クソの帝 王“と、笑顔で自己紹介するロシアの新興財閥オリガルヒとその妻。ヤヤが写真を撮ってあげただけで「お礼にロレックスをプレゼントする、金は腐るほどあるんだ」という男。一見、上品な英国人の老夫婦の生業は武器製造で「国連に地雷販売を禁止されたときも、夫婦愛で乗り切った」と手を取り合う。
舞台となった豪華客船は、ヒエラルキーがもっとも明確な世界だ。
「あなたも今を楽しまなきゃ」と、勤務中のスタッフを捉まえ、プールに入れだの、スライダーで海にダイブしろだのと、傲慢な善意を押しつける。そんなオリガルヒの妻の理不尽な要求にも、白人の客室乗務員が笑顔で応じるのはチップを期待してのこと。
セレブの気まぐれで仕事を中断され、一大イベント、キャプテンズ・ディナーの開催が遅れようとも、ヒエラルキーが揺らぐことはないだろう……と思いきや、船は嵐に突入。船酔い客続出の船内はディナーどころではなくなり、一転、阿鼻叫喚の世界に突入する。
さらには海賊によって、英国人老夫婦の会社が製造した手榴弾を投げ込まれ、船は難破。カールとヤヤ、数人の大富豪と一部のスタッフが無人島に流れ着く。わずかな水とスナック菓子でどう生き延びるか。このとき船内ではヒエラルキーの最下層にいた清掃係のアビゲイルが、サバイバル能力を発揮し、物語は新たな展開を迎える。
口座にどれだけお金があっても、インフラのない無人島では無用の長物に過ぎない。火熾し、食材調達から調理まで一手に行うアビゲイルは、ここでは自分がボスだと宣言する。
人は立場に影響されずにいられない生き物で、だからこそ、人間の力関係は、状況次第であっけなく転じる。アビゲイルだけじゃない。登場人物全員、いや映画を観ているわたしたちも、その点は同じだろう。
ルッキズムや格差を是とする現代社会、人種や性差で役割を限定しようとする価値観とどう向き合うか。簡単には応えにくいこうした課題を、オストルンド監督は今回も、マルクス主義の船長とクソの資本家との言葉の応酬など、ブラックユーモアやサーカシズムを交えて見せてくれる。笑いながらも、そういう自分はどうなの? と、他人事では終わらせずに、観客の胸に残す微妙な気まずさ、その匙加減に監督のセンスが感じられる。


『逆転のトライアングル』





2月23日(木)より、TOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー、全国順次公開。
Fredrik Wenzel© Plattform Produktion


text by Kyoko Tsukada
記事は雑誌ソトコト2023年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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